第20話 活路を見出す
会議室のホワイトボードには、乱雑な文字と図が描き込まれていた。夜の九時を回り、僕たちは解決策を見出すための議論を続けていた。
「今時点の大きな課題はこの3点だな」
1.
2. 大洋システムほか、複数社からの契約見直し依頼
3.
の3点が書かれていた。
淹れたてのコーヒーを手に、
「どれも
その言葉に、僕は頷く。
「ああ。いずれにしても本質的な問題は、僕たちの価値を正しく伝えきれていないことだよ。僕たち TechFlow が提供している SmartBizFlow の効果を理解してもらえていない。さらには、僕たちの担当者が社内で出世や昇進していってもらうための価値が提供しきれてないっていう問題もある。僕たちと付き合いを続けていくと出世できるってなれば、僕たちを切りづらくなるからね。そうしたら、黄巳商事っていう大企業の圧力があったとしても、会社としての判断が下る前に、僕たちに情報が流れてきてもおかしくなかったんだから」
僕は深く息をはくと、紙コップに入ったコーヒーを一気に飲み干す。
「とはいえ、僕自身、これまでの打ち合わせや展示会での反応を見て、価値を提供できていると思い込んでしまっていた。だけど、そうじゃなかったっていうことが、今回の事象で明らかになった。となると、僕たちが取り組むことはただ一つ。僕たちの利用価値を理解してもらいつつ、担当者が社内で出世や昇進できるだけの成果を出すこと」
その言葉に、武良守と山成嘉はそろって身を乗り出した。
「展示会で提示した技術やプロトタイプは、確かな手応えがあった。込み入った技術的な質問や、効果測定について事細かに聞いてきた人もいたくらいだ。"癖"を含めたベテラン職人の模倣というのは、技術継承の難しい業種業界ほど求めている技術だと思う。これを深めるんだな?」
山成嘉の言葉に、僕は頷きを返す。
「ああ。スキャンと解析の精度を上げることで、呼吸の間や微細な力加減まで分析できる。完全な模倣を実現するためのガイドを作ってほしい。そこまでできれば、製造関係だけでなく、芸術関係にも転用しやすくなるはずだ」
「わかった。任せてくれ」
そう言うや否や、彼はノートPCの画面にかぶりつくようにキーボードを叩き始めた。
「目処が立ったら教えてほしい」
次の瞬間、僕のスマートフォンが通知音を出す。視線を向けると、山成嘉からのチャットがあり、次のように記載されていた。
『OK。今日中には報告する』
山成嘉は作業に集中するとほとんど発言しなくなる。証跡を残すという意味ではありがたいし、口頭での会話に近い速度感でタイピングすることができるのだが、初めてのときは違和感しかなかった。こちらの声に対し、ほぼノータイムでチャットが返ってくるのだから。
頼れる友人に技術面を任せ、僕はもう一人の頼れる友人に依頼をする。
「武良守は、僕ら TechFlow と SmartBizFlow の強みと弱み、技術継承に関わる機会と脅威を洗い出して分析してほしい。いわゆる SWOT 分析に近いものだ。これは、河羽田製作所さんをはじめとする SmartBizFlow の導入契約を保留にしている企業向けだ」
「わかった。以前、それに近い資料を営業チームで作っているから、現在の状況を調べて更新する」
「それから、大洋システムなど運用保守契約の見直しを打診してきている企業ごとに、運用保守の金額と実質工数、うちが運用保守をやめた場合のメリット、デメリット、影響範囲をまとめてほしい。特に大洋システムに関してはスクラッチで先方の基幹システムを作っている分、システム切り替えにかかる工数は実績ベースで出して差しあげるんだ。言っちゃ悪いが、黄巳商事の圧力を脅威に感じすぎて、日頃のランニングコストを軽視している気がする」
「それな。黄巳商事に睨まれたら取引関連で割を食うのもわかるし、日頃の運用保守にかかる金額を軽視するのもわかる。とはいえ、人が使う以上、予期せぬトラブルはいつでも発生するからな。こっちは過去の営業資料と、毎月のシステム運用保守のレポートから抜粋してまとめるわ。たぶん、訪問の時間も踏まえると、一週間以内には全部できると思う。念のため、営業チーム内で確認してから正式回答とさせてくれ」
そういうと、もう一人の頼れる友人は会議室を出ていった。
僕も会議室を出ようとしたとき、会議室の内線電話が鳴った。会議室の予約時間を間違えたのかと思って出ると、WeWork レンタルオフィスの受付。僕宛に来客とのこと。来客の名前を聞き、僕はその方を会議室に案内してもらうようお願いをした。
「失礼します」
来客とは、空泉さんだった。理事会に向けて忙しい中、わざわざ足を運んでくれたようだ。
「早速ですが、今度の理事会のことで、新しい情報が」
彼女は着席しながら、バッグから資料を取り出した。
「空泉グループの海外戦略に関する資料です。財団側に打診があったのですが、来年度から伝統工芸品を含む芸術作品の輸出強化を計画しているそうです。これは、文化芸術財団が主催する展示会や協賛イベントへの来場者増加、またそこでの売買契約の状況を踏まえ、グループを挙げてのグローバル展開に芸術作品を含めることの効果が認められたことになります」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
空泉さんの言葉が切れたタイミングを狙い、僕は彼女の言葉を止める。そして、静かに立ち上がると、会議室のドアを開けて周囲を確認。誰もいないことを確かめてから、改めて会議室のドアを閉める。
「お待たせしました。その情報は、黄巳商事に伝わっているのでしょうか」
「黄巳商事はもちろん、真治さんにも知らされていません。とはいっても、空泉グループが輸出強化すること自体は、今日の夜のニュースで流れる予定です」
「なるほど。黄巳商事を出し抜くには絶好のタイミングというわけですね。となると、多言語対応や、国際規格への対応が必要になります。あとは、製造された製品保証のためブロックチェーンで製品規格の改ざん防止があると安心ですね」
僕は閉じていたノートPCを開くと、社内チャットアプリを起動。山成嘉たち開発チームのチャンネルを開く。
『SmartBizFlow の追加機能を検討してほしい。
・グローバル展開に向けた多言語対応
・JIS 規格だけでなく、ISO 規格、IEO 規格の対応
・ブロックチェーンによる製品規格の改ざん防止
実施可否と、可能な場合は工数や懸念点をまとめてもらえると助かる』
書き込んで数秒後、山成嘉から OK のスタンプが返信された。
「技術チームのほうで、グローバル展開のための機能を組み込めるかを確認してもらっています。結果が出次第、ご報告させていただきますね」
僕はノート PC を閉じる。
「以前、彼らが言っていた黄巳商事が保有しているという技術継承のサービスの情報が見つかっていません。ニュースリリースを見ていますが、それらしい情報は一切出てきていません。ですが、どのようなサービスであれ、芸術関係への転用やグローバル対応はまだ実現していないと思われます。その点では、僕たちのほうが空泉グループの戦略につながる提案をすることができるようになります」
空泉さんの瞳が、かすかに輝きを増す。
「文化芸術財団の理事会ではありますが、空泉グループに所属する財団です。グループの方針に合っているかどうかは、一つの指針になることでしょう」
「理事会前に、少なくとも一度は状況をご報告させていただきます」
「ええ」
彼女は凛と背筋を伸ばし、答えた。
「きっと、祖父にも理解していただけるはず」
窓の外では、東京の夜景が煌々と輝いていた。机上には、コーヒーの香りが漂う。僕たちは、新しい戦いの準備に取り掛かろうとしていた。
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