episode 2 真剣なのに怒られた

「あの、ねえ、だったら、ばかにしないで聞いてもらえる?」

 私はこうなったらと開き直り、家の中で生きているであろうもう一人の私に目をやった。圭くんは「それはかまわないけど」と優しく言ってくれるものの、あまり深刻な話は聞きたくないに違いない。それでも私は助けを必要としており、ここでかかってきたのも何かの縁と彼に頼ってみたくなった。

「実は、私がもう一人いて困ってるんだ」

 一応声を抑えて打ち明けながら彼に笑われないかと身震いする。自分は死んで天使までやってきたのだからこの世に何が残ろうとかまわないはずだが、私はばかにされるのが怖くてしかたがなかったのだ。

「――言ってる意味、よくわからないけど、おまえ双子じゃないよな」

「うん、一人っ子だもん。実は私、もう死んじゃっててその……」

「はっ?」

 私は困惑する圭くんの問いに答え、彼にとって一番とんでもない事実を口にしてしまう。そして同時に家の中の私が変化した。大きな掃き出し窓からこちらを見て目を丸くし、手を振ってくる。

『友紀、あっちの友紀が私の手に反応しましたっ』

 うれしがる天使も左手を振っており、どうやらそれに反応したようだ。圭くんは電話の向こうで仰天したまま沈黙、垣根の向こうでは私よりわずかに左を見ている偽物。とっさに天使の腕を下ろさせた私は、今度は自分が手を挙げてみる。

『どうしたんですか、友紀』

 私は携帯電話を顔から離し、天使に「私じゃだめみたい」と落胆の声をあげる。そっくりさんは天使をまねして手を下ろしており、私が死の憂鬱ゆううつに逆らって寒いなかえいっと跳ねても無視、私の動きには反応しないらしい。私が死んだからだろうか。

 そこに圭くんが戻ってくる。

「あのさ――、友紀ってときどきとっぴょうしもないこと言うけど、じゃあ電話を切って、写真に撮ってみなよ」

「それで、写ったら本物の人間って?」

「とりあえずはそういうことだな。考えるのはそれからだ」

 私は彼がどこまで信じてくれたかわからないけれど、その助言は正しいと思えた。心霊写真だったら? 考えるのはそれから。ちなみに隣でしゃべっている天使の声は彼に聞こえないようだ。天使は本物か。

 私は圭くんに一言断ってから電話を切るべきだったが、何も言わずに先に進む。恐る恐るカメラを起動して前に向け、ごくりとつばを飲み込んだ。

 ああ……、これは、

 答えはすぐに出た。家の中の生きているであろう私を撮ろうとしてもまずディスプレイに映らないし、シャッターを切ってももちろん撮った写真に写るはずもなく。彼女は生きている普通の人間ではなかった。

 次。私は続けて自分と、それからまだ圭くんには教えていない天使を同じように撮る。すると死んだはずの私が映って写り、ただでさえ透き通った天使は映らないし写らなかった。横から私の端末をのぞき込んでその天使が言う。

『私は天使だから写せませんよ?』

「うん、わかってる」

 問題は二人の友紀だ――。

「待たせてごめん、圭くん。撮ってみたんだけど、それから実はもうあの世からここに天使さんが迎えにきてるんだけど、もう一人の私と天使さんは写らなくて、この私だけは写っちゃったんだ」

 今度は私からの電話で事情を聞かされた圭くんは、私のさらに絞った声も聴きとって真剣に答えてくれた。

「ええとあのな、写真うんぬんの前におまえは電話を使えてるんだし、たぶん生きてるよ。だから写真にも写った。今はその、俺は信じきれてないけど、天使は天使でもう一人の友紀のほうが霊だ。おまえは特別な力か何かがあって天使や霊が見えてるだけだと思う」

「ええ……、でも」

 私は確かに死を選択したのだ。

「問題は友紀そっくりな霊がいることと、天使がそこにやってきたことだろ。そうだなあ――、じゃあ霊は天使が連れてくはずの死者で、そっくりだから天使が間違えただけかも」

「じゃあ、私そっくりな霊は誰なの?」

 考えながら話す圭くんに食い下がる私。

「それはうー……ん、何だろ、ドッペルゲンガー?」

「ドッペルゲンガーって見たら死ぬやつじゃん」

 その説は何度も聞いたから間違いない、間違いないけど抵抗する理由がおかしくなっている。私は自ら死を選んだくせに死にたくないのか。

「だから向こうが死んだんだろ。おまえがうそついてなきゃ、天使が連れてく相手を間違えただけだ」

 圭くんはさすがに怒っている。反論する私は「死んだ私が写った心霊写真かも!」と声を抑えられず、空いた左手でとっさに口をふさいだ。

「それでもう一人は生きてるのに写らないってか? 生きてる人が丸々消える心霊写真なんかあるかなあ、じゃあ二人の友紀が両方とも死んでるのか。いいかげんにしろ!」

「あっ、ちょっと。ねえっ」

 彼に怒りに任せて電話を切られてしまった。失敗した、大失敗。せっかく真剣に考えてくれてたのに、私の話の進め方が悪かった。それとも彼は最初から遊んでいたのか――。

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