第18話 花月の学力

「前言撤回したい……。」

 花月が解いたテストを見ながら、俺はそう呟いた。

 手始めにHKKが用意したテストを花月に解いてもらったのだが、結果は散々だった。まあ、彼女からの自己申告もあったし、薄々この子は馬鹿なんじゃないかと勘づいてはいたので、ある程度の覚悟はしていたんだが……予想をはるかに上回っていた。もちろん、悪い意味で。

 ああ、やる気が俺の身体からこぼれ落ちていく……。

「よくこの点数で引きこもり更生協会で勤めてられるな……。」

「面目ない……。」

 こいつ昨日、よくこれで先生面して丸付けしたり教えてきたり出来……いや、そういえば教えられてはないな。解説読んどいてください!しか言って来なかったし……。そういえば、俺の点数見て驚いたりしてたしな。……はぁ。

「これ、中学の範囲内のテストだぞ。それなのによくもまあここまで……。」

「そんなに軽蔑の目で見ないでくださいよ!いや……、ごめんなさい。」

 花月は勢いよく反論してきたが、すぐにしゅんとなった。まあ、現実を見れているのはよしとしよう。しかしな……。

「HKKで勉強を教わったりはしないのか?」

「いやまあ、こういう職業なので授業みたいなものはあるんですけど……。全くついていけないんですよね。何を言っているかさっぱりで……、でも!しっかりノートは取ってます!」

「ああ、これは典型的な馬鹿のやつだ。」

 ノートだけ取って、頭に入ってきていないやつはそこそこいるだろう。俺も一時期そんなときあったし。なんかたまに、異様に黒板にいっぱい書く先生いるよな。あんなの写すだけで精いっぱいで、先生の話なんて一ミリも入ってこない。本当に生徒たちに教える気はあったのだろうか。ただの自己満だろ、あいつ。

「え?そうなんですか?」

「まあ、頭に入ってきていないのにも関わらず写さないやつよりはマシだけどな。ただ、頭に入っていないのに写すだけ写してもそれは無意味だ。」

「でも、よく聞く話では頭のいい人たちはノートが見やすくて綺麗って言うじゃないですか。だから、私は頑張って綺麗にしようと……。」

 ……ここまでザ・典型的なやつって本当にいるんだな。

「よし、俺が一つ良いことを教えてやろう。」

「どうしたんですか。急に勝ち誇った顔をして……。何か憑りつきました?」

 ……そんなひどいこと言わなくても良くない?まあ、いいけど。

「いいか、頭のいい人たちのノートが綺麗なことが多いのは、あとで見直しがしやすいように綺麗にしてるんだ。」

「……はい?」

 俺の言葉を聞いた花月は首を傾げる。ピンと来てないなこれは。

「花月と頭のいい人たちでは、目標が違うんだ。花月はノートを綺麗にすることを目標にしているが、頭のいい人たちは授業が終わったあとの見直しを目標に定めている。見直しがしやすいように考えた結果、ノートが綺麗にまとまっているわけであって、綺麗にまとめて満足しているわけではないんだ。もちろん、頭のいい人たちは授業の内容を頭に入れたうえでそれをやっている。」

 綺麗にまとめられたからといって、自分の身になるかどうかはその人次第だからな。綺麗なのは見やすくするための結果であって、目的ではない。

「……なるほど。じゃあ、私は授業の内容が頭に入ってないから駄目ってことですね。」

「まあ、そうだな。だから、別に授業の内容が頭に入るんだったら、最悪ノートは汚くても良い。それに、ノートは自分が分かればいいしな。他人に見せるものでもないし。」

 俺としてはノートは重要な部分を書くメモ的な役割で使っている。授業の内容を理解することが先決だしな。もちろん、全部ノートに書ききれそうなときは書いているが、それがなかなか難しい授業もあるし。特に、国語とか。

「分かりました!なんか頭が良くなった気がします!」

「そんな即効性はないぞ……。」

 実際にやらやなきゃ駄目だろ……。今のところ何も頭が良くなる要素はなかったぞ。

「陽輔先生!では、授業お願いします。」

「いや、先生なんて柄じゃないんだが……。」

 俺は人の上に何かものを教えられるような人間じゃない。自分の在り方さえ分かっていない、十五の夜なのに。十七だし朝だけど。

「いいんですよ。大船に乗ったつもりでいますので!」

「ハードル上げすぎだろ……。」

 何かこいつ、誇張した表現多いよな……。それにこっちを巻き込まないで欲しい。……まあ、先生呼びは存外悪くないけどな。

「それに、メインでやるのは花月だからな。俺はあくまでサポートする側だし。」

 俺はあくまで手助けする側だ。本当にしんどいのは花月側だ。

「……はい。覚悟しております。」

 言って、花月の目に火が宿った。おお、思ったよりやる気だな、こいつ。

「……よし、じゃあやっていくか。」

「はい!」

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