第8話 食事のレポート
「とても……美味しいです。」
目の前にあるオムライスを一口食べた花月は目を見開きながらそう呟いた。
「それは良かった。」
その反応に俺は安堵の声を漏らす。
一旦勉強を終え、俺たちは昼食タイムへと入っていた。朝食を作ったもらったお礼に今回は俺が作った形だ。
なぜか花月は「私が作りますよ!」と俺が料理することを許そうとしなかったが、俺はその意見を押しのけて昼食をこしらえた。……さすがに朝食を作ってもらったのに訪問者である花月に昼食も作ってもらうのは申し訳ないからな。お客様……と言っていいか分からないが、それに近しい者にこの家の住人が料理を振る舞うのが筋ってものだろう。
……ていうか、なんで頑なに拒否していたのだろうか。五分くらいは俺が作る私が作るの押し問答していたし。もしかしたら、料理が下手だと思われたのかもしれないな。まあ、引きこもりだし普段カップラーメンやら冷食やらばかり食べていると思われてもおかしくない。ただ、俺はそこらの引きこもりとは違い、ほぼ毎日料理をしている身である。一応、そこそこのレベルのものは作れるという自負がある。……まあ、めちゃくちゃ美味しいかと聞かれると微妙ではあるが。この家の主に作ったときも特に反応もなかったし。
……そう思っていたので、花月の反応はとても意外だった。
「はい、お金取れるレベルですよ。」
何か花月がすごいことを言っていた。
「……それはさすがに言いすぎだろ。」
お世辞も度が過ぎると逆に冷めた感情になってしまう。何を言ってるんだか。
「そんなことないですよ。卵は崩れることなく適度に半熟ふわふわで、チキンライスも鶏肉と野菜とご飯の割合もベストでもちもち過ぎずパラパラ過ぎず適切な感じで……、何でこんなに上手く作れるんですか?」
花月は若干早口でそう捲し立てる。……具体的な意見を言われると存外悪い気はしないな。
「いや、まあ、引きこもってるだけあって時間はあったからな。その間に上達したって感じだが……、単純に慣れだと思うぞ?」
特に隠し味も独自の料理法もない。ただ、適当にネットで見つけたレシピを引っ張ってきて作っているだけだ。そんなに褒められる謂れはない。
「いや、慣れだけでここまでのもの生み出せませんよ。現に私にはここまでのもの作れません。」
ここまで手放しで褒められてしまうと、なかなか居心地が悪い。俺は花月の目線から逃れるように顔を少し後ろに向けた。
「本当に試行回数の差だと思うぞ。花月だって仕事してる訳だろ?どう考えても引きこもりと労働者じゃ、前者の方が時間が有り余ってるのは火を見るより明らかだろう。」
時間があればあるほど、心に余裕が出来るし、細かいところにも気づきやすい。そうなると、よりよい物が出来やすくなる。
だから、生産性が低いにも関わらず労働時間をただ引き延ばし、そうすることを強要するブラック企業は本当に頭が悪いと思っている。本当、一刻も早く滅んで欲しいものである。
「確かに、それはそうかもしれませんが……。」
「だらだらすることにも飽きてくるからな。逆にだらだらを、休む時間にちょっと行動しているだけだ。」
「そんな考え方があるんですね……。これが引きこもりの思考……。」
花月はうーんとうなり声を上げながら考え始めた。
適当に言っただけなので、そんなに深く考察しないで欲しいな……。
「まあ、だから一つの道を究めるには引きこもるのが良いってことだ。」
「全国の職人さんたちが怒ってきそうな発言ですね……。」
それは間違いなく怒られるだろう。
「でも、引きこもりの定義の問題もあるだろう。ずっと家にいたら引きこもりなのか、家にいても何かしていれば引きこもりじゃないのか……。」
ずっと家に引きこもって仕事するタイプの職人さんもいるわけだしな。そういう人たちはどういう区分になるのだろうか?
「本人がどう思ってるかが重要かもしれませんね。……劣等感を抱えているかどうか、とか。」
「それだったら、学生でも劣等感抱えていなければ、学校に行ってなくても引きこもりにならないってことになるな。」
それは社会一般的な価値観とは外れているのではないだろうか。学校に行かずに家でずっといるという状況はどう考えても引きこもりということになるだろう。
「まあ、ほとんどの場合、劣等感抱えていなければ学校に通っているでしょうけどね。」
「……それはそうだな。」
すぐ論破されてしまった……。
「陽輔君もそうなる日がいつか来ますよ。」
言って、花月は微笑む。それは夢物語なのではないだろうか。
「全く想像できないな。」
「私ははっきりイメージできているので、大丈夫ですよ!」
「何が大丈夫なんでしょうかね……。」
当の本人がイメージ出来てなかったら、大丈夫な要素は何一つないと思うんですがね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます