第10話 突然の来訪者

「それでは、今日はここらへんで終わりにしましょうか。」

 そう言って、花月は両手を勢いよく合わせてパチンと音を鳴らした。

 花月に答え合わせをしてもらったところの復習が今ちょうど終わったところで、時刻は四時を少し過ぎたところだ。花月が作ったスケジュールでも確か終わりの時刻はこのあたりだったので、ベストタイミングだろう。

「はぁ……、やっと終わった。」

「お疲れ様です。じゃあ、とりあえず四時三〇分までは休憩しておいてください。」

 お疲れモード全開の俺に花月は労いの言葉をかけてくれた。それにありがたいと思いつつも俺は何か不穏な気配を感じ取っていた。

「……休憩のあと何かやるのか?」

 まさか、居残り復習……?いや、居残りをさせられるほど、勉強の成果は悪くなかったはずだ。一度勉強が終わる流れになったのに、またやれと言われたらさすがに仏の俺でもちょっと怒る。

「はい、もちろんですよ。6時ごろになったらご飯を食べなきゃいけないでしょう?」

「時間に明確な決まりはないはずだが……。作れってことか?」

 それはそれでちょっと面倒である。

「いや、そんな押し付けるようなことは言いませんよ。手伝ってくれれば大丈夫です。」

「似たようなものだな。」

 結局作る作業はしないと駄目ってことか……。まあ、別にそれはいいか。ほぼ毎日やってることだし。

「いや、全然違いますよ。一人で淡々と作るのと二人で協力して作るのとでは。」

「……あれか。協力する大切さを学べるってことか。効率の良さとか。」

「まあ、それもありますけど、一人と複数人と作業するのとでは根本から違うんですよ。一人のときは考えて黙々とやりますが、複数人ではそれを伝えながら進めていかないといけなかったりとか。そこらへんを上手くやれれば複数人のほうが効率は良いです。ただ、齟齬が生まれてしまうと、逆に遅くなったりしますからね。私は複数人のほうが良いってことではなく、複数人でのやり方を学んでほしいと思いまして。一人作業ばかりだとそこらへんが分からないままですからね。それに、社会では複数人でやることが多かったりしますし。」

「一人作業は悪いって言わないんだな。」

「はい。一人での作業も複数人での作業もどちらも良さがありますからね。」

 ……それを肯定してくれるのは俺としてもありがたいな。

 この世界では皆で協力していくのが素晴らしいことっていう価値観が広まってるからな。一人は寂しいだの可哀そうだの、勝手に憐れむのはよしてほしい。楽しんでる場合だってあるのに。その風潮がいつも邪魔をする。

 だから、一人は駄目じゃないと言ってくれる存在は本当に心が救われた気分になる。本当にありがたい話である。

 ところで、

「……色々言ってたけど、本当のところは一人で作るのが面倒なだけなのでは?」

「……ご名答。」

 やっぱり、当たってるのか……。まるで俺がクイズに正解したみたいな振る舞いをしても、ごまかすことはできないぞ。

「ま、まあ、一緒に作るのも楽しいと思いますし!二人で作り……」

 と花月が人差し指と中指を立て、言い訳をし始めたところでピンポーンと家のチャイムが鳴った。

「……誰ですかね?はーい。」

 花月は大声で返事をし、速足で階段を降り玄関のほうへと向かっていく。

 あいつ、よく人の家なのに躊躇無く返事できるな……。なかなか肝っ玉が据わっている。というか、ここ二階だから聞こえるかどうか微妙なんだよな……。

 俺も花月のあとについていき、数秒遅れて玄関へとついた。ちょうど花月がドアを開けるところで、そのドアにつられながら視界を外に移動させるとそこには見知った人が立っていた。

「高鷹、プリント届けに来たんだけど。……ってこの娘誰?」

 そう言って、ショートヘアの女子は怪訝そうな顔でこちらを見てきた。

 白のシャツの上に上下繋がっている黒のジャンバースカートを着ており、それは俺が通っていた高校の女子の制服だ。スカートを折ったり着崩したりすることなく、校則通りに着用しているところから真面目な性格であることが窺える。まあ、うちの高校がそういうのに厳しいというのもあるかもしれないが。そして、いつものように前髪横あたりにブラウンのヘアクリップを挟んでいる。

 ……しかし、これは状況も説明も何もかもめんどくさいやつだな。

「どこから話したら良いものか……。」

 俺はそう言って、静かに頭を働かす。

 花月の素性を説明すると長くなるし、かといって省略して話すのも語弊が生まれそうだし……と、俺がうんうん悩んでいると、横にいた花月が話し始めていた。

「私は引きこもり更生協会というところから来ました、花月葉奈と申します。陽輔君を引きこもりから脱却させるのが私の役目であり仕事です。」

 花月は端的にそう説明する。事情をある程度知っている俺からすると、分かりやすいなと思ったのだが、どうやら目の前にいる女子はそうではなかったらしい。

「はぁ?そんなの聞いたことないんだけど。それに、小学生みたいなあんたに務まるわけないでしょ。」

 その女子からは不機嫌なオーラが目に見えるレベルで出ていた。俺はそれを見て怖いな……と思ったのだが、隣にいる女子からもそれに負けず劣らずの雰囲気が醸し出されていた。

「……誰が、小学生ですか。私はこれでも成人している身なんですからね!」

 憤慨した様子の花月はそう言って、向かいの女子を睨みつける。まあ、花月の身分と姿が怪しいとはいえ、失礼なことを言われたのだからこうなって当然だろう。

「嘘……。その見た目で?確かに、言葉遣いは丁寧だけど……。」

 言って、訪問者は目を見開いた。気持ちはすごい分かる。

「そうですよ!本当にびっくりしているところが、また傷つきますね……。」

 花月はそう言ってがっくりと肩を落とす。まあ、花月には悪いが驚くのも無理はない。俺もそうだったし。

 落ち込んでいる花月をよそに俺は訪問者の方へと目を向けた。本当に、こいつは歯に歯を着せない物言いするよな……。ストレートに言いすぎて、心を折られてきたやつは数知れず。

「……衝撃的なことが多すぎて頭の整理が追いついてないんだけど……。これは、高鷹が望んだことなの?」

「そんなわけないだろ。今日の朝こいつが勝手に入り込んできたんだよ。俺もまだあんまり実感が湧いてこない。」

 この状況を半日やそこらでちゃんと受け入れられる訳がない。もしかすると、長い夢なのではないかと今でも思っているところだ。まあ、夢にしては視界がはっきりしすぎているし、長すぎるが。

「説明はきちんとしたじゃないですか。どういう経緯でこうなったのかを。」

「それはそうだが、納得はしてないぞ。俺としては今出て行ってもらっても一向に構わない。」

 出て行ってくれたら、またいつものだらだらした時間を過ごせるしな。

「そんなこと言わないでくださいよ!……まあ何を言われても陽輔君が学校に通うようになるまで出て行くつもりはありませんから。」

「そんな瞬間が来るとは到底思えないけどな。」

「必ず来ます。私を信じてさえくれれば!」

「俺としてはまだ怪しさが残ってるからそれは不可能だ。」

「じゃあ、信じさせればいいんですね。」

「……アンサーになってないと思うんだが。」

 本当、なぜこいつはこんなにも前向きなのだろうか。ずっと後ろを向いている俺には出来ない芸当だ。それに、そんな俺を振り向かせて前を向いてもらおうとしてるからな。パワーがすごいよな、こいつ。

 そう思いながら俺がため息をつくと、訪問者は驚きの声を上げた。 

「……あんたたち、本当に今日会ったの?」

 ……どうして、その部分を疑われているんでしょうか。

「そうだが……?」

 質問の真意が分からず、俺は?を浮かべながら言うと、訪問者は何か納得したように軽く顔を下に向けた。

「……そう。まあいいや、花月さん……でしたっけ?」

「はい。そうですが。」

「その……何ちゃら協会のこと詳しく聞かせてもらっても良いですか?」

 訪問者はさきほどより丁寧な言葉づかいでそう聞いた。さすがに失礼だったと思ったのだろう。それに、花月は目をつぶり少し間を空けてから答えた。

「……そうですね。少し長い話になりそうなので、どうぞ上がってください。」

「では、お邪魔します。」

 言って、訪問者はローファーを脱ぎ廊下へと上がってくる。

 さあ、これから不穏で厳かな時間が流れること間違いなしだな!……逃げたい。

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