狂獣の華
鳳隼人
第1話 始まりの襲来
地球とは自由の証か?美しい青色の惑星は我々人類の自由の証なのか?
否だ。この地球と言う惑星は神々が我々人類に課した牢獄、生まれること、誕生してしまったことにより課された罪を背負う罪人の牢獄なのだ。
そしてその牢獄は今新たなる罰が下されたのだ。
しかし人類とは愚かな生き物なのだ。
己の背負った罪を知ることなく抗い続ける。刑罰に抗うことを決めた。
これが神々からの罰とも知らないで。
かつて日が昇る国と呼ばれ、この世界で最も長い歴史を誇る国。四方を海に囲まれた自然の要塞。その自然はこの国に住むものに恵と護りを与えてくださった。しかし今はその面影もない。その自然は我々を守るものではない。他との関わりを断つ自然の監獄だ。
焦土となり炎が支配する荒野、雪と強風が支配する極寒の雪原、雷と荒波で全てを飲み込む大海。
それが今の日ノ本なのだ。
「
床の下から姉さんの声が部屋に響く。朝から喉が壊れないか心配になるほどの声量。
その聞きなれた声に少しイラつきを覚えながら俺は目を覚ました。
寝ぼけた意識のまま服を脱ぎ制服に着替える。
そして階段を降り、姉さんのいるリビングに向かう。
リビングに着くとテーブルの上に見慣れた朝食が置いてあった。
内容は焼き魚に白米、卵焼きに味噌汁。
「姉さん、俺朝そんな食えねえからこんなにいらねえって言ってるだろ」
寝起きは腹が空かない、身体が十分に覚醒してないのに一気にこんなに食えるかよ。
「あなたいつも節制とか言ってお昼ご飯買わないでしょ?朝ご飯ぐらいしっかり食べていきなさい」
「……わーったよ」
渋々と席に座り遅い口を動かし朝食を食べる。
いつもと変わらない日常。
ただ守られるだけの一般市民である俺たち家族には当たり前の日常。変化もなく特徴もないただの日常。
何気なくテレビを見るとそこには見知った顔がいた。
『それでは今回特別ゲストとして歌姫、
『本日はよろしくお願いいたします』
礼儀正しくお辞儀をする名前の通り白銀の美しい髪を持ち現代の服と着物の要素を組み合わせた組着を着た美少女、白銀真白。
「あら真白ちゃんじゃない」
姉さんがテレビに映る真白を見ると少し興奮した様子で彼女の名前を呼ぶ。
もうこの光景も飽き飽きだ。
「ごちそうさん」
「あらもういいの?テレビに真白ちゃんが映ってるけど」
「いい。もう学校行くから」
俺は姉さんを無視して一度部屋に戻りすぐに鞄を持って逃げるように家を出た。
何の変哲もない道路、陰陽術による結界によって世界が壊れてからも今なお続く普通。
それを見上げれば青い空に見えるうっすらと見える透明な膜。
狂獣から都市を守るための結界だ。
隼人はただただ一人で歩き続け学校に向かう。
学校に近づくにつれて学生の数も増え学生たちのなんの変哲もない無駄話が彼の耳を通って行くか彼はそんなの気にせずいつものように自分の席について授業が始まるの待つ。
退屈だ。実に退屈だ。何もない。
変わることのない日常。与えられた時間を与えられたタスクをこなすだけの日常。今のこの世界に自由などない。それぞれが各々に与えられた役割をこなすだけ。生産する者は人類の食を、戦う者は人類の生存を、それらを繋げる者は人類に安定を。
みんなそんな役割を疑うことなくこなす。まるで自分で選んだと錯覚して。
それが決められたものだと知らず、そのまま死ぬのだ。
それが百年後、十年後、一年後、それとももしかして今かもしれない。
校内に甲高い警報音が鳴り響き、赤い警光灯が校内を照らす。
これは狂獣襲来の避難警報だ。
教室で授業をしていた生徒たちは狂獣が来たと不安で一杯になる。
「みなさん落ち着てください!こういう時にこそ冷静になるのです!訓練通り体育館に避難します!」
授業をしていた先生が冷静に生徒たちに指示をだす。
生徒たちは我先にと教室を出て体育館に向かう。
こいつらは何を急いでいるんだ。どうせ体育館程度の建物狂獣が襲ってきたらひとたまりもない。
隼人は呆れる。
急いだところで無駄なんだよ。
俺たちは外にいる開拓者に命を託すしかないんだ。
あいつらが俺たちを見捨てたらそれで終わり、間に合わなくても終わり。俺たちがどうこうしたところで何も意味はないんだ。なぜなら力がないんだから。
力が無いものは力が在る者には勝てない。それがこの世に生存する生物すべてに適応する節理。弱肉強食の節理なんだ。
なんとも達観とした思いを抱え同級生の行動の無駄さに呆れる。
「雨宮君急ぎなさい!」
「はいはい」
気が付けば教室には俺しかいなかった。
先生は俺が教室を出るのを確認したら俺のことを気にせず走って体育館に向かった。
だがそれも仕方ないことなんだ。人は自分の命が危機にさらされたらそれを守ろうとするのは至って自然な行為だ。
「どうせ死ぬなら家で死にたいな」
なんとなくだった。どうせ死ぬのが数分早まるだけなら家で死んでも変わらないんじゃないのか。そんな単なる思い付きだった。
俺は体育館に向かうのではなくいつものように歩いて昇降口に向かいいつものように外履きに履き替えて学校を出た。
みんな体育館で怯えているし連絡機能も機能していない今なら誰にも気が付かれず学校を出られる。
俺はそのまま学校を出て家に向かった。
家に向かうほど空が暗くなっていく。
空が夜になっていく。そうか夜の影狼か。
夜の影狼はかつて埼玉と呼ばれていた影の領土の支配狂獣だ。
一歩一歩と家に向かって歩んでいく。
進むにつれて空が暗くなっていく。それはつまり夜の影狼に近づいて行っていると言うことだ。
自分の部屋で誰にも知られずに死ねるのならそれもそれで悪くないかもしれない。誰のトラウマにもならず死ねるのなら誰の迷惑にもならないだろう。
だが目的地について初めて知った。自分の思い描いていたことがどれ程浅はかだったのか。
そこは俺の知る家ではなかった。そこだけ炎で明るかった。火だ。家が燃える火で夜が照らされていたのだ。
だが俺の目を最初に惹いたのは想像もしたくなかった光景だった。
「隼人!どうしてっ……ッ!」
「姉……さん?」
俺の目に映ったのは自分の家の瓦礫で身動きが取れずに俺を見る姉さんの姿だった。
俺は別に死んでもいい。だけどきっと姉さんはまだ生きたいはずだ。ならこの命を失ってでも姉さんを助けられたら悔いは残らない。
俺は急いで姉さんに駆け寄ろうと走りだす。
夜の影狼に見つかる前に姉さんを連れ出さないと思って。
「止まりなさい!!」
しかしそれとは裏腹に姉さんは夜の影狼なんて気にしないと如き大声で俺を止める。
俺は思わず足を止めてしまった。
「あなたはここから逃げないさい!」
「でも……それじゃあ姉さんが」
「あたしの事なんて捨てて行きなさい!」
姉さんは自分を見捨てろと言う。だけど死を望む人間と生きたい人間。どっちが生き残るべきかは考えるまでもない。
「どうせ死ぬ命なんだ。ならせめて姉さんの為に」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
姉さんは鬼のような形相で俺を見る。
その瞬間、夜が深くなった。
「ガルルルル……」
夜が現れた。まるで迎えに来たかのように現れたのだ。この地区を襲った元凶、夜の影狼が姉さんの挟まっている瓦礫の上に現れたのだ。
影狼は俺を見つめる。俺は影狼から目が離せない。まるで何かに縫い付けられたようにその場から動けない。
まだ姉さんには気づいていないのか影狼は俺から目を離さない。
だがそれは違った。影狼は気が付いている。姉さんの存在に。だがあえてまだ殺していないのだ。俺と言うおもちゃをどう遊んでやろうか考えているのだ。
「いい、よく聞きなさい!」
夜の影狼に支配されていた静寂を無視して姉さんが叫ぶ。
姉さん、何やってんだ!?
ここで夜の影狼の怒りを買うような姉さんの行動に思わず目を開く。
そんなことして影狼が許すはずない。
自分の機嫌を損ねた強者がそんなことを……
だが姉さんは口を閉じない。
「歳上が歳下より先に死ぬのは当たり前!それが正しいの!だから!」
影狼は足元のおもちゃがギャーギャー叫んでうるさいと思った。上に前足を上げる。
「あんたは生き延びるのよ」
最後に優しく微笑んだ姉さんは夜の影狼に踏み潰した。
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