第17話 制服と先生

 花月作の朝食を食べ終え、俺は自室へと戻ってきていた。これから、強制的な(花月は否定するだろうが)勉強をする手筈になっているが、花月はこの部屋にはおらず彼女の部屋か廊下にいるはずだ。なぜなら、俺が花月の頼みごとを遂行するのを待っているからだ。

「その制服似合ってますね。」

「……急に入ってくるなよ。」

 ドアをノックもせず花月は急に部屋へと入ってきた。……折角、花月がここにいない説明をしていたところなのに。何の意味もなくなってしまったではないか。

 そんなこととは露知らず、花月は昨日とは違う姿の俺を見るなり、ニコやかな笑顔でこちらへと近づいてくる。

「だって、全然呼んでくれなかったじゃないですか。」

「ほら、心の準備が数%しか終わってなかったから。」

「着替えるだけなのに心の準備なんていりませんよ。……どこにでもいる高校生に見えますよ。」

 そう言って、花月は姿見越しに俺の姿を瞳に映す。それにつられ俺ももう一度自分の姿を目で捉える。

 そこには何か月かぶりに高校の制服に袖を通した俺がおり、戸惑いの表情で自信なさげに立っていた。

「似合ってる……のか?」

「はい。」

 花月は俺の疑問に肯定したが、自分自身ではよく分からない。俺はファッションセンスなんて皆無なので、服がその人に合っているかどうかなんて判断がつかないのだ。

 ……というより、

「制服なんて似合うも何もないだろ。これはどんな男子でもそこそこに見せてくれる万能アイテムだからな。」

 イケメンはさらにイケて見えるし、ブサメンもそれなりには見せてくれる魔法のアイテムだ。それにみんなこれを着てるから、ファッションセンスの悪さも隠せるしな。ほんと、万能。

「捻くれてますね……。私も8割お世辞で褒めてるんですから、陽輔君もお礼の言葉を口先だけ言っておけば良いんですよ。」

「お前もなかなか悪い捻くれかたしてるな……。」

 これが社会の闇なんだろうな。皆、思ってもないようなことを口先だけで合わせてる。これ心理。

「では、身だしなみも整ったことですし、勉強開始と行きましょうか!」

「昨日は整ってなかったってこと?」

 まあ、ジャージだったし仕方ないか。

「……と、意気込んだのはいいんですけど一つお願いというか提案というか頼み事がありまして。」

「態度急変しすぎだろ……。」

 これも社会の闇か。態度を臨機応変に変えられる人がのしあがっていく……。

「で、何だよ。」

「勉強って一人で黙々とやるものじゃないですか、基本は。」

「そうだな。それが一番集中できるからな。」

「でも、学校とか塾とかでは人に教わりながらしたりもするじゃないですか。」

「そうだな。他人から教わると自分が知らなかった効率的なやり方とかを知れたりするしな。」

 何だか、煮え切らないな……。早く、結論を言って欲しい。

「それで、人に教えていると自分の知識も増えていったりして勉強になるって言うじゃないですか。」

「そうだな。人に教えるにはもっと様々な知識が必要……何となく言いたいことは分かったわ。」

「陽輔君は頭が良いみたいなので私目に勉強を教えて頂けないでしょうか。」

 言って、花月は深々と頭を下げる。……どうしようかな。

「……拒否権は?」

「……さすがにこれは私がお願いしている立場なので、無理にとは言いません。」

 勉強を教える、か。まあ、別に教えたことがないでもないし、良いのは良いんだが……。正直、教える相手の学力によって難易度が変わってくるからな。

「ちなみに、花月はどのくらいの学力をお持ちで?」

「……包み隠さず言うと、HKK内の学力テストで万年最下位です。」

「ほう……。」

 これは引き受けてしまうと、俺の身体が心身ともに持たなくなるおそれがある。ここは一旦保留……。

「ずっと馬鹿にされてきたんですよ、私は。HKKには一か月に一回学力チェックのためのテストがあるのですが、最下位から抜け出せたことがないんですよ。それで、馬鹿にされ続けて……。……何とか見返してやりたい。」

 独り言のようにそれでいて強く花月は呟いた。

 なるほど……そんなに思いが強いんだな。まあ、まだ会って日が浅いなんてレベルじゃないが、花月の素直な人となりは伝わってくる。俺が教えたことも疑ったり拒否したりせず、ストレートに受け取ってくるだろう。それだと吸収も早いはずだ。反論されたり真面目にやらなかったりされると、それだけで教えるほうのやる気も落ちるからな。

「……分かった。引き受ける。」

「!、ありがとうございます!」

 俺が了承の意を返すと、花月はパアアっと笑顔になる。……仕方ない。やってやりますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る