第5話 婚約者はおとこのこ

 

「やぁ、隣に座ってもいいかな」


 ブレイヴレオンとお喋りをしながら彼についてのレポートを書きながら時間を潰していると、意外な人物から声をかけられた。


「エドワードさま……どうしてここに?」

「あらかたやれることは把握が済んでね。フェニックスも飛び回って疲れたようだし、先生に休憩をお願いしたんだ」


 エドワードがそう言って指差す方を見ると、近くの木の枝に止まって羽を休めているフェニックスの姿があった。


「よいしょっと」


 何の躊躇いもなくわたしの隣に座り込むエドワード。

 改めて彼の横顔を見ると、背も伸びて立派な青年に成長しているなと思った。

 婚約者でもあり、幼馴染でもある彼とは昔はよく一緒に遊んでいた。

 だけど成長と共にわたしは妃教育のため、彼は帝王学を学ぶために時間を費やしているうちに自然と疎遠になっていった。


「ルミナはもう試さなくていいのかい?」

「これ以上演習場を破壊するなと言われてしまったので」

「確かにさっきのは凄かったね」


 あははは、と笑うエドワードの顔は古い記憶の中にあった幼い少年と同じだった。

 なんだろう。こうして近くで話していると仲良く遊んでいた昔を思い出して懐かしい気分になってくる。

 学園の入学式で久しぶりに再会した彼に貴族の令嬢らしくお淑やかに振る舞い、「お互いの家に恥じないよう頑張りましょう」と挨拶をした時は曖昧に相槌を返すだけだったのに。


「先程はセリーナがすまない。あれはいくらなんでも言い過ぎだった」

「エドワードさまが謝ることじゃありませんよ」


 ずっと落ちこぼれだったわたしが急にブレイヴレオンのような凄い使い魔を呼び出したのだ。

 彼女が不正を疑うのは仕方ないと思う。


「わたしだってまさか自分がこんな使い魔を呼び出せるなんて思っていませんでしたし」

「でも、事実として君の使い魔になった。だったらそれはルミナの本当の力なんだと僕は思うよ」

「エドワードさま……」


 その言葉をあなたから聞けただけでわたしは感動しましたなんて口にはしなかったが、心がじんわりと温かくなる。

 我ながら単純だとは思うが、最近は冷たい態度を取られていたのでこうして昔みたいな距離感で話をできるだけでも今は嬉しい。


「ところでルミナ。君に折り入って頼みたいことがあるんだ」

「何でしょうか?」


 今なら何でも言うことを聞きいてしまいそうなくらいに機嫌が良くなったわたしは隣で真剣な目をしているエドワードと向き合った。


「都合のいいことを言ってる自覚はある。でも、我慢出来ないんだ」


 ごくりと息を飲み込んでエドワードの言葉を待つ。


「ちょっとでいいから触れてもいいかな……」


 えっ?

 突然のことで戸惑っていると、返事をする前に剣術も学んでいる筋肉がしっかりとついたエドワードの逞しく大きな手がわたしの肩に力強く触れた。

 貴族の令嬢達が黄色い歓声を出すのも納得の整った凛々しい顔立ちがすぐ目の前にまで迫っている。

 胸がドキドキと音を立てて自分が緊張しているのがハッキリと感じられた。


「エドワードさま……み、みんなに見られちゃいます……」


 拒否しなくてはいけないのにどこか期待してしまう自分のはしたなさが信じられない。

 で、でも、こうして彼から熱い視線を向けられるのが嬉しいのは間違いない。

 わたしはぎゅっと目を瞑ってエドワードを受け入れる準備を……。


「ーー君の使い魔に!!」

「は、はい…………はい?」


 興奮気味なエドワードの予想外の言葉に満更でもないと照れていたわたしのお花畑な意識が急に現実に戻される。

 今なんて言いました?


「あの硬そうな装甲、あの鋭い牙、何より雄々しい巨大な獅子の姿! ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから彼に乗ってみたい!!」

「あうあうあうあう……」


 わたしの肩をガッチリとホールドしながらぐわんぐわんと揺らすエドワード。

 そんなに揺らされたら酔っちゃいますよ!

 いつもの穏やかな姿も、さっきまでの凛とした雰囲気はなく、鼻息を荒くして目を星のようにキラキラ輝かせる姿はまるでおもちゃを前にした幼い少年のようだった。


「頼むルミナ!」

「えーと、構いませんよ」

「本当か!? ありがとう!!」


 両手を合わせて頭を下げられてしまっては断り切れず、許可を出す。

 パァアアアアっと満面の笑みを浮かべるエドワードの顔が眩しい。

 彼はお礼を言うやいなや立ち上がるとブレイヴレオンの元に走って行った。


「僕の名前はエドワード・アルケウス。よければ君の体に触れてもいいかな!?」

『ルミナが許可したのであればワタシは構わない。怪我をしないよう爪や牙に触れないように注意してくれ』

「うん! わかったよ!」


 ブレイヴレオンからも許しが出たのでさっそくエドワードは獅子の体のあちこちをペタペタと触れ回る。

 王族であることも貴族であることも忘れて大はしゃぎする姿にわたしは既視感を覚える。


「あれ、古代遺物を発見したときのお爺さまと全く同じですね」


 わたしが大好きだったお爺さま。

 考古学者として遺跡発掘が趣味だったお爺さまはお父さまが成人してすぐに公爵家当主の座を譲って冒険の旅に出た。

 放浪癖のせいでわたしの両親からよく怒られていたが、死の直前まで趣味に奔走していた。

 そんなお爺さまが遺跡から持ち帰った古代遺物をわたしに自慢する時と全く同じ顔を今のエドワードはしている。

 男の子って年齢問わずカッコいいものや浪漫溢れるものが好きですよね。


「つ、次は背に跨がって乗ってみてもいいだろうか!?」

『すまないが、それはまだルミナにもしてもらっていないのだ。初めてを主人以外に捧げるのはワタシのプライドが許さない』

「そうか。では、一緒に乗れば問題ないかな?」

『あぁ。それなら異論はないとも』

「よし! 一緒に乗ってくれルミナ!!」


 わたしが求めていたものとなんか違う! という感想は置いておいて、エドワードに腕を掴まれてあれよあれよという間にブレイヴレオンの上に乗せられた。

 はっ、いつの間に!?

 乗ってしまったものは仕方がないので、どうやって体を固定するか悩んでいたらたてがみの後ろ辺りからウイーンと何かが出てきた。


『わたしが動く際は振り落とされないようにそこにあるハンドルをしっかりと握っていてくれ』

「承知した」


 わたしを内側にしてそこに覆い被さるようにエドワードがハンドルを掴む。

 すぐ後ろにピッタリとエドワードが密着している状態になってわたしは今更ながらに自分がとんでもないことをしているのではないかと気づいた。

 す、好きな人と二人乗りだなんて女の子が憧れるシチュエーション!

 美しい毛並みの白馬ではないけれど、大事なのは何に乗るかではなく、誰と乗るかなのだ。細かいことは気にしない。


『では、ゆくぞ』

「いやっほー!」


 今日一番の笑顔ではしゃぐエドワードの笑い声を聞きながらわたし達は授業が終わる時間までブレイブレオンへの騎乗を楽しんだ。

 意外なことに乗っていると振動があまりなくて酔うことは無かった。

 ブレイヴレオン曰く、バランス制御のためのマニュピレーターがどうのこうのと言っていたが難しくてわたしにはよくわからなかった。


「ルミナ。君の呼び出した使い魔って凄いね!」

「はい。わたしの自慢の友達です」


 エドワードと最近空いていた距離が急展開でぐっと縮んだような気がした

 でも、今はこうして昔みたいに無邪気にエドワードと接していれるのが何より嬉しかった。

 ブレイヴレオンを召喚できたのはわたしにとって凄く幸運なことだったと、この時のわたしは思っている。

 なお、指示を破ってブレイヴレオンを乗り回して演習場を荒らしたわたしとエドワードは当然怒られてしまった。

 罰として地面を綺麗に平らにするよう命じられたが、そちらもブレイヴレオンを使えばあっという間に終わった。


 ちなみに逃げたユニコーンを追っていたセリーナは授業が終わっても帰ってこずにサボり扱いになってしまった。


「このバカ馬! アンタのせいで私が怒られたじゃないの!」

「ヒヒーン」


 珍しく教師に注意をされて悔しそうにしていたセリーナの姿を見て胸がスカッとした。

 完璧超人だったからこそ失態をプライドが許さないようで、使い魔をキツく叱りつけていた。


「そもそもなんで女子更衣室に潜り込んで寝てたのよ! そんなの見つけられるわけないでしょ……」

「ヒヒ〜ン」

「ねぇ、ちょっと待ちなさいよ。アンタが咥えてる布地に見覚えがあるっていうか、それ私の替えの下着!?」

「ブヒっ!」


 隠し持っていたものが主人にバレたことに気づき、ユニコーンは再び全速力で走り出した。

 ……そういえば聞いたことがある。

 ユニコーンは年若い清らかな少女に強い興味を持っていると。

 あっという間に姿が見えなくなる強靭な脚力と人の言葉がわかる高い知性があるのは素晴らしいけれど、セリーナには学園の治安のためにも使い魔の調教を頑張ってもらいたい。


『遠い目をしてどうしたのだルミナ?』

「わたしの使い魔がブレイヴレオンで本当に良かったなって」


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