第24話 伯父の意見
夕日が照らす中、俺と花月は夕食の準備を進めていた。今日も今日とて、勉強のフェーズを何とか終え、ダイニングテーブルの上に今しがた出来上がった料理たちを並べていく。キッチンの方からお盆に箸やコップなどのカトラリー類を置いて持ってくる花月が目に入る。その足取りはなかなかに不安定で、いつ落とすかハラハラしながら見守ってしまう。何で、一番安定しそうな持ち物でそうなってるんですかね……。
徐々に夜へと近づく中晩御飯の準備が終わる。よし、じゃあ食べるとしますかねと俺と花月は椅子に座った。目の前には、肉じゃがとご飯、野菜サラダがある。
「いただきます!」
「いただきます。」
俺と花月は挨拶をして、食べ進めていく。今日もなかなかに疲れ、お腹の方もそこそこ空いていたので、とても美味しく感じる。はぁ……、ほんと今日も頑張った。自分すごい。偉いぞ。
食べ進めながら、俺はプチトマトに手を付けた。
トマトって美味しいよな。嫌いな野菜ランキングで常に上位に来るが、嫌いって言うやつの気が知れない。まず、赤い食べ物の時点で外れがないだろ。いちごとかも美味いし。口に入れた瞬間、旨味が口内に溢れてくるではないか。このグチュッとした食感が駄目という人もいるが、正直何を言っているかよく分からない。果物系も似たような食感が多いだろ。何であっちは良くてこっちは駄目なんだよ。それに、この中のグチュッとした実に旨味成分が含まれてるので、一気に旨味を味わえるのが良い。本当、何個でも食えるな、これ。何個でもは言いすぎだけど。
「陽輔君、ここ数日文夫さんのこと少し考えたんですけど……。」
食べ始めてから少し経った頃、花月がゆっくりとそう切り出した。まあ、言いづらいだろうな。折角、三大欲求の内の一つを満たされて幸せな気分になっている最中にこんな話題。
「ああ、どうした?」
「ああ、ええと……まずは本当にすみませんでした。まだ、謝ってなかったなと。陽輔君の言葉を聞かずに自分で勝手に判断して……。」
花月は素直に謝罪を述べた。本当、良いやつだよな、こいつは。あんなゲス野郎と違って。
「いや、別に良い。誰だって、騙されるわ。あんまり認めたくはないけどな。」
親戚の集まりとかで会ってた時とかは俺も良い人そうだなって感想だったし。本当、あんなに巧みに隠せる人この世にいるんだな。
「……本当の問題は何かが分かりました。」
言って、花月は力強い目でこちらを見る。俺はそれにほんの少し口角を上げて答えた。
「何が本当の問題だって?」
花月とそんなやり取りをしていると、唐突に誰かの声が聞こえた。まあ、嫌というほど聞いた声なので、誰かは分かるが。
「文夫さん……。」
振り返るとやつがいた。本当、最悪なタイミングだな。あいつ側にとっては良いタイミングかもしれないが。悪運が強いというか何というか……。
「お前は陽輔の肩をもつのか?」
伯父はそう質問し、花月を真顔でじっと見つめる。張り詰めた空気が流れ、カラスの鳴き声、遠くで流れる救急車のサイレンの音がやけに大きく聞こえた。
俺は伯父が醸し出すこの雰囲気をまだ克服できていない。比較的大きな目をしている伯父に睨みつけられると、どうしても言葉が出てこなくなるのだ。言葉たちが深い森に迷い込んだように口という出口から出てこれなくなってしまう。い、いや……などとしどろもどろした言葉とも言えないばらばらな文字列しか発することが出来なくなる。
あの俺が凄まれているときの感情を思い出しながら、俺は見ることに耐えられず少し下を向いてしまう。……息が少し苦しい。
「――当たり前じゃないですか。そのために私はここに来たんですから。」
俺はその声につられ顔を上げた。そこには、花月のことを睨む伯父とそれと対等な目で顔で対峙する花月の姿があった。
……よく負けないな。一回もまともに戦えていない俺と比べてこいつは本当に強い。
「聞いていた話と違うんだが。俺はこいつを変えさせるために派遣されたと聞いたんだけどな。」
「合ってますよ。私は陽輔君に変わってもらうためにここに来ました。」
「じゃあ、否定しないと駄目だろ。肩を持つなんて何の解決にもならない。」
「そうやって現状を否定しているから陽輔君は何も変わることが出来ないんじゃないですか!変わってもらうためには陽輔君の味方になることから始めないといけません。」
花月は全くひるまず応戦する。その姿は俺にとって救世主に見えた。
「味方になって仲良しこよしやるなんておままごとのつもりか?そんなんで変わるわけないだろ。いいか?陽輔は現状最底辺の人生を歩んでる。周りから馬鹿にされ、矮小で何もできない存在に成り下がってるんだ。そんなやつのことをどうやって認める?味方になる?お前は駄目で社会のお荷物なんだって一度認識させないと、何も変わらないし前に進めないだろ。お前は自らの選択で最低な人間になってるってな。」
その言葉はその通りだと俺も思う。誰かに頼まれたわけではなく、自分で選択してこうなっている。最底辺にいる自覚もあるし、そこからもがこうともせずダラダラしている自認もある。何が正解でどうするればいいか分からないが、答えを探そうともしていない。俺はそんな醜い存在だ。
「そんなことして何の解決になるっていうんですか。どうやって陽輔君の自信を育んでいくんですか。どのようにして陽輔君を良い方向にもっていこうって言うんですか。」
花月はずっと食い下がってくれる。嬉しい反面、申し訳ない気持ちが俺の心を支配する。だって、花月(お前)が守っている人が伯父の言葉を肯定しているのだから。
「今、言った通りだが?今の在り方を否定して自覚させて、このままでは駄目だと思わせて今とは逆方向のレールに乗せることだ。そのために、言葉をかけている。」
「……あなたは死ぬほどつらい状況でさらに自分の在り方を否定される人間の気持ちが分かりますか?」
花月はナイフよりも鋭い眼光で、ギラッと伯父を射貫く。こいつは本当に……。
「分からないな。そうならないために俺は努力してきたからな。社会の底辺にいかない努力を。」
「……そうですか。」
「ああ。」
伯父は不遜に笑う。そこに絶対的な俺は間違っていないという自信を見て取れ、俺は縮こまる。圧倒的な自信を前に俺は何もできない。いや、ずっと何もできていない。
「あなたのやり方に賛同は出来ませんが、……ただ、目的は同じはずです。陽輔君に更生の道を歩んでもらうというのは。」
「……確かにな。ただ、俺も考えを変えるつもりは毛頭ない。お前に出来るのか?」
伯父は花月を挑発する。ただ、それに花月は即答する。
「はい。当たり前です。あなたとは違いますから。」
「フッ。即答だな。ま、精々がんばれよ。社会の本質が見えていないひよっこさん。」
言って、伯父はリビングを後にする。あの時より一層、花月の信念が強固になっているような感じがした。
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