#2 甘い崩壊-2

 「それって…つまり」


 僕の言葉を遮るように、ナツリは口を開けた。


 「私は、本当に何も信仰してないんだよ」


 ナツリは不安そうな目でこちらを見つめてくる。ダウターしかいないこの国で、ただ1人魔法が使える恐怖を僕ごときが理解できるはずがないのだ。それでも……


 「僕はナツリを信じる。仮にみんながそれを知ったとしても、ナツリの言う事ならきっと信じてくれる」


 ナツリの家は王家だ。でも、今僕が簡単に王宮に入れているくらいには彼女の両親は優しい。

 もし自分の娘が国の禁忌を犯していたかもしれなかったとしても、何も疑うばかりではないはずだ。


 「ありがとう、レク。少しだけ、元気になった」


 「なら、良かったよ」


 × × ×


 あの日から数週間が経ったが、ナツリの魔法の事はまだ誰にも知られていないようだ。

 休日、いつものように庭園に足を運ぶと、ナツリの姿が見える。


 「レク、おはよ!今夜は満月なんだって!」


 ナツリは僕に気付くと、キラキラした目で近寄ってくる。そういえば、少しだけ最近ナツリとの距離感が近くなった。

 

 「おはよう、満月か……そういえば小さい頃に一緒に見たよね」


 たしか王宮の隣には展望台があり、昔はよく遊びに行っていた記憶がある。

 でもお互い成長するにつれ、少しずつ王宮で遊ぶ機会も減っていた。


 「うん……懐かしいな。ね、今夜何か予定ある?」


 「特にないけど」


 端的にそう答えると、ナツリは何故かさっきまでの勢いがなくなったように静かになった。


 「タイレードさんがいたらなぁ……」


 ナツリは小さくそう呟いた。確かに、近頃タイレードさんを見かけていない。

 騎士の試験が近いから顔を出していないと思っていたが、あの人はそこまで真面目な性格だったか正直疑問である。


 「レク、今夜一緒に満月を見ない?王宮の展望台で」


 「え……?あ、うん。いいの?」


 ナツリはそういう誘いをもうしてくれないと思っていた。から、すごく嬉しかった。


 「うん、もちろん」


 庭園の端から、小さな子供たちがぞろぞろと顔を出す。その子達は一斉にナツリの方へと集まって行く。

 そういえば、ちょうどいつもナツリが読み聞かせをする時間だ。


 「じゃあ、待ってるから」


 子供達の輪に囲まれる前に、ナツリは僕の方へ近づいてそう言う。

 至近距離で揺れる彼女の髪やその少しいつもと違う声色に、少しまた心臓が跳ねた。


 × × ×


 この国の中心の高台に王宮と隣り合わせで設置されている展望台には木製の屋根とベンチがある。

 ベンチに腰掛けている人影を見つけて、僕は少し足を早めた。

 満月に照らされた辺りには、少し肌寒さを感じるほどの風が吹いている。

 

 「レク、ここ」


 ベンチに座っていたナツリは僕の方に振り返り、自分の隣をトントンと叩く。

 気がつくと流れるように僕はそこに座っていた。


 「この展望台が、一番空が綺麗に見えるんだ」


 視線を上げると、そこには満点の星空さえも脇役にするかのように佇む満月があった。

 煌々と光るあれは、まるで夜の太陽だ。


 「こんなに綺麗な月、初めて見た」


 「奇遇だね。私も。私達、昔も同じ月を見てたはずなんだけどね。忘れちゃったのかな?」


 ふと、左半身に暖かさが伝わってくる。肌寒い風がどこか心地良かった。

 街を見下ろすと、ぽつぽつと明かりがついている。きっと同じ月を見上げているのだろう。     

 僕は、この平和が大好きだ。


 × × ×


 「寒いよね?温かい飲み物でも出すよ」


 そう言われ、僕はあの日ナツリから魔法の事を聞いた客間に来ていた。

 そういえば、僕は訊いていなかった。ナツリが言った魔法の件の詳細を。いいや、きっと聞く事を恐れているのだ。

 この平穏が壊れてしまいそうで、怖いんだ。


 「どうしたの?手、震えてるけど」


 洒落たティーカップを手に持ったナツリは、きょとんとした目で僕を見つめてくる。


 「いや、別にどうも———」


 その瞬間、耳を劈くような轟音が国中に轟く。そして次に外から聞こえてきたのは誰かの断末魔だった。


 「!?」


 反射的に窓に駆け寄って街を見下ろす。しかし、そこにあったのは数十分前に見た綺麗な夜景ではなく残虐性の塊のような火の海だった。

 他の国から攻められたのか?いや、この国が近隣の他国に手出しされる可能性は低いはずだ。なぜなら、一番この国が戦争を恐れているから。

 じゃあどうして、誰がこんな事を……


 王宮はこの国の中央に位置している。僕達には360度、逃げ場が残されていなかった。


 ナツリは身体を震わせながら膝から崩れ落ちていた。王宮に何かが乗り込んでくる足音が聞こえる。

 きっと、何者かはナツリと僕を見つけ次第すぐにでも殺すだろう。

 それでも、時間くらい稼げたら彼女だけでも魔法か何かで生き残れるかもしれない。


 客間の扉に手を掛ける。

 思い切って扉を開くとそこには———

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