第18話 歪んだ野望
◇◇◇ 早矢巳 真治視点 ◇◇◇
「あいつらには、俺に逆らった代償を骨の髄まで思い知らせてやる……!」
呟いた言葉には、昨日の展示会での屈辱が滲んでいた。
「まさか……一介のプログラマーごときに絆されたとでも言う気か」
ギリ、とグラスを握る手に力が入る。
「失礼します」
ノックの音とともに、秘書の
「調査結果がまとまりました」
黒いレザーファイルを差し出しながら、亜砂鞍は早矢巳の様子を窺うように言葉を継ぐ。
「TechFlow 社の主要取引先のリストと、各社の与信状況です。また、空泉芸術文化財団の関連データも……」
「遅い」
早矢巳は差し出された黒いレザーファイルをひったくるように受け取ると、ゆっくりとファイルに目を通し始めた。そこには、TechFlow 社の経営基盤を揺るがしかねない情報が並んでいた。
「なるほどな。
薄く笑みを浮かべる。昨日の展示会で、俺の腕を掴んだジジイがいたな。あのクソプログラマーの関係者だったのか。確かに、近くに職人たちが見せていた反応は確かに良好だった。あのジジイどもが河羽田製作所の人間だというのなら、そこを潰せばいいだけだ。
「亜砂鞍」
「はい」
「明日から、ここの企業に対して個別にアプローチをしろ」
「かしこまりました。具体的な……」
「やり方は任せる。ただし」
早矢巳は、窓際に立ち上がった。夜景に映る自分の姿を眺めながら、冷たい声で続ける。
「確実に、あの男の会社を追い詰めろ。特に河羽田製作所との関係は、完全に断ち切れ」
亜砂鞍が小さく頷く。
「それと、空泉財団の理事会メンバーのリストも出せ。亜里沙の立場を、完全に追い込んでやる」
グラスを傾けながら、早矢巳は昨日の朝を思い返していた。あの展示会で、亜里沙ごときに追い返された屈辱。娘の不始末は、親に拭ってもらわないとな。
「空泉会長にも、思い知っていただくとしよう」
その言葉には、底知れぬ執念が込められていた。
「亜砂鞍、もう一つ」
「はい」
「あの弱小会社、ベンチャーキャピタルからの出資は受けていないんだったな」
「ええ。創業メンバーで持ち寄り、資本金にしているようです」
早矢巳の口元が、不敵な笑みを作る。
「ならば、面白いゲームができそうだ。敵の懐に、毒を仕込むとしよう」
夜景に映る自分の姿が、まるで高みから見下ろすように映っていた。
「九ヶ上 賢一」
早矢巳は、グラスを掲げる。
「貴様の夢も、誇りも、全てを握りつぶして見せよう。そして亜里沙」
その声が、さらに冷たさを増す。
「お前は、俺の言うとおりにしていればいいんだ。相応しい場所を、立ち居振る舞いを思い出させてやる」
グラスの氷が、静かな音を立てて溶けていく。その音だけが、早矢巳の歪んだ決意を見つめているかのようだった。
窓の外では、東京の夜景が冷たく輝いていた。それは、これから始まる非情な戦いの予兆のように見えた。
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