第11話 誰かの存在価値


「私は引きこもり更生協会、通称HKKで働いている花月葉奈と申します。弊社では、引きこもりの人たちを社会復帰させるための活動を行っています。」

 俺たち三人はダイニングテーブルに座って、粛々と話し合いが始まってしまった。

 この部屋に入る前にこっそり部屋に戻ろうとしたのだが、二人から引き止められてしまい、渋々この場に留まっている。

 別に俺いなくてもいいんじゃないですかね、そんなことないですね、はい。

「私は宮山西みややまにし高校の菊原きくはら海桜みおと言います。そちらにいる高鷹君とはクラスメイトです。」

 菊原は居住まいを正して、前髪を少し揺らしながらお辞儀をする。平時も切れ長で少しきつい印象を与える目をよりいっそう鋭くしていた。

 そんな彼女に花月のほうも真剣な眼差しを向けている。強すぎず弱すぎず、だがいつもよりは少しだけ強く、それでいてしっかりとした印象を与える目だ。

「そんな堅苦しくしないでください。敬語じゃなくてもいいですし。……クラス委員長さん。」

「なぜ、そのことを……。」

 菊原は花月の言葉に目を見開く。花月が知るはずもない情報を知っているのだから、当然の反応だろう。

 ……というか、俺の時もそうだったが花月って初対面の人と話すときかっこつけるよな。そういうのに憧れでもあるのかもしれない。まあ、様になってるからいいのだが。

「陽輔君の周辺情報は更生させるには必要ですからね。もしかしたら、協力を仰ぐかもしれませんし。あと、これは約束して欲しいのですが、私のことと引いてはHKKのことは他言無用でお願いします。」

「どうして、ですか?」

「私たちは世間にばれないよう秘密裏に活動しています。私たちの存在が明るみになってしまうと、HKKの誰かが引きこもりの方のところにいった際に悪い噂が立ってしまいかねないですからね。そうなってしまえば、私たちの存在が逆に更生の邪魔になってしまうでしょう。」

 花月の言う通りHKKのの存在がばれてしまえば、引きこもりが噂の的になってしまうだろう。「HKKの関係者らしき人があの家で出入りしている」「じゃああの家に引きこもりがいるのか」「協力してもらわなければいけないくらいひどい状態なのか」「だったら、保護者や周りの人たちは何をしているのだろう」「そんなところに頼らないといけないなんて……」などなど好き勝手言われ、悪い印象を持たれてしまうこと請負だ。そうなってしまえば、誰もHKKに関わろうとしないだろうし、存在意義が全くといいほどなくなってしまうだろう。

 ……そのための秘密裏、だな。

「……なるほど。引きこもりのことを考えってことですね。……それで、花月さんが高鷹のもとに来たってことなんですか。」

「陽輔君はもう引きこもりになってから一年経とうとしています。ですので、もうそろそろ通学を始めないと……。このままだと戻りづらくなる一方です。」

 ……あの夏からもうそんなに経つんだな。俺としては、まだ半年も経っていない印象だ。あれからの時間経過は早いな……。

「私も高校に来て欲しいとは思っています。でも、無理矢理連れ出すのは違うんじゃないですか?」

「そうですね。それは私どもも同じ考えです。無理矢理行ってもらうのではなく、あくまで引きこもりの方たち自らの意志で、復帰しようと思える環境を作るのが使命だと考えています。」

 自らの意志で復帰しようと思える環境、か……。

 もしそれが出来れば素晴らしいことだと思うし、それは色々な人にとって良いことなのだろう。ただ、どうしても俺には他人事のように聞こえてしまう。花月が俺に訴えかけているのは分かるし、伝わっている部分も少しはある。しかし、一番大切で一番俺が受け止めなきゃいけない部分が俺の身体の中には入ってきていない。言いたいことは分かるのだが、その事柄が俺の中では全く現実味を帯びていないのだ。引きこもりから脱却するのは良いことだと分かっているが、俺が出来るとも思えないし、しようとも思わない。したところでどうなんだという気持ちもある。多分、俺は復帰しようと思える環境を作ってもらったところで、復帰できないだろう。恐らくは。

「まあ、口では何とでも言えるとは思います。でも、事実として高鷹はしばらく外に出ていないんですよ?……出来るんですか?」

 おかしな話だが、菊原の言葉に同調する俺がいる。俺も出来るとは到底思えないのだ。

「……簡単ではないと思っています。ただ、だからといって諦めるってことは絶対にありません。私は必ず出来ると信じています。」

 菊原の質問から一拍置いて、花月が答えた。

 お前は本当誰のどこの何を信じてるんだろうな。

「……信じる、ね。それで、具体的にはどうするつもりなんですか?」

「そうですね。まずは、生活習慣を直していこうと思っています。そして、その生活の中で人と関わることの楽しさだったり、何かを成し遂げることの面白さだったりを伝えていき、立ち直ってもらえれば、と。」

「そういう感じ、ね。言っておくけど、それについては私も頑張ったんだよ?でも、無理だった。それが、今日来たばかりの花月さんには出来ると?」

 言って、菊原は花月を睨めつける。それを見て、花月は浅めの深呼吸をしてから口を開いた。

「はい、もちろん。難しいことではありますが、絶対にやり遂げてみせます。」

 堂々とした花月の物言いに菊原は驚いた表情を見せた。

「すごいね。……まあ、どちらにしろ、私が口を出す権利はないか。」

 そう言って、菊原は顔を下に向ける。いつの間にか敬語からため口に代わっており、あまり余裕がない様子が伺えた。

 ……菊原がこうなってしまっているのは大半が俺のせいなのになぜか他人事のように思っている自分がいる。本当嫌気が差すな。何で俺はこうなってしまったのだろうか。まあ、しかしここで菊原に声をかける権利も俺にはないだろう。

 しばらく俯いていた菊原だったが、ゆっくりと顔を上げ自分のスクールカバンをガサゴソし始めた。そして、一つのクリアファイルを取り出し、中から数枚のプリントを取り出す。

「じゃあ、私は帰るね。これ、先生から頼まれたプリントだから。」

 俺のほうを向いた菊原の顔は微笑んでいた。いや、微笑みというには頬が引きつりすぎている。……こんな顔をさせている張本人は一体どんな顔をしているのだろうか。

「菊原……。」

「私もまだ、信じてるから。あんたと一緒に高校生活を送れることを。」

 菊原はそう言い残し、家から出て行った。

 ……自分を含めた全ての人の期待を裏切って人生を送っている俺に、存在する価値は果たしてあるのだろうか。

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