第25話 再びの来訪者

「どうぞ♪今日もお疲れ様です。」

「ああ、お疲れ様。」

 本日も一日かけての授業を終え、俺と花月はダイニングで小休憩を入れていた。花月が入れてくれたレモネード(紅茶じゃないやつ)をフーフーしながら、恐る恐る口をつける。熱ッと思いながらもすぐ後にくる甘みと少しの酸味に舌鼓を打ちながら、そっとコップをテーブルに置いた。

 いやあ、本当にいつ飲んでも美味いなこのレモネード。いつでもどこでも飲んでたい、レモネなの。

「今日で五日経ちましたね。」

 花月は壁に掲げているカレンダーを見ながらそう呟いた。もう五日か早いものだな。……いや、まだ、五日か。振り返ってみると、日々が濃密すぎて、もっと経っているのではないかと思わされる。引きこもりになってから初めてだな、こんな感覚。

「ちなみに、私日曜はHKKの方に用事があるので、朝から晩までいないと思います。」

「え?そうなのか?まあ、分かった。」

「あれ?寂しいんですか?」

 花月はニヤニヤしながら聞いてくる。……鬱陶しい。

「……いや、久しぶりに一人だなって思ったら、テンション上がってくる。」

「陰キャの鑑ですね。」

 何その不名誉な称号。全く持って要らないし、すぐにでも返還したい気分なんだが。

「……あれ?そういえば、花月が初めて来た曜日っていつだっけ?」

「?、月曜日ですよ?」

 花月は不思議そうにそう返してくる。ということは……

「今日は金曜日か。」

「はい、それがどうかしました?」

「いや、今日だけあるイベントが……」

 と、俺が続きを喋ろうとしていると、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。……来たか。

「誰でしょう?はーい。」

「……もう、すっかりあいつがこの家の家主だな。」

 宅配便もあいつが出てるわけだし。迷いが一切ないもんな。

 俺はため息をつきながら、玄関へと向かう。足取りはいつもより重く、一歩一歩のスピードが無意識のうちにとても遅くなっている。まあ、玄関へと向かう時はいつも遅いのは遅いんだけどな。

 ただ、それがいつもより遅く亀さんくらい遅い。今の俺だったらちっちゃいものクラブに入れるかもしれない。

「はーい。……あ。」

 俺がリビングを出たときには花月が玄関のドアを開けるところだった。……いやだなあ。行きたくないなあ。……いや、こう思うのもそれは失礼な話かもしれないな。

「花月さん、……どうも。」

 そこにいた人物……菊原は控えめに挨拶をした。まだ、花月に対して心を許せてはいないのだろう。

「菊原さん。今日はどうしたんですか?」

「いや、いつも金曜日はここに来てるんですよ。……その情報は入ってなかったんですね。」

「……そこまでの情報が入ってたらストーカーの域になってしまいますよ。」

 何か不穏な空気が漂ってる……。あそこに行かないと駄目なのかな?俺。いやでも、菊原はいつもの通りだったらプリント私に来ただけだろうし。俺が行かなくても……そんなわけにはいかないか。

「高鷹……、はい、今日のプリント。じゃ、私はこれを私に来ただけだから。」

「待ってください菊原さん。少し話していきませんか?」

 帰ろうとする菊原を花月は引き止める。俺のためを思っての発言だろう。俺としては、なかなか首を縦に振れる提案でもないけどな。

 菊原は花月からの提案にしばし逡巡する。

「……折角だけど、私この後用事あるので、失礼します。」

 言って、菊原は足早に去っていった。菊原の後ろ姿を俺は静かにじっと見つめる。

 まあ、こうなるのは当たり前だ。話の流れ、場の雰囲気からするとそうなるのは火を見るより明らかだった。……俺の表情も見たのかもしれない。

 ……ただ、何も期待していなかったわけじゃない。ほんの少しだけ、菊原との関係を改善が出来るのではないかと、淡い期待を抱いていた。今思えば、そんなこと万に一つもあるはずないのに。そんな期待をしていた自分に反吐が出る。

 ……本当、全部俺のせいだな。菊原にも引き止めてくれた花月にも申し訳が立たない。皆の期待を裏切っている俺はここに立っている資格はあるのだろうか。

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