第2話「白昼夢」


モニターの前に佇み、ボーッと移ろゆく文字の羅列を眺める。

終わったという実感、終わってしまったという実感、最期の感触、正解だったのかと気にする私。

切り捨てたはずのものが私の中を通う。


「さようなら、先生」


動かない彼の頬を撫でた。

温もりなんて無いはずなのに、どうしてか暖かった。

溶けかかった脚を引きずるように動かし、その場を後にする。


一度だけ振り返った。

前みたいにそこに座る先生が呼んだ気がしたから。


「何してんだ…私…」


ここに来る時は気づかなかった。

こんなに暗かったんだ。

重い鉄の扉を開け、決別の意を込めて向こう側へと踏み出した。

それでも後ろ髪が引かれてる気がしてならない。


「よくやったさ、お前は。頑張ったよ」


傍から手が伸びる。

それだけ言って私の肩を寄せ、同じ歩幅で歩く。

私ともう一人の足音が響くだけで、それ以外はもう聴こえない。

ほんの息遣いすら。


長いこと歩いた気がする。

そんなに広くは無いはずだけど、それでも長く歩いた。

遠回りしたつもりも無い。

ただ、本当に歩いていただけ。


「ねぇ、ドウマ。私、唯一あのバカに教わった事があるんだ」

「…なんだ」

「人として、つまらない冗談だけは言うな。って」

「よく言うよね、あんな大掛かりな冗談やっといて」

「それもそうだな」

「ほんと…どうかしてるよ」

「最後なんてさ………」


気づけば私は走り出していた。

小さかった歩幅は次第に大きくなり、もう足は完全に溶けきった。

開いた扉を通って、外へ出る。

外は眩しくて眩しくて、とても私には重かった。

だから転んでしまった。

泥にまみれて、傷にまみれながら立ち上がる。


息を大きく吸い込んで。


「先生の!…ばーーーーーか!!!」


云ってやった。

これ以上ない冗談だよ。


「あーあ、スッキリした…」


こんなのすぐに見透かされちゃうな。

そう分かってても私は強がることを選ぶ。


「…キョウカ、中まで聞こえたぞ」

「わざとだよ」

「なんだそりゃ」

「いいから、ほら行こっ。みんなが待ってる」

「走るとまた転ぶぞ」

「また立ち上がればいいだけだし」

「はっ、よく言うわ」


空には海燕の群れが飛んでいた。

私も群れの一部になった気がして飛ぶように走る


ふとあの頃言われたことを思い出した。

冗談の話じゃない。

もっと素敵なこと。

先生に言われたようにちゃんとしたご飯食べるし、もっと勉強して荒れ果てた帝都をひっくり返す。

先生が望む私になれなくても、それはそれで運が良いよね。


先生がやった事は正しくはなかったかもしれない。

でも、それが先生の本領。

白昼夢みたいな曖昧さこそが、求めたリベラル。

だからこそ、こう言える。


「回りくどいんだよ、バカ」

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