第14話 静かな決意

「はい。もう、帰りますからね。」

「そんな冷たいこと言うなよ~。もうちょっとだけ、もうちょっとだけ、な。」

「ずっと、そんなこと言って1時間近く経ってるんですよ。いい加減にしてください。」

 布の面積が少ないドレスを身に纏った女性が少し強めの口調で伯父にそう言って引きはがそうとしていた。幾度となく繰り返される伯父の抵抗に嫌気が指しているのだろう。しかし、伯父ごみはそれでも、引き下がろうとはしていなかった。

 が、そんな伯父ごみを無視して女性は家の前に泊まっているタクシーのほうに足を向ける。

「じゃあ、また後日。」

「つれないな~。……次はもっと色んなことしようね。」

 軽蔑する、吐き気がする。どこか夢のような気持ちで目の前の光景をぼぅーと俺は見ていた。これが仮にも、高校生を預かっている者の姿なのか。……本当に、これで良く表向きは良い人で通ってるなと心底思う。

「おお、陽輔、まだ起きてたのか。」

 伯父くずはドアから覗いていた俺たちを見つけ、気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべながら話しかけてきた。……この状況で声をかけられる異常なハートに俺は人生最大の侮蔑心を抱いていた。

「あれ、隣にいるやつは……、ああ、HKKのだっけか?そういえば、今日からだったな。どうだ?陽輔のくずっぷりに絶望したんじゃないか?こいつは何もしない、ただの社会のお荷物だからな。こんなのを預かっているって思ったら、本当に嫌気が指すぜ。」

 クズはいつものように気持ち良さそうに俺に罵詈雑言を浴びせる。そんなことを言って何になるというのか。そんな言葉を聞きたいやつなんてこの世にほぼいないだろうに。はぁ……、まあ、俺としてはもうどうでも良いのだが。

 が、隣の彼女はどうでもいいと流すことは出来なかったみたいだ。

「ちょっと……。」

 花月は気がつくと、玄関にいる文夫の目の前まで歩いて行っていた。その後ろ姿からは物々しいオーラが感じられる。

「ああ、何だ?お前も俺と一緒にあいつの悪口で花を咲かせるか?」

 あいつはそんな花月に構わず下卑た笑いを浮かべる。その態度と発言に花月は遂に……切れた。

「そんな訳ないでしょ!?あなた、甥っ子さんにそんなこと言って恥ずかしくないんですか!?」

 家が震えた。いや、実際はそんなことないのだが、この振動が伝わってきたのが花月の口からなのか家の壁からなのか分からないくらい、空気も障害物も震えた。

 まるで、磯野家の主が怒ったときみたいだなと場違いなことを俺は考えていた。

「ああ?何で、俺がそんなこと思うんだよ?俺は間違ったこと言ってないしな。あいつは自分から進んで引きこもりに成り下がったんだぞ。本当、無価値な人間だよな。」

「はあ?陽輔君はまだまだ無限の可能性を秘めている人です。仮にも一緒に住んでいてそれが分からないんですか?」

「お前、頭の中お花畑かよ。あいつのどこに可能性があるって言うんだ。俺の稼ぎを横取りする寄生虫だぞ。」

「本っ当に!あなたは陽輔君がこれまでどんな人生を辿ってきて、どれだけ辛い思いをしてここまでやってきたか知ってるでしょう!?」

「ああ、だからこそだよ。あんなことくらいで、閉じこもりやがって。」

「あんなことって……!」

 言って、花月は伯父のほうを睨みつける。

 いや、正確には花月の後ろ姿しか見えていないので、睨みつけているかは分からないが、絶対にそうしていると後ろ姿から感じ取れた。

「というか、お前そんなに人を責めるエネルギーがあるならあいつにぶつけてくれよ。こっちは明日も仕事があるんだからな。」

 そう吐き捨て伯父あいつは花月の横を素通りしていく。

「ちょっと、待っ……。」

「ああ、そうそう。今の状態の俺のことは他言無用な?言ったら、社会的におとしめてやるから。」

 花月の制止もお構いなく、伯父こいつは歩みを止めなかった。愉快な笑みを浮かべながら俺の横も通り抜け、階段の方に向かっていく。

「いい加減に……。」

「もういい。これ以上言ったところで何も解決しない。」

 花月は尚も喰ってかかろうとしたが、俺はその肩を掴んで止めた。花月の気持ちは有り難いが、これ以上何をやっても無駄なのは目に見えていた。

「で、でも……っ。」

「大丈夫。大丈夫なんだ……。」

 俺の顔を見た花月は少し驚いた表情をしていた。

 今の俺は自分でも悲しい表情をしているのか、驚いた表情をしているのか、はたまた笑っているのか、全く検討がつかなかった。

 ……なぜならば、感情も似たようなものだからだ。

「分かりました。……何をどう解決すれば良いのか。」

 ただ俺の目の前には、静かに決意を固めている花月がただ存在していた。

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