第14話 直接対決
曇天の朝が、WeWorkのガラス張りのオフィスに重く垂れ込めていた。
「
「今日の定例ミーティング、キャンセルの連絡だ。理由は社内での検討事項が発生したためらしい。これは、やられたかな?」
突然のキャンセル。理由が理由になっていない曖昧なもの。しかし、この状況下で、その意味するところは明白だった。武良守の言う通り、先手を打たれてしまったのかもしれない。
「藤村さんとは?」
「直接の連絡は取れていない。電話をくれたのは、息子さんのほうだ。その息子さんが言うには」
その時、受付から内線が入った。
「
予約のない来客。しかし、これも想定内だった。
「通してください」
会議室に現れたのは、黄巳商事の2名。営業統括部長の
迎えるこちらは、僕と武良守、
「突然の訪問、失礼いたします」
白伊志さんの声は丁寧だった。しかし、その眼差しには妥協のなさが宿っていた。
「今後について、ぜひご意見を交換させていただきたく」
表向きはそう。だが、この”意見”が何を意味するかは、二人が纏う空気が物語っていた。
「伺いましょう」
僕の短い返答に、会議室の席についた多火木さんがおもむろに資料を開いた。
「御社の技術力には、以前より大変注目しております。ただ、このような形での……別業種への展開については想定外でした。それも、空泉グループのプロジェクトとは」
言葉を選ぶような間。その後に続いたのは、遠回しながらも明確な提案だった。
展示会プロジェクトからの撤退。その見返りとしての、新規取引の提示。最初は黄巳商事のグループ企業との取引だが、取引実績を積むことで後々は黄巳商事本体との取引を見据えている、と。表面上は魅力的なビジネス案件として装われているが、実質は明白な圧力だ。しかし、経営的に考えれば安定した取引の可能性は魅力的である。
「それから、河羽田製作所とは弊社も長年のお付き合いがございまして」
白伊志さんの言葉が続く。老舗製造業との取引関係。部品調達のネットワーク。資金調達ライン。商社が持つ影響力が、次々と具体例として示される。
武良守は資料に目を落としたまま、山成嘉は腕を組んで黙り込んでいた。社内チャットでは、開発メンバーが黄巳商事の来訪情報を流し、オフィスにいないメンバーから心配のコメントが上がってきている。
「ご検討の時間は十分に差し上げます」
帰り際の白伊志さんの言葉。紳士的な口調の中に、確かな威圧感が込められていた。後日、改めて来訪することを宣言し、白伊志さんと多火木さんは会議室を後にしていった。
静寂が会議室に戻る。
「
武良守が重い口を開いた。
「さっきメールを確認したんだが、河羽田製作所さん以外にも、複数の取引先から連絡が入っている。今後の取引について、再検討したいと」
「技術的な懸念を示された企業もある。PoC、概念実証も済ませて効果測定を済ませているんだが」
山成嘉が補足する。表向きの理由は様々だが、全ては同じ方向を指している。
会議室を出て僕たちが借りているオフィスブースに戻ると、社内チャットで状況を共有された社員たちが不安な表情でこちらを見る。チームの士気。取引先との関係。創業以来、最大の危機が目前に迫っていた。
外では雨が降り始めていた。
しかし––。
「みんな、聞いてくれ」
僕は一度大きく手を叩き、注目を集める。
「空泉芸術文化財団とのプロジェクトには、確かな価値がある。僕たち TechFlow だから、技術に絶対的な自信があるからこそ、ここまでやってこられたんだ」
社員たちの表情が、少しずつ変わっていく。
「商社の影響力は強い。あれだけの大企業が本気を出せば、僕たちみたいな中小企業は吹き飛ばされるだろう。だけど、大企業の圧力に屈してはならないほど重要なものがある。技術の革新性。職人技の可能性。そして、それを信じてくれている人たちとの信頼関係」
僕の言葉に、山成嘉が静かに頷いた。武良守の目が、かすかな光を取り戻している。
「プロジェクトは続行する。必ず道を切り開いてみせる。だから、みんなの力を貸してほしい!」
バッと頭を下げた僕に、社員たちはわっと盛り上がった。声に覇気がある。僕はみんなに感謝した。武良守が営業チームを、山成嘉が開発チームに声をかけ、やることを洗い出していく。
その姿を見ていると、携帯が震えた。画面に表示されたのは、河羽田製作所・藤村の名前。
外の雨は、さらに激しさを増していた。
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