第7話 寝泊まりについて
「うーん……。」
俺は疲れた身体をほぐすために伸びをした。
今はテストを解き終わり、花月の採点を待っているところだ。小気味いいペンの音を聞きながら、どんな結果だろうかと少しだけドキドキしていた。
……何だかこの感覚、学校のテスト返却の時を思い出すな。自分の番が回ってくるまでワクワクそわそわしていた。
手応えがあろうとなかろうと、どちらにしろ早く結果を見たいなと待ち遠しい気持ちになっていたな。自分の予想と結果がどれくらい同じだったか、はたまた違っていたかそれを確かめるだけで楽しんでいた。予想より点数が高い答案用紙だったら、とても嬉しかったな……。
と、しみじみ思い返していると、いつのまにかペンの音が止まっていた。
「え……、満点……。」
採点が終わった花月が絶句した顔でこちらを見つめてくる。
俺としては予想通りなのだが、驚くのも無理はない。引きこもりは普通、勉強してないと思うものだろうし。
「ああ、問題が結構簡単だったからな。もっと、複雑で難しいものだったら話は別だったが。」
「でも、そんなに易々と解けるような問題でも無いはずですよ。……現に私は全く分かりませんし。」
「何て?」
最後、花月が斜め下を向きながら小声でボソッと呟いたが、聞き取ることができなかった。
引きこもりのくせに……とか言われたのかもしれない。悲しい。
「……いえ。……それにしてもなかなかやりますね!もっと馬鹿なものだと思ってました!」
声色と発言の内容が全く合ってないんだが……。結構傷ついちゃうから止めな、それ?
「ストレートな言い草だな……。まあ、引きこもってる間にもそれなりに勉強してたからな。」
「へぇ~、偉いですね。……本当は学校に復帰したいんじゃないですか?後れを取らないために勉強してたとか。」
花月は嬉々とした表情でそう言ってきたが、そんなことあるはずもない。
「そうじゃねえよ。もともと勉強自体はそんなに嫌いじゃないからな。それに……、」
「それに?」
「いや、なんでもない。とにかく、俺の実力はこんな感じだが、どうするんだ?」
俺は言いかけたことを飲み込んだ。別に言う必要もないことだ。
「そうですね……。基礎的なことは出来ているので、とりあえず三段階あるうちの二段階目の問題集をやりましょうか。」
言って、花月はリュックサックから問題集を取り出した。そのリュックサックはテスト中に花月がどこからか持ってきたもので、そっちにはよりたくさんの本が入っていた。……ところで、ほんとにどこから持ってきたんだ?
「その荷物って……?」
最初に花月を見たときはカバンしか持ってきてなかったし、リビングダイニングにも置いてなかった。……一体?
「ああ、そういえば言ってませんでしたね。私、隣の部屋を使わせてもらうので、そこに荷物全部置いてるんですよ。」
「ああ……、そういうことか。まあ、空き部屋だし好きに使っても大丈夫だろう。」
俺の隣の部屋はずっと空き部屋になっており、全く使われていない状態だった。物もほんの少ししか置いてなかったので、荷物を置くには持ってこいの場所だろう。
「はい。きちんと家主さんから許可得ていますからね。」
そこらへんはやっぱりきっちりしてるな。ちゃんと、困らないように準備している。
「あ、あと、寝泊まりもそこでしますので。」
……え?なんだって?
「……え?どういう意味だ?」
俺は花月の発言を飲み込めず、頭がパニックになった。……寝泊まり?ってなんだっけ?
「そのままの意味ですよ。しばらくこの家で住む形になりますね。」
「……それはHKKから強制されてるのか?」
俺は何でこの家に住むようになるか分からないず、とりあえず候補となりそうな理由を一つ上げる。
もし、そうならかなりのブラック企業ということになるだろう。いや、ブラックというより……ピンク?
「いえ、自分の意志ですよ。そのほうが陽輔君を更生への道へと導きやすいと思いまして。」
「……大丈夫なのか?いや、俺が言うのもおかしな話だが。」
よく寝泊まりする気になるな……。この家には俺と伯父の男二人しか住んでおらず、少なからず身の危険を感じてもおかしくない。……そこらへんはどう考えたのだろう。
「はい。HKKから対人グッズを色々支給されてますからね。少し弱めの威力ですがスタンガンとか、ボタンを押すとセキュリティ会社に連絡がいく防犯装置とか。対策は万全です。」
「……なるほどな。」
それなら確かに、身の安全はある程度は保証されているのか。しかし、本当仕事熱心なやつだな……。
「まあ、それに家主さんも陽輔君もそんなことしないと思ってますしね。特に陽輔君は引きこもりですし。」
「どういう意味だよ……。」
そこはかとなく馬鹿にされた感じがするんですが……。まあ、リスクも高いし怖さもあるので、もちろん何かをすることは当然もちろんない。俺はきちんと感情をコントロールできる男だからな。一時の情に惑わされて、リスクを顧みないことは断じてない。……それに、普通に小学生にしか見えないので、やましい気持ちは全く湧かない。俺にロリコンの趣味はないからな。
「あと、理由の比重をあまり占めてはいませんが、家が広いと聞いていたので。」
「絶対それが一番の理由だろ……。」
そんなに大きな理由ではないという割にはめちゃくちゃニコニコしてるんだよな……。下心満載である。
「まあ、それでは、問題集をやっていきましょうかね。」
花月は俺の言葉を無視して強引に次のフェイズへとことを運んだ。
答えないということは恐らく図星だったということだろう。分かりやすいやつである。
花月は手に持っていた問題集を目の前の机に置いた。表紙には『高校英語 中級編』と書かれてあり、高校の英語の範囲であることが見受けられる。
「これって教科も指定される感じか?」
「いえ、今日のところは何でもいいですよ。また、時間があるときに時間割を一緒に作ろうと思っていますし。それまではお好みでって感じです。何かやりたい教科はありますか?」
「いや、何でもいい。」
「……じゃあ、聞く必要なかったのでは?」
「いやまあ、強制的にやらされてる感じが気に食わなかっただけだ。」
「めんどくさいですね……。」
それは俺もそう思う。ただ、小さくて強固なプライドが少しだけ強情だったというだけだ。
「それでは、やっていきましょう。分からなかったら飛ばして構いませんので。」
「やり方は案外適当なんだな。学校でやるみたいに、順番に調べながらやるって感じにしないのか?」
「はい。それはあまり効率良くないですからね。分からないものはどれだけ考えても分からないですし。あとで、答え確認しながら復習したほうがいいでしょう。」
花月の言葉に俺は頷きを返す。
それは本当にその通りだと思う。学校の先生が良く言っている、とりあえず解答欄を埋めてから答えを見なさい理論よく分からないんだよな。
テストの時はそれが良いだろうけど、問題集の時にそれをやっても時間の無駄なだけだと思う。分からないんだったら、さっさと答えと解説を見て覚えたほうがよほど効率的だろう。
分からないものはいくら考えても自分の中に答えはないからな。
「それは同意だな。で、何時までやれば良いんだ?」
「今が十一時半なので、十二時まで解いてもらってそこから分からなかった問題をおさらいしましょうか。終わりの目安がだいたい十二時二十分ですかね。」
「分かった。じゃあ、勝手にやっていくわ。」
言って、俺はページをめくり、早速とりかかった。
「はい。じゃあ、私はサボらないように見張ってますね。」
「別にサボらねえよ。何だったら、リビングとかで休憩してても良いぞ?」
「いや、そうしても暇なだけなので。まあ、解答集でも眺めてます。」
言いながら、花月は解答集をひらひらさせる。俺はそれを見ながら少し羨ましい感情が芽生えた。
「……いいなあ。俺もそうしたいなあ。」
「ほら、サボる気満々じゃないですか。駄目ですよ、きちんとやってください。」
「はいはい。分かってるよ。」
花月のムッとした表情を見て、俺は仕方なく素直にとりかかった。
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