第2話 突然の小娘

「あなた、いつまで引きこもり生活を続けるつもりですか!」

 大きな声とともに、目に飛び込んで来たのは可愛らしい小学生くらいの小娘だった。肩甲骨あたりまである長い黒髪を揺らし、俺をジッと睨んでいる。黒色のブレザー、白のワイシャツ、赤のネクタイ、膝丈の白色のスカート、黒色のハイソックスを着用している。色は違うまでも学校の制服のような恰好をしていた。

 俺は呆気に取られ、何の言葉を発することも出来ずにただただ小娘を見ていた。

はぁ……?誰だ、こいつ……。俺の記憶を総動員して脳内検索しても何も引っかからない。というか、俺にこの年齢くらいの知り合いはいないはずだ。

 一体なぜこのような状況に……と、十秒ほど固まっていると、小娘は部屋にずかずかと入ってきて、再び口を開いた。 

「誰だこいつっていう表情をしていますね。まあ、無理もありません。初めてお会いすることですし。」

 小娘はそう言って、不敵な笑みを浮かべる。俺はますます訳が分からなくなりながらも、とりあえず口を開く。

「……で、お前は誰なんだ?どうやって、家に入ってきたんだ?鍵はかかっているはず……。」

「私の身分証明は時間が少しかかるので、先に私の質問に答えてください。いつまで引きこもり生活を続けるつもりですか?ちなみに鍵は空いていました。」

「いつまで……って、え?鍵空いてたのか?」

「はい。まあ、私が頼んでおきましたからね。」

「お前……、もし宅配便とかが来たらどうするんだ。俺が出なきゃいけなくなるじゃないか。」

 これは俺にとってはとてもセンシティブな問題だ。引きこもりは知らない人と話すのは極力避けたい生き物だ。俺たち引きこもりにとって、誰かと顔を合わす可能性が一番あるのは何かが家に届くときで、それを回避できるかどうかで精神の平穏を保つことができるかがかかっている。もし、顔を合わせてしまい上手くやり取りが出来なかった日には、一日中そのことに苛まれ、ただただ惰眠を貪るだけの一日に……、あれ?でもそれっていつもと大して変わらないのでは?内心が違うだけで、行動は同じなのかもしれない。……これは今まで気が付かなかったな。大発見である。これを以後の引きこもりの生態についての考察に役立てよう。

 と、益体のないことを考えていると、小娘の目が徐々に細くなっていた。

「いや、それは鍵関係なく出ましょうよ……。」

 それはごもっともである。

「……まあ、それは善処するとして、いつまで引きこもりを続けるかっていうのは……そうだな……、飽きるまでかな。」

 俺はあまり真剣に考えることなく、適当に頭に浮かんだ返答をそのまま口に出した。

 が、その言葉を聞いた瞬間、この小娘の顔はみるみるうちに怒りの表情に変わっていった。

「ムカっ。あなた、一生そんな適当な言い訳を続けて、ゴミ同然の生活を送るつもりですか!」

 ……ゴミみたいな生活?何で、初対面のよく分からない小娘にそんなこと言われなくちゃいけないんだ。こっちだって、事情というものがあるのに……。

 俺はこの小娘同様、怒りがわき上がってくるのを感じた。

「何で初めて会ったお前にそんな罵倒されなくちゃいけないんだ!お前、何も知らないだろ。」

「知ってますよ。どうして学校に行かなくなったのか、どうして引きこもり生活をしているのかを。」

 この小娘はさも当然のように、俺には理解しがたいことを言い出した。俺のことを知ってる?何で、お前が……。

「どういうことだよ……。」

「対象者の内情を調べるのも仕事の一部ですからね。あなたのお婆さんや伯父さんと事前に話をしてきましたよ。」

 俺はますます混乱状態に陥っていた。俺の知らないところで、俺のことに関する何かが動いていたってことか……?それに対象者って……。

「……俺にも分かるように説明してくれよ。」

「分かりました。では、きちんと話すので、ここに座ってください。」

 小娘は部屋の中央にある卓袱台の方を指さし、俺にその横に座るよう促す。まあ、それは俺も望むところだから良いのだが……。

「あの……、座って話すのは良いんだが、後ろの扉が外れかけてるのは……。」

 俺はそう言いながら、ゆっくりと小娘の背後の方を指さした。そこには、上の蝶番が外れた斜めに傾いたドアがあった。今にも倒れてしまいそうで、とても危ない状況である。

 ……どう考えても普通じゃああはならないよな。いくら思いっ切り開けたとはいえ、あのドアは壊れていたって感じでもなかったのに……。もしかしたら、俺を動揺させるために前から仕組んでいたとか?

 何でそんなことをするかはよく分からないが……。と、俺が頭を回していると、小娘は大きく目を見開き、勢いよく後ろを振り向いた。

「え?あ!?本当ですね!外れかけてます!……まあ、任せてください!このくらいのことは簡単に……。」

 小娘はドアの元まで急いで駆け付け、ガチャガチャッと直し始めた。が、任せてください!と豪語したにも関わらず、一向に元通りになる気配はない。まあ、小娘の背丈的にどう考えても無理だろう。上のほう頑張って覗き込んでるし。

 ……こいつ、最初の雰囲気で出来る感じのやつだと思っていたが、そうでもないのか?

「あ、完全に外れてしまいました……。」

 小娘は頑張って上のほうを直そうとしていたが、それどころかいつの間にか下の蝶番も外してしまっていた。

 呆然とドアを持っている小娘を見て、俺には一つの疑念がよぎった。こいつはドジっ子かもしれない……と。

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