第12話 誰も得しない帰宅待ち
「はぁ……、眠いです……。」
言いながら花月は大きな欠伸をした。
夕食や寝る前の準備を終え、現在時刻は午後一〇時になっている。俺たち二人はリビングのソファでくつろぎながら、この家の主の帰りを待っているところだ。
「遅いな……。」
テレビの上にある時計を見上げながら俺はそう呟く。
あいつが遅く帰ってくることはこれまでもしばしばあった。それでも、大体は九時ごろまでには帰ってくるのだが……、これは最悪の事態を想定したほうがいいかもしれない。
「仕事ですかね?」
「いや、それはあまり考えづらい。あいつは一応、会社の中で上のほうの役職だからな。」
この家の主……俺の伯父はそこそこ名の知れた会社の重役だ。なので、基本的には残業はなく定時で帰れることが多い。例外もあるにはあるが月の中旬の今、可能性は限りなくゼロに近い。
……それに、俺の頭の中にはもっと可能性が高い理由が浮かんでいる。十中八九当たっているだろう。
「……心当たりある感じですね。」
「……まあ、あるにはあるが当たっている保証はないからな。憶測で語るのは止めておいたほうがいいだろう。」
俺は限りなく嘘に近い事実を吐く。もはや、純粋な嘘よりタチが悪いレベルだ。……当たっていない保証のほうがめちゃくちゃ低いというのに。
「それはそうかもしれませんが……。」
俺のはぐらかした返答に花月は不満げな表情を浮かべる。まあ、あまり口に出したい事柄ではないので勘弁してほしいところだ。
「本当に話は通してるんだよな。」
「はい。今日来ることは伝えてあります。」
「そうだよな……。」
何でこんな日に限って……。本当あいつはどうかしている。
「伯父さんって良い人じゃないんですか?」
「え……?」
唐突に振られた花月からの質問に俺は少し動揺した。
「いや、伯父さんとはHKKの説明をするためにお伺いしたときにお会いしてるんですが、その時は人当たりが良さそうな人だなと思っていたんです。でも、今の状況を鑑みると……。それに、陽輔君の口ぶりと表情から察するともしかしたら、と。」
「……まあ、そうだよな。外のあいつにしか会っていないとそう思うのは当たり前だ。俺もそうだったし。」
「……どういうことですか?」
「まあ、簡単に話すと、伯父はこの家の中とこの家の外では全く人格が違うということだ。だから、気を付けておいたほうが良い。」
あいつは外面だけ異様に良く、本性はクズ人間といって差し支えない。俺のことをいつも見下していて、会うたびに暴言を吐いてくる。
「そんなにですか?」
「ああ。心配しすぎて損することはないと思うし、想像を絶すると思う。」
「……ちょっと怖くなってきました。」
「ああ……、怖がらせるつもりはなかったんだが、まあただ嘘でもない。」
「そうなんですね……。」
そう言って、花月は少し俯いた。
部屋の中には重い空気が流れ、ずっと住んでいる家とはいえ少し居心地が悪く感じてしまっていた。
まあ、花月にとって俺が言ったことをすぐ受け入れろというのも無理な話だろう。なんといっても伯父の外面と実際の内面の差は日本の中でもトップクラスだと思うし。外でのあいつは皆から慕われるリーダーみたいな感じで、どんな人にも分け隔てなく接している。が、この家のなかに入ってきた途端、いつも冷徹な目で俺を見下してくる。こんなに二面性がある人を俺は他に知らない。
だから、花月が怖がるのは無理もない。良い人そうだと思った人の本性が最悪なんてすぐに受け入れられる話ではないだろう。
なので、一瞬でもその気持ちを良い方向にしようと俺は話題を変えた。
「花月は何で俺のもとに来たんだ?」
「え?何度も言ってるじゃないですか、引きこもりの人に更生の道を歩んでもらうためだって。それが、HKKの私の使命であり仕事……「いや、そうじゃなくて」……はい?」
「別に俺以外にも引きこもりは居たんじゃないか?年々増えてるんだろ?」
「……ああ、そういうことですか。たまたまタイミングがあっただけですよ。対象者の引きこもりの人を誰が担当するかというのは、常々話し合われてますからね。それで、たまたまフリーだった私に白羽の矢がたったと。」
「なるほどな……。」
「まあ、私も一応希望は言えますので、候補者は他にもいたんですが……、写真とか経歴とか見て、バチコーン!って来たんですよ。心に。」
言って、花月は手で銃の形を作って打つアクションをした。
まあ、それに関しては悪い気はしないな。
「……ところで、写真とかHKK内で出回ってるの?」
「はい。まあ、一応上の人たちがそこらへんは管理してるんですが、頼めば誰でも見られる状態ではあります。」
「……えぇ、プライバシーは?」
「そもそもお国のほうからもらったデータを私たちが見てる形ですからね。プライバシーも何もないですよ。まあ、少しはHKK独自で調査したものもありますが。」
「……確かになあ。」
国とか政府とかで、俺たちの情報は管理されてるもんなあ。国と繋がってたら、プライバシーの侵害もクソもないか。
「はぁ……、眠。」
言って、花月は目をつむる。……睡魔が襲ってくる時間が完全に小学生なんだよな。
ただ、花月がパジャマ姿になってから分かったのだが、こいつ意外と胸の形が良いんだよな。ちょっとお姉さんっぽく感じる。……こんなこと本人に言うと、また地獄へと連れていかれてしまうので、絶対言わないが。最悪スタンガンをぶち込まれるかもしれないし。
花月に毛布をかけながら、ふと時計を見ると10時10分になっていた。
……果たして、あいつはいつ帰ってくるのだろうか。
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