第5話 筋肉隆々厨二男
「で、このドアどうすんの?」
朝食も食べ終わり、俺たちは部屋に戻ってきた。そこにはいまだ壁にもたれかかっているドアがあり、俺の部屋は廊下から丸見えの状態である。
……今日一日はずっとこのままとか言わないよな?俺の一番安心できる空間に巨大な穴が開いている状態はとてもじゃないが耐えられない。心休まる時間が無くなってしまうわけだし。俺は不安に思いながら、花月のほうを見ると眉をひそめながら今上ってきた階段のほうに視線を向けていた。
「多分、もうすぐ来ると思うんですけどね……。」
「……本当か?」
「はい。心配しなくても電話でもうすぐ着くと言っていたので。」
どんな人が来るかは分からないが、部屋のドアがこのままという事態は避けられそうである。
そんなことより心配、というか不安なことが一つあった。
「また、知らない人と顔を合わせなくちゃいけないのか……。」
「……ああ、そっちの心配だったんですね。大丈夫です。私の同期の男性ですよ。良い人と言えなくもない人です。」
「何で、ちょっと不安なニュアンスを付け加えるんですかね……。」
その言葉のせいでより不安になってしまうじゃん……。ただでさえ、見知らぬ他人と出会うのは居留守をつかってでも避けたい人格なのに……。はぁ、とても憂鬱である。
と、俺がため息をついたと同時、ピンポーンと家のチャイムが鳴り響いた。嫌な予感が胸をよぎるな……。
「あ!では、私が連れてきますので、陽輔君はここで待っていてください。」
「……ああ、分かった。」
俺の返答を聞かずして花月は勢いよく階段を降りていく。
あいつドジっぽいから踏み外したりしないだろうか……。ちょっと心配だな……。
と思ったと同時、う、うわぁぁぁぁーという絶叫に近い叫び声が聞こえてきた。
「……え、マジで?」
俺は驚いて一目散に階段のほうへと向かった。時間的にはまだ階段を半分くらい降りたところでの悲鳴だったから、もしかしたらひどいケガを負うんじゃ……。と、少し心配しながら……ってあれ?叫び声から数秒経っているはずなのに、何の音も聞こえてこないな。じゃあ、さっきの叫び声は一体……。
俺は不思議に思いながら、階段を少し降り曲がり角から顔を出して覗き込んでみた。すると、そこには花月を抱きかかえたマッチョが強者のオーラを放って佇んでいた。
「何者だあいつ……。」
俺は呆気に取られ呆然と見つめる。状況的に階段から転げ落ちそうになっている花月を助けたんだろうけど……、そんな咄嗟に反応できるものなのか?ていうか、それなら花月が玄関に行く前に勝手に家に上がっていたことになるが……。
俺が頭の上に?を浮かべていると、目をつぶっていた花月がおそるおそる目を開いた。
「あれ……。私、階段から落ちたはず。……まさか!……ちょっと!何やってるんですか!これはもう二度と止めてくださいとあれほど言ったのに!」
「おいおい、命の恩人にその口の利き方はないんじゃないか?」
花月が叫んでいるのを尻目に、がっちりした体格の男が冷静にそう返していた。
「いや、そんなに大事でも無かったでしょ……。」
言って、花月は大柄の男にしらっとした目を向ける。
いや、そこそこ大事だったとは思うぞ。命の恩人はちょっと言い過ぎかもしれんが。
「お前が高鷹陽輔か?」
そんな花月を無視して筋肉お化けが眼光鋭く俺を見上げてきた。
俺は反射的にウッと喉を鳴らす。ただ、見られているだけなのに、なぜか冷や汗が流れ始めていた。
「ああ、そうだが……。」
「そうか……。花月のことだが」
筋肉はそう言って、少し間を開ける。重々しい空気に耐えられず、俺はそれを打ち消すために思わず聞き返してしまった。
「花月のことがどうした?」
「……ちゃんと見ててくれよ。こいつドジっ子だからな。俺がいない時はお前が守ってくれ。」
マッチョはニッとした笑顔でそう言った。幾分か怖い雰囲気が和らぎ、俺の緊張状態も少し解かれた。
「……あ、ああ。」
「いや、別に守ってくれなくても、私一人で何とかなりますよ……。そ・れ・と!早く下ろしてください!陽輔君にこの状況を見られてるの恥ずかしいんですけど!」
俺がホッと胸を撫でおろしていると、花月がそんな叫び声を上げていた。
まあ、気持ちは分かるが、俺としてはこの状況は大変面白いのでこのまましばらく見ていたい気持ちである。
「まあ、そう慌てるなよ。上まで連れて行ってやるから。」
大男はそう言って階段を上ってくる。
……何かこいつ、いちいち言動が格好つけてるように感じるな。
「本当にあなたは人の話を聞かない人ですね……。あれで最後と前にも言ったでしょう!?」
「……さっきも言ってたが、前にもこんなことがあったのか?」
俺はとてもとても気になったので聞いてみると、なぜか花月の顔がみるみる赤くなっていた。そんなに恥ずかしい体験だったのだろうか。……これは面白そうな話の予感だ。
「そうだな。あれは、俺と花月が出会った日だったな……。」
「いや、そんな遠い目をされても……。全然良い話じゃないんですから……って、何話そうとしてるんですか!?そんな話止めてください!陽輔君も嬉々とした表情しないでくださいよ!」
面白そうな話が聞けそうなのに、それは無理な話だろう。
「俺はその日、初めて会社に出社する日だった。俺とこいつは同期だから、花月も必然的に初めての日になるな。」
「うわ!この人、話始めましたよ!……何で、お姫様だっこされているだけなのに、身動き一つ出来ないんですかね、これ!」
花月は何とかして降りようと試みているようだったが、腕しか動いておらず胴体のほうは全く動いていなかった。お姫様だっこでホールドするなんて、こいつどんだけ筋肉ついてるんだ……。ていうか、そもそも筋肉ついているからといってそんな芸当可能なのだろうか?まあ、今はそんなことどうでも良い。
「それで、会社の目の前にある階段を上っていたんだ。その階段は割と大きめで、俺の他にも何人か新入社員らしき人たちが上っていた。で、俺の目の前に小学生くらいの小さい女の子がいてな。」
「ああ、それが花月だったのか。」
「それで、分かられるのは納得いかないですが……、はぁ……、もういいですよ。どうせ、この人を止めることは不可能ですから。」
何とか止めさせようと必死にもがいていた花月だったが、遂に断念した。花月のことは不憫に思うが、一刻も話の続きを早く聞きたい俺がいる。
「こいつも、俺の会社の制服を着ているが新入社員なのか?だが、それにしてはあまりにも……と考えていると、急にそいつがこっちに倒れてきたんだ。俺はその瞬間、お姫様だっこをしようと構えた。」
「それもそれでどうなんだろうと思うけどな……。」
変人だな、この人……。
「それで、俺は綺麗にキャッチして、周りの人たちから拍手をもらった……、という素晴らしい話だ。」
「どこが素晴らしい話なんですか……。私が恥ずかしいだけの話じゃないですか……。」
花月は両手で顔を覆っていた。まあ、俺が花月の立場なら恥ずかしすぎて、頭を壁にぶつけたい衝動に駆られていただろうな。
「いや、素敵な話だと思うぞ。誰に話してもウケるだろうな。」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃないですか!もうこの話誰にも聞かせませんからね……。」
「別に良いじゃねえか。花月がどんなやつか分かってもらうにはベストだと思うんだがな。」
筋トレ馬鹿が笑いながらそう言った瞬間、彼の腕の中にいる者からどす黒い声が聞こえてきた。
「……ふざけないでください。初対面の人にこんな話聞かれたら、駄目な人っていう印象がついちゃうじゃないですか。」
……怖。心霊番組を見たときくらいの底冷えがする。こんなに人って声色と表情恐ろしく出来るものなんだな。
「お、おう。悪かったって。初対面の人にはしないようにするから……。」
「いや、もう誰にも話さないでください。もし、話したら電気ぶち込みますからね。あと、そろそろ降ろしてください。」
「謝るし、降ろすから。その冷たい声止めてくれよ……。」
筋肉は怯えながら恐る恐る花月を降ろす。筋肉の身体はさきほどより二回りくらい小さくなっているように見えた。というか、実際両方の二の腕をさすって身体を縮こまらせているので、小さくなっているのは本当だ。
それはそうと、よく花月はその小さな身体でここまでの怖いオーラを放てるな……。マジで野生の熊くらい怖いな。会ったことないけど。
「はぁ……。もう、言わないでくださいね。じゃあ、そろそろドアを直してもらいましょうか。」
二本足で立つことが出来た花月は元の優しい雰囲気に戻っていた。……怒らせたら怖い人というのはこいつのことを言うんだろうな。
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