第9話 花月からのプレゼント

「数時間ぶりの一人の時間だ……。」

 花月から課された問題集を解いている途中、俺はふとそう呟く。

 昼食も食べ終わり今は家には俺一人しかおらず、俺は黙々とペンを走らせていた。

 花月はというと近くのデパートに買い物に行っている。俺も誘われたのだが丁重にお断りしておいた。外に出るのは本当に嫌だからな。誰に頼まれたって出る気にはならない。怖いし、面倒だし。

 ていうか、絶対断るって分かっていただろ。結果が分かっているやり取りほど無益なものもないというのに。

 だが、断ったにも関わらず、花月は俺の分の食糧のみならず衣服類も買ってきてくれるらしい。服は別に良いって言ったのだがHKKからそこそこお金は出ているので大丈夫ですよと返された。俺的には何も大丈夫な気がしないですけどね……。

 ……しかし、本当あいつはなぜそこまでやってくれるのだろうか。もちろん、それが仕事で使命だからっていうのは分かっている。ただ、それにしても引きこもりを脱却させるためなら、もっと強引なやり方もあるはずだ。俺を引っ張りだすでも良いし、学校に行くよう脅すでも良い。それをちゃんと拒める引きこもりはそうそういないと思うし。実際、そうされてしまえば俺は抗えずに従順な犬のように従うことしかできないだろう。まあ、多少は抵抗するだろうが。

 まあ、脅すのはやりすぎにしろここまで寄り添う形じゃなくても良いはずだ。心理カウンセラーみたいに必須項目を質問するだけして、データからそれの対症療法を施せば、改善の道を辿りやすくなるだろう。

 どう考えても花月の方法はどれでもないんだよな……。なんなら、少し、いや相当遠回りをしているような気がする。引きこもりを学校に通わすだけなら、こんな勉強時間なんていらないだろうし。

 あんまり何考えてるか掴めないんだよな……。引きこもり更生協会とは具体的にどんな組織でどんな理念で動いていて、どんな人たちの集まりなのだろうか……。

「ただいま、戻りました!」

 と、ぼんやりとそんなことを考えていると、ドアが勢いよく開き元気な声が聞こえてきた。

「あ、ああ……。」

 びっくりした……。急に開けるなよ……。また、壊れたらどうするんだよ……と思ったのだが、今度はちゃんとドアノブに手をかけていた。良かった……。次、壊されたら一生外に出ないでおこうと密かに誓っているので、それは免れたようである。なので、俺としては壊しといて欲しかったところだが。まあ、首の皮一枚……いや、ドアの皮一枚繋がったというところだ。ドアの皮ってなんだよ。

「勉強はかどってますか?」

「ああ。それなりに。……それはそうと花月って忍者出身だったりする?」

「何ですか、その出身……。仮にそうだとしても忍者だったら教えないでしょ。」

「それは確かにそうなんだが、足音全くしなかったなと思って。」

 思考に耽っていたというのもあるが、扉が開くまで足音も物音も全然聞こえてこなかった。偶然ではなく、わざとやっている気がするんだよな……。朝もそうだったし。

「ああ、わざとやってますよ。驚かせようと思って。」

「そんなさも当然みたいな顔で言われても……。策がばれたんだからもうちょっと狼狽えたりするものでは?」

「まあ、ばれようがどうでもいいですからね。こちらとしては驚いた顔が見れた時点で、作戦は成功しているので。」

 確かにそれはそうだな。

「そんなことはおいてといて!陽輔君の服も買ってきましたよ!」

 花月は嬉々とした表情で、袋から一つ長袖のポロシャツを取り出した。上半分が紺色で下半分が白色になっているものだ。黒基調以外の服を買ったことないから、これが俺の物になるというのは違和感がすごい。

「別に良いのに。」

「どうですか?この服、陽輔君に似合うと思うんですが。」

「そうか?結構派手目な服だから、微妙では……。」

 想像してみても全く似合ってない気がするが……。もっとイケイケでやんちゃなパリピがたまに着る服って感じがするし。俺では色々と不足しているだろう。

「地味な色の服ばっかりだったら、それこそ微妙ですよ。ちょっとくらい派手なものを着たほうが良く見えます。ていうか、別に派手じゃないと思いますけどね。」

「そういうもんなのか。」

「はい。ていうか、陽輔君はそんな顔悪くないですから、少しオシャレに気を遣うだけでとても変わると思いますよ。」

「……別にそんなことないと思いますよ。全然全く、花月さんの顔の良さには負けますよ。」

「動揺しすぎて、私の口調が映ってますね。そんなに照れなくて大丈夫ですよ。」

「別に照れてない。間違った事実を訂正しただけだ。それに、お前に言われても可愛い子どもから言われてるみたいだから、真に受けることはない。」

 俺は斜め上を向きながらそう言った。別に照れてるからとか恥ずかしいからとか羞恥からとかで花月のほうを見れなくなっているわけではない。ちょっと天井の様子が気になっただけである。

 それはそうと、花月からの返答が聞こえてこないな。どうしたんだろ……う?

「……今なんて言いました?」

 空気が変わった。さっきまでほんわかムードで時間が進んでいたのに急に地獄の中へと落とされた感覚だ。

 花月は少し下を向いており、どす黒いオーラが身体を纏っている(ように見える)。さっきマッチョマンが来た時にも見たが、それより数段上の禍々しいオーラを放っている。え……、怖い。花月さん?どうされたんですか?

「は?え?真に受けることはないって……。」

「その前ですよ。」

「……可愛い子どもから言われてるみたい?」

 俺がこの再びこの言葉を口にした瞬間、より一層黒いオーラが深くなった(ように見える)。ふぇ……、怖いよ、誰か助けてよ。

「それです。」

 言って、花月は眼光鋭くこちらを睨む。こ、殺される……。

「……はぁ。まあ、今回は不問にします。あまり悪気もなかったようですしね。」

 花月が息を吐いたと同時、どす黒いオーラが雲散霧消した(ように見えた)。怖かった……、マジで死ぬかと思った……。

「ただ……」

「え?」

「次、私を子ども扱いするようなことを口走ったら、何かぶちこみますからね。」

 やっぱりまだ怒ってるらっしゃるんでしょうか……。ものすごい怖いことを仰られてるし。

「……怖ぇよ。せめて、何でやられるかはっきりさせておいてくれ……。」

 どの程度のものかで、覚悟の度合いも変わってくるし。まあ、もう言わないようにしよう。頑張って。

「……というか、花月って何歳なの?」

 緊張状態も解けふと気になったことを俺は口にした。

 ……あれ?ちょっと待って、この質問このタイミングでしちゃいけなかったのでは?つい、口走っちゃったけど、また怒られるのでは……。と、思いながら花月の方を見ると、案の定こちらを睨みつけていた。

「この流れでよく聞けますね……。まあ、教えてあげます。今年で二十一歳です。」

「え!?成人して……らっしゃるんですね。通りで落ち着いていてお淑やかな女性だとは思っておりました。」

 危なかった……また、一瞬空気がピりついた……。もう、絶対頑張って口にしないようにしよう。

「はぁ……。まあ、よくある反応なので、そこまで怒りはしませんよ。」

 どの口で言ってたんだよ……。さっきめちゃくちゃ怒ってたじゃん……。

「はい。では、これプレゼントしますね。」

「……ああ、ありがとうございます。必要な時は来ないと思いますので、綺麗な状態で保管しておきます。」

「敬語が治りませんね……。そこまで怒ってないので大丈夫ですよ。……それに、必要な時必ず来ますよ。」

 人差し指を立てながら花月は微笑む。

 俺としてはこれを着る想像が全くできないので、確信をもって言う花月に疑問が残った。

「来ないと思うけどな。」

「来ます。何なら、私がそういう機会作りますし。」

「……恐ろしいなあ。」

 俺はそう呟きながら空きに空きまくったクローゼットにポロシャツをしまった。花月がセッティングすると何かトラブルが起きそうなので、この服に出動要請をする機会が来ないことを願うばかりだ。

「……結構解いてますね。」

 振り返ってみると、花月が俺が解いていた問題集をパラパラ見ていた。不意にみられると少しだけドキッとしてしまうな。

「まあ、そう命令されたからな。」

「それはそうかもしれませんが、多少はサボってもばれないと思いますよ?」

 何でそんな純粋そうな目で、不純な質問してるんですかね、この子は……。

「お前がそれ言っちゃ駄目だろ……。まあ、ほら俺は根は真面目だからな。」

「自分でそれを言っちゃうのはどうなんですかね……。」

 こうして自己肯定感を上げていくのは悪いことじゃないはずだ。自己肯定感あげてこ!

「事実だから別に良いだろ?」

「まあ、これだけやっているようなので否定はしませんが。真面目ついでに学校に通うなんてことは……「あるはずないだろ」……まあ、そうですよね。」

 少ししゅんとしている花月には悪いが、それとこれとは話が根底から違うので勘弁してほしい。

「それでは、答え合わせ始めますね。あ、その前に分かりにくいところとかなかったですか?」

「ああ、そういえば、一ヶ所あったな。」

「では、解き方とかその他諸々載っている参考集がありますので、良かったら読んでおいてください。」

 花月はそう言って、鞄から参考書を取り出した。さっき机に並べられた中にはなかったものだ。……このかばんの中何冊入ってるんだろうか。

「ああ、ありがとう。そういえば、これって HKK独自のものなのか?」

 俺は花月から参考書を受け取りながらそう尋ねた。

 俺が生きてきた中で、一度も見たことないんだよな、この本たち。

「そうですね。うちのプロフェッショナルな人たちが作っています。」

「ちょっと発音良くしてるの腹立つな……。」

 英語できるアピールかもしれないが、逆に不得手なのが透けて見えるのでやめておいたほうがいいと思う。

「なので、一般には出回っていない代物ですね。」

「やっぱりそうだよな。一応、高校に通っていた頃は書店で問題集やら参考書やらを見て回ったりしてたんだが、見たことないなと思ってな。」

 まだ、俺が真面目な学生だった当時、頻繁に書店に出入りしていたが、それでも見覚えのないものばかりだった。よかった……ここが田舎すぎてないのかと思った。セーフ。

「もし、商品化なんかしてしまったら、HKKの存在がばれてしまうでしょうし。そうなったら、HKKの存続が危ないですからね……。」

「危険な橋を渡ってるんだな……。HKKって。」

 そんな死と隣り合わせの場所にいたくないな……。やっぱり社会から離れている引きこもりが一番安全だな!

 ……どう考えても一番危ない橋なんだよなぁ。何なら死と隣り合わせどころか社会的には死んでるまである。

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