ドッペルゲンガーじゃない
海来 宙
episode 1 自殺した私が二人いる
冬が迫る十一月二十四日の昼下がり、私は誰?
私は学校を休んで死にたてほやほやの中学三年生、
じゃあパジャマのあの子は誰なわけ?
背が高い私は、赤い花を咲かせたサザンカの垣根越しに自宅の居間をのぞき込んだ。天使がガラスの向こうの〝私〟を見て『友紀そっくり!』と中性的な驚きの声をあげる。
「だよ、ねえ……痛っ」
垣根に近づきすぎてセーラー服の手首を葉のぎざぎざに引っかかれた。自宅の木では文句も言えず、よけい鋭く感じる。しかも垣根と関係ない傷や痛み、お父さんにたたかれたことまで思い出して嫌になった。
『どっちが本物の友紀でしょう』
透明感のある小柄な天使が首をかしげる、もちろん私のほうだと信じてほしい。死んでいる私は天使に偽物扱いされてあの世に連れていってもらえなかったら、行き場のないこの世で路頭に迷うことになる。どうせ死にたくて死んだのだから、この世に未練なんかないのだ。
そういえば、死の瞬間をまったく覚えていないのは不思議。私は居間の裏にある階段でまだ使えるであろう十五歳の命をぶら下げたのだが、はっと気がついたら痛みもなくその瞬間の記憶も得られず家の前にたたずんでいた。そして驚き震えているところに、空からこの白い布を羽織った天使が現れたのである。
いや、薄暗い家の中に自分そっくりな少女の姿を見つけたとき、私はまだ寒い道路で独りきりだった。
『恥ずかしながら、私は天使の学校を三度も落第してまして。半人前だから自信がないんですよ』
えっ、何それ。隣で家をのぞき込む天使が、死んだばかりの私をより不安にさせる事情を堂々と口にした。この頼みの綱が人間じゃないのは、大人の体格のくせに小柄なのと上を向いた高い鼻、菫色の瞳孔が猫のように縦長になるなど
「ねえ、本物は私だよ。私は意を決して命を捨てたんだから、あとは天使さんがちゃんとやってくれないと困るんだけど」
私は静かににらんでお願いした。天使に『わかってますって、それくらい』と笑顔で腕を振られても、もう信用できないから困る。私は下唇をかんで首をひねった。
ところで私が死を選んだ理由だけど、けんか相手の悪事を押しつけられて高校の推薦を失ったのが一つ。それがうそではなく、悪事の端の端で自分もつながっていたことを親にとことん責められてたたかれ、身体に傷までできて二つ目。でも何より好きだった
そのときだった。私は聞き慣れた声が憂いと冷たい風に揺れてそちらを振り返る。
「タロウは猫よ、今捜してるの。昨日、こんなつらいときにいなくなるって……」
電話中の少女、同級生の
私は枯れ葉舞う狭い十字路にため息をつき、天使が見つめる自宅のほうを向き直す――、
「ぎゃっ」
何とこちらも電話だ、うわっと肩が浮き上がった。慌てて鞄から携帯電話を取り出すと、クラスメートの
「け、圭くん、どうしたの?」
私は一瞬天使と視線を交わし、圭くん相手にどぎまぎしながら電話を受ける。
「おお良かった、友紀が今日も学校休んだから心配になって。こないだのこともあるし」
「あ……、ありがとう。大丈夫だよ。私だって悪かったのに、相変わらずいい男だね」
本当は死んでるんだよと涙が出そうになった。
「何言ってるんだ、大丈夫じゃないんじゃないか?」
え――、息をのむ私。彼の勘は鋭い。
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