第28話 花月の帰宅

 少し日が傾いてきた時分、俺はキッチンで料理をしていた。もうすぐ、花月が帰ってくる時間で、あと少しで出来上がるところだ。花月との約束で、美味しい料理を作ることになっているので、いつもより腕によりをかけている。

 ラストの野菜と合いびき肉を混ぜ丸く形作ったものをフライパンへと入れる。いやー我ながら良い匂いだな。まあ、いつも通り適当にネットから拾ってきたレシピ通りに作ってるだけなんだけど。花月がいつも褒めてくれるから少し自信がついたかもな。

 それから数分経ち、焼けた証の良い色合いになったところで、ちょうど家のチャイムが鳴った。俺は火を止めて、玄関へと向かう。恐らく噂のあの娘が帰ってきたのだろう。

「お疲れ様。」

 靴を脱いで、廊下へと上がってくる花月に労いをかける。

「……本当に。ドラ〇もん発明できそうなくらい頭使いました。」

 とても疲れた様子で花月は廊下に突っ伏す。それやると制服に汚れとしわがついちゃうからやめたほうがいいんじゃないでしょうか?

「一人の人間で出来るくらい安いものじゃないだろ、あのロボットは。」

 花月の言葉に俺はそう軽口を返す。言っちゃ悪いが、花月一人で作れるならとっくに出来てる。

「ところで、手応えはどうだった?」

 花月の手を取って起こしながら、俺はそう聞いた。すると、元気の良い声が飛んできた。

「いつもよりは解けた気がします!ほんの少しだけですけど!」

「それはそんな明るく言うことなの?」

 ほんの少しでそこまで喜んでいいことなの?まあ、目標はそれだったので、達成はしているのか。それに、嬉しそうだし別に問題ないか。成長はしているってことだしな。

「はい!初めて前回より分かる問題が増えた気がします!今までは、分からない問題ばかりだったので。」

「おお、それは良かったな。」

 明確に自分の成長を実感できているが故の喜びか。なら、なおさら問題ないな。

「……陽輔君のおかげですよ。ありがとうございます。」

 花月は改まってお礼を言ってくる。俺にはもったいない言葉である。

「……でも、まだ結果が出てないんだろ。これで、前回より悪くなってたら、俺が余計なことをしたってなってしまうな。」

「それは安心してください!ほぼ絶対恐らく多分点数は上がってます!」

「なんか便利な副詞がいっぱい聞こえてきたんだが……。」

 それは、確率的には高いの低いの?花月のテンション的には高そうだけど……。

「……まあ、不安は不安ですけどね。」

 打って変わって花月は不安そうにそう漏らす。手ごたえがあっても結果が悪いということは往々にしてある。その気持ちはとても分かる。ただ、

「……まあ、大丈夫だと思うぞ。手ごたえが良いときは結果が出てることが多いしな。それに、ここ2週間くらい詰めてやってきたわけだからな。あれで良くならないわけがないと思うぞ。」

「……ありがとうございます。」

 俺の言葉に花月は少し照れた表情でお礼をしてくれた。

 まあ、前回より悪くなってることはないだろう。過去問の点数も上がってきてたし、それに、花月自身の感触も良さそうだしな。

「じゃあ、ご飯にするか。」

「はい!じゃあ、私着替えてきます!」

 言って、花月は元気よく階段を上がる。本当、ジャイ〇ン感情がころころ変わる子だな。まあ、嫌な気はしないけどな。


「やっぱり疲れた後の陽輔君のご飯は格別ですね。」

 言って、花月は美味しそうにご飯を食べてくれる。本当いつもありがたい。

「お褒めにあずかりひどく光栄です。」

 言って、俺は頭を下げる。ちょっと茶化さないと、なかなか恥ずかしくて居心地が悪い。

「面を上げよ。……私もこれくらい作れるようになりたいですね。」

「すぐなれる。俺も鍛錬したわけじゃないからな。」

 俺がそう言うと、花月は訝しげな視線を送ってくる。……すぅ、何だろう。

「……自分天才発言してません?」

「全くしてないぞ。ちょっと練習したらここまでなれたと言ってるだけだ。」

「……してるじゃないですか。」

 してるのか?事実を言ったまでだが……。何かとんでもなく鼻につく言い方してるな、俺。

「そういえば前の年は平均何点くらいだったんだっけ?」

 聞いてなかったなと思いながら、花月に質問すると渋い顔をした。

「……すぅ。20点くらいでしたかね。」

 そりゃ渋い顔するな……。200点満点でそれは慰めることも難しいし。聞かなきゃよかった事実がそこにはあった。

「……今回の予想平均点数は?」

「20以上30未満といったところですかね。」

「おお、成長はしてるな。」

「無理やり褒めるのは止めてくださいよ……。もっと惨めな気持ちになるじゃないですか。陽輔君よりは全然できていない自覚はありますよ……。でも、陽輔先生も言ってたじゃないですか!点数の大幅アップじゃなくて、基礎を固めて少しだけ上げることが目標だって!」

「まあ、そうだな。下がるよりはよっぽどマシだし。毎回、前のテストより高い点数を取っていければそれで良い。」

 俺がそう言うと、花月は眉根を寄せ始めた。どうしたのだろう?

「……それはそれでハードル高くありません?」

 花月にとっては厳しいように思えたらしい。なので、俺はちょっと発破をかけた。

「出来ないのか?」

「……出来ますよ。私が本気出せば、不可能なことはあまりありませんから!何てたって、若手有望株ですし。」

「……自称だけどな。」

 これだけの元気あれば、10点20点あがるのも時間の問題だろうな。

「ところで、昨日高校の先生が来てたんですか?」

 花月は急に話題を変え、そんなことを聞いてきた。……ここに居なかったのに、どうやって仕入れてきたんだその情報。

「……何で知ってるんだ。そんなこと。」

「私の情報網を舐めないでください。私の手にかかれば、地球の裏側の情報だって一瞬で手に入れることも出来ます。」

「へぇ~、やっぱりHKKってすごいんだな。」

「……ナチュラルに主語をすり替えないでくださいよ。当たってますけど。」

 花月はムスッとした表情をするが、嘘が分かりやすいんだから仕方ない。その表情、小学生らしくて花月に一番合ってて可愛らしいし。悪くない。

「……どんな話をしたんですか?」

「ああ、そこは聞いてないんだな。」

「はい。さすがにそこまでは重村さんと言えどもキャッチするのは難しいです。」

 ……重村だったんだな。今回の犯行は。あいつもどこから見てきているのやら。ガタイが良いんだから、そんなこそこそしたことをしないで、正面突破してきたらいいのに。まあ、そんなことされたら困るけど。

「そうか。いや、特に中身がある会話はしてないぞ。学校側はHKKに俺のことを任せる方針だということをわざわざ教えに来てくれただけだ。……あの先生の独特の言い回しで。」

「……そうですか。私たちにとっては賛同してくれるのはありがたいですが、もっと私たちがー的なプライドがないのかなと思ってしまいますけどね。」

「まあ、あいつはめんどくさがり屋だからな。誰かが解決してくれることに越したことはないのだろう。」

 あの先生はずっとあんな感じだ。面倒ごとは人任せで、イベントごとでも熱くなってるところを見たことがない。いつも気だるげな感じだ。

「……まあ、ここで学校側の文句を言っても仕方ないですね。……折角!すごく嫌だったテストも終わったことですし、陽輔シェフお手製のハンバーグを美味しく食べるとしましょう!」

「……ああ。」

 俺は少し照れながら、短くそう返した。

 ……ところで、やっぱりすごく嫌だったんだなテスト。そんな中でも、とても頑張った花月にはなまるを上げたいところだな。

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