第2話 始まりの選択

姉さんが死んだ。

まるで蟻を踏み潰すかのようにあっけなく死んだ。

そんな無駄な思考に陥っている隼人だが夜の影狼は待ってはくれない。

期待外れだと眷族である影狼を召喚し自分は影の中へと消えて行った。


「今の俺には遊んでやる価値すらないか」


隼人は自傷気味にそう言った。

影狼たちが餌とばかりにだんだんと近寄ってくる。


「ごめんな姉さん。やっぱり俺は生きることに執着できねえわ」


隼人はもはや変えることはできないと自分の運命を受け入れる。

どうせすぐに消える命。それが少し早まったところで何も変わらない。


「隼人くーーーーん!!!」


刹那、俺の周りを囲んでいた影狼が消えた。

その代わりに見覚えのある美しい白銀の輝きが目に映る。


「真白……」

「よかった!」


真白は俺に駆け寄って体に異常はないか確認する。


「どうしてお前がここに……?」

「偶々テレビの収録で近くに来てたらここの結界が破られたって報告はあって駆け付けたの。それで隼人君は大丈夫、どこか痛くない?」

「ああ……特には…」

「そう…ほんとによかった。それじゃあお姉さんは?ここ、隼人君のお家の近く」

「死んだ」

「え……」


真白の顔が固まる。


「死んだよ。さっき、夜の影狼に踏み潰された」


真白の手が震える。


「じゃ、じゃあ私は……」

「ギリギリな……」

「そ、そんな……」


真白から力が抜けていく。あと一歩足らず、自分の知人が死んで悔いているのだろう。


「お姉さん……ごめんなさい…ごめんなさい!」


真白は俺に抱き着き涙を流す。

真白は泣けるのに俺はまったく涙が出ない。


「真白……」

「隼人君……!」

「真白……」

「隼人君!」

「真白……後ろ」

「え……?」


真白が後ろを振り向くとそこには去ったはずのそのものがいた。


「夜の…影狼!?」


真白はすぐに立ち上がりマキナを起動する。

すると真白の手には白銀の槍が握られていた。

真白は槍を構える。


「隼人君、ここから逃げて。私一人じゃ夜の影狼には勝てな」

「お前が逃げろよ」

「え……」


真白はもう一度固まる。


「な、なに言ってるのよ。隼人君こそ逃げないと」

「俺が生きるよりお前が生きたほうが人類の為だ」

「何言ってるのよ!」


真白は理解できないと叫ぶ。


「命には優先順位がある。お前が死んで俺が生き残るなんて誰が許す。しかもすぐに死ぬ命に。誰もが俺を恨み否定し、あわよくばと殺しに来るさ」

「ほんとに何言ってるのよ……ッ!?」


夜の影狼が真白に襲い掛かる。ただでさえビル三階分の大きさを誇る狼が真白一人の襲い掛かるのだ。

真白はマキナを起動させる。すると影狼と真白の間に分厚い氷の壁が現れた。

夜の影狼は爪で氷をがりがりと削っていく。


「隼人君……早く…逃げてっ!」


真白は汗をダラダラと流しながら懇願するように言った。

だがその考えを俺は理解できなかった。

どうしてそんなに俺を生かそうとするんだ。お前だって知ってるだろ俺の命がもうそんなに長く持たないことを。なのにどうして俺のことを・・・俺はもうこんな苦しくて退屈な世界からいなくなりたいんだ。早く死にたいんだ。


『ほんとにそうなのか?』

「……っ!?」


眼を開けば俺は真っ黒な世界にいた。


「ここは、夜の影狼の…」

『いいや。ここは俺とお前の心だ』

「俺の心?」

『そうだ!ここは俺とお前の心そのものだ!』


謎の男の声愉快にそう告げる。


「お前は誰だ」

『俺か?俺はお前だ』

「俺がお前?」

『そうだ』


男は楽しげに答えた。意味がわからない。そもそもこの男は何者なんだ。


「お前は誰だ」

『また同じ質問かよ。言っただろ俺はお前で、お前は俺だ』


男は呆れながらそう言った。

どうやらこいつには話が通じないみたいだな。

俺は出口を探しに歩き出す。


『おいおい、どこに行くつもりだよ?』

「出口だよ」


俺がそういうと男の笑い声がそこら中に響き渡る。


『おいおいマジかよお前!いつからそんな冗談言えるようになった!』

「俺は至って真面目だ」

『それなら余程な重症だな。言っただろここはお前の心そのもの。出口なんて存在しねえよ』


男は念押しするようにそう言った。


「じゃあどうやったらここから出られるんだ?」

『お前ここから出たいのか?』


男は答えを知っている上で隼人にそう問うた。


「ああ」


隼人は肯定した。


『どうして?』

「早く死ぬた『嘘だな』」


謎の声は俺の言葉を遮って俺の言葉を否定した。

男の声から彼の頬が上がっているのが分かる。


『死にたいなんぞお前は本心じゃ一ミリも思っちゃいない』

「お前に何が分かる」

『分かるさ。俺はお前なんだからな』


声だけで分かる。この男、俺を完全に嘲笑っている。


『それにどうせ死ぬなら面白く死んだ方がよくねえか?』

「面白く死ぬ?」


意味がわからない。俺はそんな性癖は持ち合わせていない。


『そうさ!どうせ消える命なんだろ?ならせめて少しは面白く生きて死のうぜ?』

「無理だな」

『どうしてだ?』

「ここが俺の心なら今現実には夜の影狼がいる。あいつがいる限り。俺の死は確定事項だ」


ここが俺の心であっても現実世界の時間は止まったりはしない。今の確実に夜の影狼が真白の氷を削って迫ってきている。それを変えられない限り俺の死は免れない。


『ならここから生き残る力がありゃいいんじゃねぇか?』

「そんな簡単に力なんて手に入るわけないだろ」

『手に入るぞ?』

「は?」


何を言ってるんだと言う感じで男は軽く言った。

その時、暗い闇の中に一つの焔が現れた。


『そいつを握ればお前は今ここから生き延びることができる。お前の大事な大事な幼馴染も助けられるぞ?ただし代償はいるがな?』

「代償?」


やはりと言うべきかそんなに甘い話はなかった。


『そうさ。まあ言うなれば選択を間違えれば、退屈と言う地獄を永遠を過ごすことになる。それでもお前はその焔を手に入れるか?』


ここにきて脅しか。俺に取らせたいのか取らせたくないのかどっちなんだよ。

俺は焔の前に立つ。よく見るとほんとに綺麗な炎だ。それにどこか胸が暖かくなる。

俺は俺の勘を信じることにした。

意を決して焔に手を伸ばす。


『いいのか?もう戻れなくなるぞ?』


最後の忠告と男は覚悟を問う。


「いいさ。お前の言うことにも一理あるしな。それに真白は関係ないからな。死なせる訳にはいかない」


焔に触れる。

隼人が焔を手に取ると闇に一瞬赤い光が満ちる。

だがその光はすぐに消えた。そしてそこにいたはずの隼人が消えていた。


『ははは!それでこそお前だ!どうか俺をもっと楽しませてくれよ!お前が俺を受け入れた時、お前は一体どんな顔をするか楽しみだ』


深い闇の中、ただ薄汚い笑い声だけが響くのだった。



***


「隼人君!隼人君どうしたの!?早く逃げてよ!」


真白は隼人が微動だにしなくなってからも持てる全てのリソースを注いで氷を生成、再生し続けた。

しかし夜の影狼はその氷をガンガンと砕いていく。

真白の生成でも追いつかない速度だ。

これでは氷が完全に砕かれるのも時間の問題だ。


『真白さん。真白さん!聞こえますか!?』


真白の耳元に付いているデバイスから通信が入る。


「み、美濃部君・・・」

『よかった。真白さん、今すぐそこから撤退して下さい。あなたのすぐ近くに夜の影狼が』

「も、もう交戦中・・・・・・」

『なんですって!?』


声を絞り出して報告する真白。

真白の報告を聞いて美濃部は驚きと同時に遅かったと後悔した。


『今そちらに美春を応援に行かせています。夜の影狼を一瞬足止めしてください。その隙に後退すれば美春と合流できるはずです。あなた一人ならその程度』

「ご、ごめん……救護人がいます…」

『そんな!?嘘ですよね!?』

「ほんと」

『クッ…!美春が到着するまで耐えることは…!』

「き、厳しい」


真白と美濃部がデバイスで連絡している間にもう爪がすぐそこに来ている。


(隼人君……早く逃げて…!)


「隼人君!いいから早く逃げて!」

「今回はそうさせてもらう」


隼人は真白を抱き寄せる。


「は、隼人君……」


真白は急に隼人君が自分を寄せて来たことに驚きながらも頬を赤らめる。


「犬っころ、悪いが遊びは一旦終いだ」


隼人が手を前に出すと、隼人の手の上には小さな炎ができた。


「隼人君…それは……」


隼人が炎を出したことにも驚いたが彼の顔を見ると真白は少し昔の隼人を思い出した。


「次は他の奴に遊んでもらえ。……陽炎」


隼人が炎を潰した瞬間潰した炎から大きな炎が二人を包む。それと同時に夜の影狼が氷を砕き二人を包んだ炎に噛みつく。

しかしそこで炎は消えても、そこには二人はいなかった。

夜の影狼は近くにいないかと臭いを調べるが動かない。それは二人はこの近くにいないということだ。

夜の影狼はそれに怒りを示さず牙を見せ笑みを見せて影の中に消えていった。

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