第4話 家探索
両親は割と家に居ないことが多い。
父親は何時ものように仕事漬けで、母親はセレブの奥様たちとお茶会や舞踏会などで出歩いている。俺が寝込んだ三日間は流石になるべく家にいるようにしていたらしいのだが、俺が元気になればまた各々の生活に戻っていた。
一日で家族に会うのは夕食時だけ。と言っても二人共家にいることは少ない。
まあ、ラドクリフ少年の心がイビツに育つ環境は十分に整っていたわけだ。
ちなみに俺は次男で、上に年の離れた兄と姉が居る。
その二人は今王都にある王立学院の寄宿舎に入っているためこの家には居ない。俺も十二歳に成れば王都の寄宿学校に行く予定なのだが、この設定もライトノベルじゃありがちであり、作品の特定にはあまり役に立っていなかった。
もしかしたら、普通にオリジナルの異世界転生なのかもしれないと、最近は考えている。
……。
この日も朝から本を読んでいると、掃除に入ってきたティリーが困ったように言ってくる。
「また本ですか?」
「勉強だよ、本も」
「まったく……。子供なんですから外で遊びましょうよ」
「……段々と言い方強くなってない?」
なんだかんだ言って俺の部屋にはティリーしかやってこない。転生後、以前とは違って怒ることも無ければ、わがままも言わない。しかも相手は六歳の子供だ。そうなれば十代の若いティリーが一番早く順応してくれるのもわかる。
俺としてはそれが少し心地よく、なんだかこの世界に馴染んでいる感じがして嬉しい。
ベッドの寝具を変えるからと、俺は無理やりベッドから追い出される。
手早く仕事をしていくティリーを見ながら俺は呟く。
「うーん。たまには庭に行って本を読むか……」
「いや、本じゃなくてっ」
俺のつぶやきにも素早くツッコミを入れるティリーに瞠目する。俺の表情に流石にまずいと思ったのだろう、慌てて頭を下げてくる。
「あ。申し訳ありません。あの、……うちにお坊ちゃまと同じくらいの妹が居て。……つい」
「全然あやまる事なんて無いから。って、へえ、ティリーに妹が? 知らなかったな」
「……あまり語ることでもないので」
少し言い淀むティリーをみて、深くは追求しない。ただ同い年ってのは少し気になるけどね。俺はティリーの顔を立てて庭に出ることにした。
……。
庭の花々は、割と地球で見るものと同じだ。詳しい訳では無いがバラくらいは分かる。トゲもあるのも一緒。そこら辺でこの世界が日本人による創作の世界じゃないかと言うのが俺の推測なのだが……。
俺がバラ園を彷徨っていると、庭師が作り笑いを浮かべながら話しかけてくる。
「お、お坊ちゃま……。あ、虫ですか?」
「いや。虫はいいかな」
「そう、ですか。……………………えっと?」
これなんだよな。
俺がここに居るだけで迷惑だ感。どうして良いか分からず固まる庭師に俺は笑って手を降って離れていく。
……そう言えばこの奥は行ったことなかったな。
大富豪の大豪邸だ。歩けばかなりの広さの敷地があり。その中を歩いて庭の奥の方へと進む。確かここには馬車を引く馬などが居る厩舎がある。
以前の俺は、その動物の匂いが臭いと近寄ることが無かったので、俺の記憶にもここら辺の情報はない。
……。
厩舎はそれなりに立派な建物だ。厩舎の脇には馬車などが置いてある小屋もある。ちょっとした牧場のようで良い感じだが……。敷地内にこんなのまであるとはな。
王様とか領主でもないのに……。驚きを通り越して呆れるレベルだ。
俺が厩舎の中を覗くと数等の馬が同時にこちらを見た。
「おお。馬だ」
厩舎だから当たり前なのだが、ちゃんと馬が繋がれている。数頭の馬が穏やかな顔で興味深そうに俺のことを見ている。そのうちの一頭が足踏みなどしたりまるで「遊んで」と言わんばかりの表情をしているのに気がつく。
俺は思わずその一頭に近づいていく。
初めて見るけどデカいな。でも……なんか危険じゃ無さそうだ。
そっと俺が手を伸ばすと、馬は顔を下げ俺の手に頬ずりする。そんな姿に俺も少し警戒を緩め鼻筋を撫でる。馬は気持ちよさそうに目を閉じた。
「やべえ。可愛い……」
馬ってこんな可愛いのか。俺は少し夢中になって撫でていると突然後ろから怒鳴り声が飛んできた。
「ちょっと! あんた何やってるのよ!」
「え?」
振り向くと一人の少女が怒った顔でこっちを見ている。手には干草のようなものを抱えて、ここの厩舎で働いているんだと推測できるのだが、年齢は俺と同じくらいか? 某ラップフィルムのCMみたいなオンザ眉毛のおかっぱ頭の子で、まだ働くような年齢には見えない。
「いやっ。この子、すごい人懐っこいなってさ」
俺が馬を撫でながら言うと、なんか癇に障るのかプリプリと頬を膨らませて近づいてくる。
「どいてっ」
「え?」
「どいて!」
女の子の勢いに押され、俺が後ろに下がると、女の子はぐいっと前に出る。そのまま手に持った干草を馬のエサ箱に入れると、馬に近づき馬の顔を抱くように馬に近寄った。
馬は嫌がること無く嬉しそうに目を閉じ、それを受け入れる。女の子もまんざらじゃ無さそうな顔で馬の首筋を軽くぽんぽんとしながら振り向く。
「ね?」
「……はい?」
いや、意味がわからない。なにが「ね?」なんだろうか。
「私のほうが、ディクシーに気に入られてるってこと」
「ディクシー?」
「この子の名前!」
「ああ……」
なるほど、俺がこの馬と親しげにしていたのをみて嫉妬したのか。ふふふ。可愛いじゃないか。
意味がわかれば子供のやることだ。俺も寛大に対応することにする。
「そうだね。へえ、この子ディクシーって言うんだ」
「……なによ、ディクシーの名前も知らないで撫でてたの?」
「ははは……。そう、だね」
俺が笑って答えたときだ、入口からやってきた農夫が顔色を変える。
「ハティ! 駄目だよっ」
「あ! パパ。なんか知らない子が勝手に厩舎に入ってたの!」
少し気弱そうな農夫は俺の顔を見て慌てたように走ってくる。だが、ハティと呼ばれた女の子はそんな事を構いもしない。
「こ、こらっ。知らない子じゃありません! 申し訳ありません。お坊ちゃま。この子はまだお坊ちゃまの顔を知らずに……その、お許しをっ」
農夫は膝をつき、真っ青な顔で許しを請う。大の大人が六歳の子供に命乞いをする、そんな必死な姿に俺は少し引きながら、笑って手を降る。
「ははは。大丈夫だよ。子供の言うことじゃないか」
まあ、俺も子供なんだけどな。
「……え? おぼっちゃま?」
ハティを見れば、目をパチクリさせて俺と父親を見比べていた。
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