第22話 確かな手応え
「では、始めてみましょうか」
「すごい……」
「これが藤村さんの……」
「力の入れ具合まで分かるんですね」
藤村さんが、一番若い職人の
「やってみるか」
「は、はい!」
田仲さん VR ゴーグルを身につけ、手袋型のコントローラーを身につける。彼は入社二年目。技術の習得に苦心していると聞いていた。
「まずは流れる映像に従って手を動かしてください」
山成嘉が声をかけ、田仲さんの VR ゴーグルに映像を流し始める。合わせて大型ディスプレイには藤村さんのガイドとそれに重なるように田仲さんの操作状況を表示している。映像では、藤村さんの手の動きが様々な角度から表示される。力の加減が色で示され、呼吸のリズムまでもが可視化されていた。
大型ディスプレイの映像に合わせ、藤村さんが解説をする。田仲さんは、VR ゴーグルの映像とともに流れる音声を聞きつつ、操作していく。
「ここでの力の抜き方が重要なんだ」
藤村さんの説明に合わせ、大型ディスプレイの表示箇所をズームアップする。
「じゃあ、実際の部材で試してみよう」
藤村さんの言葉に、田仲さんがおそるおそる部材をを手に取る。VR ゴーグルを MR モードにする。手袋型のコントローラーから革手袋にセンサーを取り付けたものに変更してもらった。最初の一回目は、やはりぎこちない動きだった。しかし、システムが即座にフィードバックを提示する。
「わかるか。このタイミングで削るとき、少しずつずらすようにするんだ」
藤村さんのガイドと重なって表示される田仲さんの映像が表示されている中で、藤村さんが指摘した箇所を示す。
「もう一度」
二回目。三回目。徐々に、田仲の動きが変わっていく。
「これは……」
見ていた職人たちの間で、さざ波のようにつぶやきが広がった。
一時間後。
「藤村さん、こちらでいかがでしょうか」
田仲さんが、自分が研磨した部品を差し出す。藤村さんはそれを受け取り、熟練の目で検査する。
長い沈黙。
そして。
「よくやった」
その言葉に、田仲の目が潤んだ。
「これなら、誤差率の幅が広いお客様にはお出ししてもいいだろう。代替わりとまではいえないが、これは間違いなく河羽田製作所の製品と言っていい」
工房に、温かな空気が満ちる。
「
藤村さんが私に向き直った。
「これは、確かな技術です。我々が伝えきれなかった感覚を、きちんと若手に伝える大事な仕事をしてくれました」
その言葉には、重みがあった。
「ありがとうございます」
僕が頭を下げる。そのとき、スマートフォンが震えた。
「九ヶ上、プレゼン資料の最終版ができた。それと……」
一瞬の間。
「
僕は思わず息を呑んだ。明日の理事会を前に、会長からの呼び出しとは。
「何時だ?」
「今日の夕方四時」
時計を見る。まだ十分な時間はある。僕は了承の旨を答えるように頼むと、通話を切った。
「山成嘉」
「おう」
「このテストの様子のデータは取れてるか?」
「もちろん。田仲さんが実施してくださったセンサーからの上達曲線も、完璧に記録できている」
「では、それも含めて資料を……」
その時、再び僕のスマートフォンが震えた。
「はい、九ヶ上です」
「突然のお電話、申し訳ありません。空泉 亜里沙です。他の理事の方々への事前説明が終わりましたので、その報告を」
その声には、疲れと共に、確かな手応えが窺えた。
「お疲れ様でした」
「ええ。特に、海外展開の可能性については、皆さん強い関心を」
話している最中も、若手職人たちはシステムを使った練習を続けている。後ろで聞こえる音について聞かれたので、河羽田製作所さんでの技術継承テスト中であることをお伝えする。
「それが、私たちの目指す未来なんですね。この目で見ることができないのが残念です」
「また河羽田製作所さんへお伺いする機会がありましたら、お知らせください。僕たちも同席させていただきますよ」
空泉さんとの通話を切ると、工房の窓から、秋の澄んだ光が差し込んでいることに気づく。若手職人たちの真剣な眼差し、藤村さんの温かな指導、そして最新のデジタル技術。それらが不思議な調和を保ちながら、確かな未来への一歩を刻んでいた。
明日の理事会に向けて、最後の、そして最も重要な準備が始まろうとしていた。
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