episode 3 今日は今日ではない
私のむなしい反省に天使が割り込んでくる。
『どうしたんですか、友紀は電話で何を? 私にも教えてください』
緊張に薄いとはいえコートを着てかっかと汗をかいたぶんよけいに寒く感じ、私は重い身体を両腕で抱いた。死んでいるのに寒い? そうだ、サザンカの葉のぎざぎざに刺された私、寒さも痛みも生きてるからなの?
「私……、何なんだろう。あのね、圭くんが写真に写った私は生きてて、あの家の中からこっちを見てるもう一人の私が、写らなかったから死んでるって言うの」
『何と、私は間違えたことになるんですか』
天使はあいまいな表情で驚く。私は本当に生きているのかもしれない、ならばまた苦しみあふれるこの世を生きなければならないのかと気持ちが行ったり来たり。ふと私は携帯電話を待ち受け画面にしたか確認しようと持ち上げ、表示を見た。
十一月二十五日、あと一ヶ月でクリスマスか――、
あれ?
「今日、二十四日じゃないの?」
『今日は二十五日ですよ!』
天使が驚いて指摘する。たとえ死者を間違えるおっちょこちょいな天使だとしても、最新機器が示している以上正しいだろう。
じゃあまさか、私が自殺したのは昨日……?
そんなばかな。
でもそうだ、圭くんが私のことを「今日も学校休んだから」と言っていた。私は昨日も登校しなかったわけで、しかし私が休んだと記憶しているのは一日だけ。つまり私は、死んだ――と少なくとも自分が認識した――瞬間に丸一日先の十一月二十五日に飛ばされてしまったのだ。何しろ時刻だけなら記憶とほぼ同じなのだから。
そしてこの携帯電話は一緒に飛ばされてきたものの、電波を受信するか何かで現実の世界に日時を合わせたのだと思う。ただ圭くんと通話できており、もし同時にもう一人の私が持っていてもその関係はわからなかった。
「私、一日あとの世界に来ちゃったんだね……」
私がふらふらつぶやくと、天使が赤い花びらを散らして垣根を越え、庭に飛び込んだ。
「天使さん?」
『私はあっちの友紀を連れてかなきゃいけないんですよね?』
「ちょっと待って!」
できるのは声を投げるだけで、人間の私はすぐには居間に向かえない。急いで外を回り、門をぎぎいと開いて玄関へ。走りながらああ確かにと考える。圭くんの考えだけでなく私が昨日から飛んできたのだとしたら、天使が連れていくべき今日の友紀は居間にいるあちらの私に違いなかった。
残るこちらの私は、どうして一日飛んでしまったかはわからないが、いずれ元の時の流れに戻って今度こそ死ぬのではないだろうか。
『ごめんなさい友紀!』
わっ! 庭にいたはずの天使が横から私の肩をがっとつかみ、心臓がどかんと驚いた。
『居間の窓が開かなくって』
「ああもう……」
家の中にはあの霊しかいないから鍵がかかっているのは当然、でも天使がガラスをすり抜けられないとは思わなかった――いや待て、〝心臓がどかん〟って。私は身長に栄養を取られた胸に手を当て、どくんどくんという自分の鼓動に今ごろ気がついた。寒さと痛みが証拠、汗もそうだ。体温だって感じられる。
私はまだ死んでない、熱と力を持って生きているのだ。
そう心でかみしめつつ玄関の鍵を開け、やや暖かく感じる家に入って「でも私が生きてるなら、私の霊はどうして私を無視するんだろう」と言ってみる。
『うーん、見えてるんだろうけど、生きている人間には関わりたくないか、自分の顔だから死体だと思ってるんでしょう。それとも早くあの世に行きたいのか』
天使は私を追い越しながら答えた。霊に関わりたくないとか死体だとか言われたくないけど、間違ってはいないように感じる。
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