第5話 企画の始動

「となると、こういうことだな」


 山成嘉やまなかがホワイトボードに図を描き加えていく。


「職人の動作データを3Dスキャンで取得して、そこからAIで特徴を抽出する。その"型"をベースに、個人の特徴、いわゆる"癖"とでも言うべきものを分離して……」


 WeWorkの会議室に、朝の光が差し込んでいた。昨日の河羽田かわはた製作所訪問を受けて、早速プロジェクトの検討会議を開いている。


「で、その解析手法が、デジタルアートの分野にも応用できる」


 武良守むらかみが資料に目を通しながら言葉を継ぐ。


「筆の運びとか、画材の扱い方とか。職人技と同じように、そこにも伝えるべき"型"があるわけか」


「ああ」


 僕は頷きながら、昨日の空泉そらいずみ 亜里沙ありさとの会話を思い返していた。伝統と革新。その二つを結びつける可能性が、確かにここにある。


「技術的には可能だと思う。問題点は、柔らかい部材の動きだな。たとえば絵画を描くときの筆先とか。僕たちは今まで製造業向けに《SmartBizFlow》を作ってきた。体の動きに合わせて、製造部品という硬い部材の傾きや状況もガイドとして取り込むようにしている。だけど、アート分野は柔らかいものを操って結果を出力する技法もある。柔らかい筆先の動きをガイドにするには、解析や抽出方法を見直さないとダメだろう」


 山成嘉が真剣な表情で続ける。


「だが、問題点があったとしても、アート分野での応用は面白い。データの可視化の仕方次第で、これまでにない表現方法が見つかるかもしれない」


「それに、営業的にも意味がある」


 武良守が身を乗り出す。


「河羽田製作所での実績があれば、他の製造業にも展開できる。アート分野での成功例があれば、また違った市場も開ける」


 その言葉に、僕は静かに頷いた。確かにビジネスとしての可能性は大きい。しかし、それ以上に感じるのは、この技術が持つ可能性への期待だった。


「具体的な提案内容を詰めていこう」


 山成嘉がキーボードを叩き始める。


「プレゼンの元になる技術資料は12時までには仕上げるよ」


「ありがとう。それをプレゼン資料と組み合わせるのはこっちでやるよ」


 午後の打ち合わせまで、あと数時間。僕たちは細部を詰めていった。


 空泉芸術文化財団。その歴史ある建物に足を踏み入れた時、僕は思わず息を呑んだ。クラシカルな外観に反して、内部は驚くほど現代的だ。ガラスとスチールを基調とした空間に、厳選された芸術作品がさりげなく配置されている。


 応接室に通され、緊張感が高まる。この場所には、日本の芸術界を動かす数々の決断が刻まれているのだろう。


「お待たせいたしました」


 空泉亜里沙が現れた。ネイビーのスーツ姿は、SAで見かけた時とは違う、より凛とした印象を放っている。


「前回は失礼いたしました」


 僕が切り出すと、彼女は穏やかな微笑みを返した。


「いいえ。むしろ、良いタイミングでした」


 プレゼンが始まる。山成嘉が技術面の説明を、武良守がビジネス面での展望を語る。そして僕は、全体のビジョンを示していく。


「私たちは、職人技とアートの共通点に着目し」


 プロジェクターに映し出された図を指しながら、僕は説明を続けた。


「両者に共通する"型"の抽出と、個人の特徴の保持。この二つを、デジタル技術で実現します。つきましては、貴財団の12月の展示である『Contemporary Vision - 伝統と革新の対話』にて、デモ展示をさせていただきたく、ご提案をお持ちいたしました」


 空泉さんの目が、確かな興味を帯びていく。


「面白い視点ですね」


 彼女が資料に目を通しながら言葉を継ぐ。


「実は私も、似たようなことを考えていました。伝統的な技法を残しながら、そこに現代的な解釈を加える」


「具体的な展示方法としては」


 山成嘉が技術的な説明を加える。


「動作の特徴をリアルタイムで可視化し、観客の動きに合わせてインタラクティブに変化する仕組みを考えています」


 空泉さんは熱心に耳を傾けながら、時折鋭い質問を投げかけてくる。その一つ一つに、確かな見識と先見性が感じられた。


「なるほど。大変興味深いご提案です。ただ」


 彼女が少し表情を曇らせる。


「財団内での調整が必要になります。特に、伝統派の理事たちへの説明は慎重に進めなければ」


「はい」


 僕は頷く。


「私たちの《SmartBizFlow》は、伝統を守るためのデジタル技術という位置づけなれればと考えております」


「その考え方、素晴らしいですね」


 空泉さんの表情が明るくなる。


「私も、そういった説明を考えていました」


 話は具体的な進め方へと移っていく。予算、スケジュール、責任範囲。一つ一つの項目で、実現可能性が確認されていった。


「では、基本的な方向性はこれで」


 空泉さんが締めくくる言葉に、確かな手応えを感じた。


「次回は具体的な展示プランについてご相談しましょう」


 空泉さんに見送られて、エレベーターに乗り込む。ドアが閉まったところで、武良守が満足げに言う。


「上手くいきそうだな」


「ああ」


 僕は静かに頷く。単なるビジネスの成功以上の何かを、確かに感じていた。


「空泉さん、ただの理事じゃないな」


 山成嘉が続ける。


「あの技術的な理解の深さ。きっと、財団の未来を本気で考えているんだろう」


 その言葉に、思わず頷いていた。彼女の中にある、伝統を守りながら革新を求める強い意志。それは、僕たちが目指すものと、確かに重なっている。


 秋の陽が、財団のガラス張りのロビーに差し込んでいた。古い建物に現代的な光が射すように、伝統と革新が交わる瞬間を、僕たちは確かに感じていた。

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