第4話 お見せしようブレイブレオンの性能を!
わたしがようやく授業に顔を出せたのは昼食を終えた午後のことだった。
昨日の体調不良や使い魔を召喚した魔力消費による疲労などは一晩ぐっすり寝たことで治っていたのだが、ここまで遅くなったのは学園側がブレイヴレオンをどう扱うかについて教師陣による白熱した会議があったらしく、午前中は寮の自室で大人しく待機するように命じられていたからだ。
ようやく担任の教師から呼び出しを受け、会議で決まった内容の説明を聞いてから授業に参加する流れとなった。
「今回の授業では、みなさんがそれぞれ呼び出した使い魔との連携をチェックします。とはいえ、たった一日では何にもわからないでしょうからあくまで使い魔にどのような特徴があるのか、何を出来るのかをおおまかに把握しましょう」
昨日と同じ屋外にある広々とした演習場に集まったクラスメイト達はそれぞれの使い魔を連れている。
既にペットのように名前をつけている人もいて、それぞれ自分の使い魔に愛着を持っているようだった。
「えー、ルミナ・セラフィーさんは特にしっかりと使い魔の把握しておいてください。個別のレポートの提出も忘れずにおこなってください」
「はい、先生」
担任教師のひと言で全員の視線がわたしの、正確にはわたしの隣で大人しくお座りしている使い魔のブレイヴレオンへと向けられた。
「なぁ、アレってやっぱり……」
「使い魔でいいのかアレ?」
「うちの実家にあのくらいのデカさの銅像立ってるんだけど誰か今度見にこない?」
「巨大なライオンなんていいよな〜。俺なんて玉袋が異様に大きなハムスターだぞ……」
ヒソヒソと困惑と好奇心が混じった言葉が聞こえてくる。
女子は前者で男子は後者といったところだろうが、みんなこの珍妙な姿をしたライオンについて気になっているようだ。
勿論それはあの二人にとっても例外ではなかった。
「ふんっ、どうせ何かしらのインチキでもやったんでしょ? あーあ、嫌よね。お金持ちのお貴族様なら魔法具や古代遺物でもおねだりして用意してもらえばいくらでも誤魔化せるものね」
「ちょっとセリーナ、それは言い過ぎじゃないのかい?」
数百年に一度しか呼び出せなかった伝説級の聖獣ユニコーンを従えているセリーナ。
隣に立っているのは歴代の王族が召喚した希少な不死鳥を呼び出したエドワード。
神秘的な使い魔と容姿の整った男女二人が並んで歩くだけで人混みが自然と割れて道ができた。
「だって、よく見て見なさいよ。とてもまともな生き物の形をしていないわ。いくら調べても教科書や使い魔に関連する資料にも載っていないし、実は着ぐるみで中に人が入って操っているんじゃないでしょうね」
エドワードにブレイヴレオンがいかにおかしな存在かを説明するセリーナ。
「ほら、さっさとインチキしましたって認めた方が後から苦しまずに済むわよ」
挑発するような笑みを浮かべながら彼女は周りに聞こえるようにわざと大きな声を出して言った。
「インチキだってさ」
「まぁ、そんな気はしてたよな」
周りにいたクラスメイト達はセリーナの意見に流されていく。
エドワードにも認められ、同世代の中で抜けた頭脳を持つ彼女の言葉と要領が悪く、婚約者からも愛想を尽かされている落ちこぼれのわたしを比べて納得できる方を信じた。
そんな周囲の反応に満足したのか彼女はわたしのすぐ側まで近づいて耳元で小さく囁いた。
「いくら勝負に負けたくないからってこんなことしたらエドワードに嫌われるわよ」
なんて意地悪な人なのだろうと思った。
どうしてわたしがここまで悪者扱いされなくてはならないのか。
セリーナがエドワードのことを好きだから?
婚約者のわたしの存在が邪魔だから?
ペンダントをギュッと握り締めながらわたしはセリーナは目を真っ直ぐ見る。
「インチキなんかじゃありません。ブレイヴレオンはわたしの大事な友達です」
いつものわたしならここで周りの目に耐え切れずに何も言えないか背中を見せて逃げるしかなかった。
でも、今はわたしの味方をしてくれる頼もしい友達がいる。
『そうだ。ワタシはルミナの友であり、彼女の使い魔だ。文句があるというのならワタシが引き受けようじゃないか』
ズン! とブレイヴレオンが地面を強く踏みつけて一歩前へと出た。
そして彼はグルルル……と喉を鳴らす。
すると、自分よりも大きなライオンの威嚇に驚いたユニコーンが声高く鳴いて逃げ出した。
「ヒヒ〜ン!!」
「はぁ!? ちょっと待ちなさいよ!」
使い魔の突然の逃走に驚いたセリーナは慌てて後を追いかけようとする。
しかし、二足歩行の人間の足で四足歩行の馬に追いつけるわけもなくユニコーンの姿はあっという間に見えなくなった。
「ちっ、よくもやってくれたわね。後悔させてやるんだから覚えておきなさいよ!」
顔を赤くして悔しそうに言葉を吐き捨てたセリーナの姿が遠ざかって……あっ、コケた。
顔と制服に土をつけたまま走り去り、セリーナの姿も見えなくなった。
この授業が終わるまでにユニコーンを捕まえられるのかな?
「ありがとうブレイブレオン」
『別にワタシは礼を言われるようなことはしていないぞ』
とぼけたフリをしながらも尻尾がブンブン揺れているブレイヴレオン。
あんな風なセリーナの顔を見るのは初めてだった。
慌てふためいて悔しそうにする姿を見れてちょっとだけスッキリしたような気がする。
『だが、少しでもキミの役に立てたのなら嬉しいな』
なんて頼もしい使い魔なのだろう。
見た目はちょっと可愛くないけれど頼り甲斐がある。
それに優しい声で気遣ってもくれて、わたしには勿体無いくらいよくできた性格をしている。
「えー、時間も勿体ないので、それでは各自で使い魔との連携の練習を始めてください」
約一名の生徒がトラブルで不在のままではあるが、授業が始まった。具体的な内容としては生徒が使い魔に指示を出して何ができるのかを探り、それを教師が見回りをしながらアドバイスをしていくというものだ。
演習場はかなり広いので思いっきり使い魔達を動かすことが出来る。
「ほら、ボールとってこい!」
「バウッ!」
「ナイスキャッチ!」
「はぁはぁ、猫ちゃん……やっば、いい匂い」
「ニ、ニャ〜〜〜」
「あっ、だめ、キマる。ずっと吸い続けたいこの肉球!」
「ねぇ、誰か俺のハム吉知らない!? さっきからどこにもいないんだけど!?」
「玉袋がデカいハムスターならお前の頭の上でひまわりの種食べてるぞ」
「ナマケモノの使い魔って何を観察すればいいんですか?」
「先生にもわかりませんが、とりあえず横になって居眠りしながらサボろうとするのはいけませんよ」
「オレサマ、チョウイケメーン!」
「誰かオウムの鳴き止ませ方知らない!?」
「キャー、ステキ! オヨメサンニシテー」
「お前はたった一晩で何を教え込んでるんだよ……」
まだ初回ということもあり、大半の生徒はペットと遊んでいるだけのように見える。
自分の使い魔にデレデレになって可愛がっている人やどのようにコミュニケーションを取ればいいのかわからずに悩んでいる人もいた。
それと一部の生徒が使い魔と騒がしく喧嘩していたりする。
「よし。次はあの木を旋回して来るんだ」
「キィー!」
そんな中でもやはりと言うべきか当然というべきか、使い魔への指示や連携にいち早く馴染んでいるのはエドワードだった。
フェニックスは彼の指示通りに動き、たった一日で熟練の鳥使いのようなコンビネーションを見せている。
「流石ですエドワード様」
「やっぱり王子には敵わないな」
火を纏う鳥と赤い髪の少年の息の合った姿はまるで美しい絵画のようで、クラスの視線を釘付けにする。
『我々も負けていられないぞルミナ』
「が、頑張ろうね!」
いつまでもボーっと見惚れている場合ではない。
わたしもブレイヴレオンが何をできるのか把握しておかないといけない。
授業前にブレイヴレオンについてのレポートを提出するようにと言われた以上、しっかりと課題をやり遂げないと!
「まずはあなたがどれくらい動けるかわたしに見せてくれない?」
『了解だ。ワタシの力をキミに示そう』
とりあえず周囲を観察してみんなが使い魔にやらせていることを真似しながらブレイヴレオンに何が出来るかじっくり探っていこう。
「ボールよ!」
パーンッ!!
「演習場を一周して」
ズドドドドドッーー!!
「あの木を」
ガブッ! バキッ!!
「い、岩を……」
ドンガラガッシャーーン!
「あー、ルミナ・セラフィーさん。君の使い魔の実力は充分に理解しましたので、演習場の隅で大人しくしているように。これ以上暴れられてしまうと演習場が更地になってしまうので」
困り果てた顔をした担任の教師にそう言われてしまった。
仕方なくわたし達は授業が終わるのまでの間みんなから距離をとって隅っこの方で地面に座って待つことになった。
『性能テストは終了ということだろうか』
「ウン。ソウダネー」
ブレイヴレオンのスペックはわたしの想像以上に凄かった。
ボールは圧倒的なパワーの前に耐久力が足りず、前足で叩くだけで破裂した。
大地を本気で走ると地面が抉れて土煙を巻き上げ、最高速度は馬の全力疾走よりも速く感じられた。
鋭い牙による噛みつきは木を根本から噛み砕き、鋭い爪は硬くて大きな岩に傷つけるどころか粉砕してしまった。
まるで全身が凶器のような強さをしているブレイヴレオンはまだまだ物足りなさそうな雰囲気を出しているが、先生の言う通りこれ以上は施設が持たないので何もしないのが一番だ。
「ルミナ……」
渡されたレポート用紙に冗談みたいなブレイヴレオンの規格外な情報をまとめていると、誰かに見られているような気がしたので周囲を見渡すが、誰かはわからなかった。
ただ、エドワードの元気がさっきよりも無くなっているように見えたのはわたしの気のせいだろうか?
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