第29話 友達
家の中には雨音が響き渡っていた。
花月が来てから初めての雨で、久しぶりにこの音を聞いたなと少し感傷的な気持ちになっていた。俺は雨の音は割と好きで、聞きながら優雅に読書なんていうのも安らかな気持ちになって落ち着くのだ。久しぶりに読書でもするかなと、調理器具の準備をしていると、家のチャイムが雨音を切り裂いた。
「はーい。」
机の上を布巾で拭いていた花月が、そう返事をして玄関へと向かう。
いつもの曜日か……と思いながら俺は壁にかかっているカレンダーのほうへと目をやった。今日は4月最後の金曜日で、いつもあいつが来ていた曜日である。ただ、先週は来ておらず、……いや来てたのは来てたらしいんだが、いつのまにかプリントが入った透明の袋がポストに投函されていた。
なので、今週もそうだろうと思っていたのだが、もしかしたらその予想は外れたのかもしれない。
俺は重い足取りで玄関へと向かう。正直、会うのはそこそこ気まずい。喧嘩とかをしたってわけじゃないが、不穏な空気が流れたのは事実だ。どんな顔をして会えばいいかよく分からない。……このままでは良くないっていうのは分かってるんだけどな。
「……どちら様で……、いや、宮山西高校の制服を着ていますね。」
花月に遅れて玄関へと着くと、そこには思った人物じゃない人が立っていた。その人物は学ランを着ており、明らかに男子生徒だった。お前は……。
「……誰だ、この子。うちの高校の制服を知っているということは近所の子なのか?いや、でも陽輔が家に上げるとは思えないな。」
そんなことを言いながら、その男子は推理していた。まあ。あり得ない状況ではあるよな。
「……広田。」
そこにいたのは俺の同級生の
そんな広田だが、一年生のときに席が隣だったというだけで、俺と仲良くしてくれていた。俺と菊原と広田でいることが割と多かったな。
「ああ陽輔、元気してたか?ところで、この娘は……?」
広田は戸惑いの声を上げていた。まあ、いきなり見知らぬ小学生がいたらそうなるのは自然だろう。……ところで、花月はなんでこちらを睨んでるんでしょうか。心の中読まれた?
「ああ、こいつは秘密結社から馳せ参じた補佐人だ。」
「微妙に間違ってないのが腹立ちますね……。」
言って、花月はジトッとした目を向けてくる。間違ってないんだったら、別に良いだろう。
「俺はあまり嘘はつかないからな。」
「嘘じゃないからって事実を歪曲して伝えていいわけじゃないんですよ。」
「みんなやってることだろ。特にメディアは。」
「……外の世界に触れてなさすぎて、言っていいことと悪いことの区別がついていませんね、この人。」
それは確かにそうかもしれない。外界と内界を超越せし者、それが俺。
「おお、陽輔がめちゃくちゃいきいきと喋ってる……。」
俺が崇高な気持ちになっていると、広田がUMAでも見たような感じで驚いていた。……あ、ちょっと恥ずかしくなってきた。
「何だよ……。その奇妙な光景を見たような目は。」
「いや、久しぶりに見たと思ってな。こんな陽輔。」
「……そうか。」
広田とは去年の秋以来会っていなかったが、それまではちょこちょこ会ってはいた。その時期の俺は……まあ、元気はなかっただろう。色々あったわけだし。
確かに、こんないきいき喋るのはここ数ヶ月全くなかったかもしれない。……そうか、いきいきと喋ってるのか、俺。
「今日はちょっと聞きたいことがあってな。雨で部活も休みになったからちょうど良いと思ってな。プリントも持ってきた。……菊原と何があったんだ?」
言って、広田はジッと俺を見据えてくる。広田がここに来た時点で何となくその話題だろうなと察しがついていた。……言うしかないか。
「……聞いてはないのか。」
「微妙にはぐらかせれてな。……陽輔が原因だろ?」
「まあ、当たってるよ。」
「いや、それに関しては私も原因の一端ではあります。ここで立ち話もなんですし、家に上がりませんか?雨も強くなってきましたし。」
「……分かりました。そうします。」
言って、傘を閉じ広田は家へと上がってくる。
「……なるほど。」
全ての話を聞いた広田はそう言って、少し俯いて考える仕草をする。まあ、いきなりHKKのこととかを話されても飲み込むまで時間がかかるだろう。
菊原は少し反抗してたが、広田は別にそういうわけでもないのだろう。ただ、現状把握に時間を要しているって感じだ。
「それで、菊原はなんて言ってたんですか?」
「菊原さんはあなたに出来るとは思えないという態度だったんですけど、私が熱意を伝えると折れてくれたという感じでしたね。まあ、それでも完全に納得はしてなさそうでしたけどね。」
「……それは、まあそうでしょうね。」
広田も納得は出来ないという感じなのだろう。……それはそうだろうな。
「なので、納得はしてもらわなくても構わないの……「ちょっと待ってください、その前に」……はい。」
広田は花月の言葉を遮り、俺の方に向き直る。……どうしたのだろうか。
「陽輔はどう思ったんだ?その時。一緒にいたんだろう。」
広田は力強い目線を送ってくる。あの時か……、あの時の感情を一言で言い表すのは難しいが、言葉にするなら……
「そうだな。菊原に対しては本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。何で、彼女にこんなことを言わしてしまうのだろうって。何であんな顔をさせてしまうのだろうって。どうしてこんなことになってしまったのだろうって。もっと彼女にとって良い時間を過ごす方法があったんじゃないかって。」
最近、菊原の明るい顔をみたことがない。それは、もちろん俺のせいで、俺がそうしてしまっていることは分かっている。高校に通っていたとき、まあいつもニコニコしてるというタイプではなかったが、だからこそふいに見せてくれる笑顔が俺はとても好きだった。もう一度みたいと思ったことはなんどもある。ただ、俺が原因で俺の前ではできなくなっているんだろうし、そんな権利があるとも思えない。……そういえば、
「菊原は学校では笑ってるか?」
「……いや、ほとんど見なくなったな。陽輔が来なくなってから。」
「……そうか。」
なら、そうであるなら。
「……あの時、いや、ずっと前から思ってたことなんだが、もう菊原は俺に関わらないほうがいいんじゃないかって思うんだ。」
「「……え?」」
「俺に関わることで、本当は楽しく過ごせたかもしれない時間を無駄にして、明るくなれたかもしれない気持ちを無碍にして。俺と関わらないことで、それがなくなるのなら、そっちのほうがいいんじゃないって思う。」
菊原には楽しい時間を過ごしてほしい。それが俺の本心だ。そうできるのなら、別に俺に関わらなくても良いし、何なら関わってほしくない。双方にとって辛いだけだとおもうから。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
広田が語気を強めてそう言ってくる。
「当たり前だ。嘘でこんなこと言わないだろ。」
「……お前の本心はどうなんだよ。」
「え?」
「今の意見は客観的な意見だろ。お前の主観の本心の意見はどうなんだと聞いてるんだ。」
「……それは。」
言ってもいいものなのだろうか。それは果たして許されることなのだろうか。
「言ってみろよ。」
言って、広田はニッと笑う。俺はそれを見た瞬間、言葉が勝手に口から出ていっていた、
「……本当は、菊原と一緒に楽しい時間を過ごしたい。」
……これが俺の本心だ。
それを聞いた広田は軽くため息をついた。
「ったく、最初からそう言えばいいのに。お前は本当本心を語らないよな。まあ、あいつもだけど。」
「生まれつきそうだから仕方ない。」
菊原はどうかは分からないが、俺は物心ついた頃くらいからずっと心の奥底にある本心を語るのを怖がっている。理由は良く分からないが、とにかくそこはなかとなく怖い。
「じゃあ、俺が何とか菊原との場を設けるわ。そのときは本心を語れよ。」
そんな俺に広田はそう言って、ニッと笑顔を向ける。俺はそれを見て、素直にカッコいいなとか思ってしまった。
「……それは良いのか?」
「何がだ?」
広田に迷惑をかけるのが忍びない。……いや、それ以上に
「……あいつは俺と話がしたいんだろうか。」
「お前ってやつは。当たり前だろ。……まあ、そこらへんも菊原から聞けよ。」
広田は言って、こちらをジッと見据えてくる。まあ、それがベストよりのベターだろう。
「……分かった。」
広田の言葉に俺は静かに決意を固める。
重要な話し合いが決まったので、今から考え始めても早すぎるということはないだろう。……そうじゃないと、俺はどこかで逃げ道を作ってしまそうだし。
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