第3話 で、結局悪役転生なの?
それから何日か体を療養させながら、少しずつこの世界について気持ちをなじませていく。富豪のお坊ちゃまということで恵まれているのは分かるのだが、決して周りから好かれていないと言うのが精神的にきつい。
転生するならもう少しイージーモードが良かったのにと。
往診に来た医者は、何やら俺の体を振れながら魔力の流れを診ているという。そしてすぐに問題ないという診断を下していた。魔力の放出器官も無事に(?)開き、今は自然に余剰分を放出しているという。
ひとまずホッとするが、帰りがけに奴は大変な一言を置いていく。
「ま、一応半年は魔法などを使わせないようにな……」
俺は愕然と医者を見送る。魔法が……。禁止だと?
残念ではあるが……。希望があるとすれば、幼少期に失魔症を発症した子は将来優秀な魔法使いに成る事が多いらしい。すでに父親が高名な魔法使いの先生を探し始めているという話しだ。
少し辛いが期待することとする。
それからもう一つ残念な話がある。
まだ一人で屋敷の外へ出ては行けないということ。確かに六歳の子ならば地球の感覚でも一人で外に出ちゃ駄目というのも分かるが、早く異世界の街を歩いてみたいというのが本心だ。
魔法と異世界ブラ散歩、この両方はお預け状態となる。
……。
ということで、俺は屋敷の中をひたすら探索していたのだが……。どこへ行っても使用人たちは引きつった笑い顔で、困惑……、いや。嫌そうに対応する。
――嫌われてるな。
それは分かるのだが、今まで読んできた小説の悪役転生物の主人公の様に上手く状況を打破していく事がなかなか出来ない。これが現実の厳しさというやつなのか。
理由は簡単だ。空気を読める社会人(コミュ障)である俺としては、なんとなく意味ありげな目でこちらをみる使用人たちと絡むことに苦痛を感じてしまうんだ。
結果的に彼らと距離を取ってしまう。
何のために今までライトノベルを読みまくっていたと言うんだ……。そう思わないでも無いが、これは知識云々でなくハートの問題だ。どうすることも出来ない。
俺からも距離を取れば関係の修復もなかなか進まない。
良い子ムーブを繰り返していけば、いつか対応も良くなってくるだろう。そんな事しか出来ない自分に苛立つ。
……。
……。
と、言う事で。
今の俺は文字の勉強をするという名目で、部屋にこもり、ベッドの上でダラダラと家の書庫にあった蔵書などに目を通す時間が増える。
いや、1日中ほぼほぼ読書タイムだ。
「本もよろしいですが、本ばかり読んでいると目が悪くなってしまいますよ?」
「目? 目なんてもう悪いじゃないか」
定期的に部屋の整理に来てくれるティリーが多分いちばん話しやすい。はじめは少し硬かったが、一週間も経つと大分態度も軟化してくる。
色々聞きたい話も多いが、俺と違ってティリーは仕事をしている立場だ。しかも使用人の中で年齢が一番下ということで、先輩たちに頼まれる仕事も多いようであまり邪魔も出来ない。
「もっと悪くなられたら、眼鏡でも見えなくなってしまいますよ。先生もそう言ってたそうじゃないですか」
――くそっ。魔法禁止を出したあのやぶ医者の事か?
なんてことを思っても、俺は朗らかに微笑む。
「うーん。他にやることもないからね」
「虫を集めたりはしないんですか?」
「う……」
そう来たか。
これは必死に忘れようとしている記憶の一つだ。以前のラドクリフ少年は、外で虫を捕まえたりするのが好きだったようだ。
……ただその虫との遊び方が、少々特徴的というか、サイコパス的というか……。昆虫等に対して酷い、残酷な遊び方を……。分かるだろ?
ということで思い出すとちょっとドン引きなんだ。
それに、元々地球での俺はあまり虫は好きじゃない。あの節だらけの胴体や、不自然に折れ曲がった関節を持つ姿、見るだけで鳥肌が立つ。
部屋の隅には、ひからびた蝶々などが籠に入ってて、そういった物もティリーに処分してもらった。
……ん?
そう言えば、ラドクリフの相手をしてくれた記憶の女性が全く登場してこない。俺が今療養中だから屋敷に来ないだけで、元気になったと知ればまたやってくると思っていたのだが。
「ローザはどうした? 最近顔を見せないんだけど」
「え? ローザ様は……」
俺の問に、ティリーが口ごもる。
そのローザとは、俺に文字を教えてくれたりしていた家庭教師だ。今考えると仕事としてだったのだとは思うのだが、小さな頃から俺の遊び相手もしてくれていた。
「……何かあったのか?」
「その、お坊ちゃまの失魔症の責任を取ってお辞めになられました……」
「……は?」
ローザが? 俺は転生前の記憶を必死にたどる。
ローザとの最後の思い出はこうだ。
◇◇◇
ベッドの上でだるそうに寝ている俺の横でローザが囁く。
「ラド。ゆっくりと。そう。ここからそっと体の熱い塊を押し出すように……」
そうつぶやきながら俺の臍の下あたりをそっと撫でる。
「なんか、熱いよ、ローザ」
「魔力ですよ。少しばかり体にたまりすぎたのです。もうラドならそれを外に出せますよ」
「わかんないよ」
「ほら。目を閉じて、体にじっと耳を澄まして……」
「あ……。なんか、熱いのが集まってきてる」
「そうです。ゆっくりで良いですからね。それをおヘソから外に出す感じで……」
「うん、こうだね? ……あれ? なんか……」
「いけない! ラド! 止めて。意識を散らしてっ」
……。
◇◇◇
そして、そのまま魔力の放出を止められなくなり、俺の意識が飛ぶ。
……うん。ローザは別に間違っていない。
あれから自分の事を調べようと失魔症関連の本もちゃんと読んだ。
この世界では昔から魔力中毒や、失魔症など、幼児期の魔力事故は多い。それゆえに幼児に魔力を排出させるやり方などのノウハウについて書いた子育ての本や医学書などはちゃんと書庫に揃っていた。
俺の読んだ限りだと、ローザの対応は至極普通の対応だ。
「ローザは悪くないよ」
「それは、私にはわからないので……」
「今、ローザはどこにいるの?」
「えっと……。私には」
くっそ。悪くないのに責任を取るなんて。いや。あの両親の事だ、責任を取らされたというのが実情なのだろう。
……自分が地球で社会人として働いていた時の事が頭をよぎり嫌な気分になる。自分は悪くもないのに他人の仕事のミスを押し付けられた時の気分は、控えめに言って最低だし、それを自分の親がやったと成れば、俺自身も責任を感じてしまう。
ローザは、俺の家庭教師として遠くからわざわざ両親が探してきた先生だった。それゆえにもうこの街に居ないのは分かってしまう。
……思い返せば、嫌われていた俺に普通に接してくれたのはローザだけだったかもしれない。
いつか、俺が街の外に出るようになったら、ローザには一度お礼をしたいな。なんてことを思った。
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