転職したらメキシコの女子プロレスラーだった件

ニンジャガール、活躍

　　　　　　　　　　　　　　　　　３

「……というわけでマフィア連中の拠点をまた一つ潰した……」

　シラヌイがインカムで通信する。

「それは確認しました……」

「またもや後始末が大変だったかと思うが……」

「現地の警察や消防とは話がついていますから」

「そうか、さすがに手際が良いな……」

　通信先の女性の言葉にシラヌイは笑みを浮かべる。

「それよりも問題なのは……」

「うん？」

「どうするのですか？」

「なにをだ？」

「なにをだって、ニンジャガールですよ、ニンジャガール！」

「ああ……」

「ああ……じゃなくて、いったい何をやっているのですか⁉　もう映像投稿サイトでも流れてしまっていますよ！　ニンジャガールの活躍ぶり！」

「再生数が多くてなによりだ」

「そんなことを言っている場合ですか！」

「『灯台下暗し』……」

「はい？」

「日本にはそういうことわざがある……」

「はあ……」

「つまり……そういうことだ」

「ど、どういうことですか⁉」

「察しが悪いな」

「分かりませんよ！」

「人は案外身近なことには気が付かないということだ」

「む……」

「まさか、ルチャドーレが自らたちを狙う刺客だとは夢にも思うまい……」

「そ、そうでしょうか？」

　通信先から戸惑い気味の声が聞こえる。

「そうだ」

「し、しかしですね……」

「定期の報告は以上だ……引き続き潜入任務を続ける」

「あ、ちょ、ちょっと……」

　シラヌイがまたも一方的に通信を切る。

「すまん、遅くなった……」

　シラヌイが地下のジムに降りてくる。マリアが振り返る。

「ああ、ニンジャ、いや、ニンジャさん、ちょうど良かった」

「ちょうど良い？」

「試合が明日に決まったんだよ。前回から日が空いていないが……構わないよね？」

「別にそれは構わないのだが……」

「が？」

　マリアが首を捻る。

「前回のファイトマネーをまだ受け取っていないな……」

　シラヌイがマリアを睨む。

「ええ？」

「ええ？じゃない。きちんと支払ってもらわないと困るな……」

「い、いや、振り込んだだろう⁉」

「話を聞いていたか？」

「ん？」

「私は〝きちんと〟と言ったんだ」

「ど、どういうことだい？」

「しらばっくれるな」

「話が見えないんだよ」

「二人だぞ……」

　シラヌイが指を二本立てる。

「え？」

「説明も無しに、二対一という不利な試合をやらされたんだ」

「そ、それは……」

「これは二試合分のファイトマネーをもらわんと割りにあわんな……」

「に、二試合分⁉」

「そうだ」

　シラヌイが頷く。

「じ、事前に確認しなかったそちらにも問題があるだろうが！」

「そうくるか。ならば……」

「な、ならば？」

「試合をボイコットする」

　シラヌイの言葉に、マリアは露骨に慌てる。

「そ、それは困る！　わ、分かった、振り込むよ！　……これで良いだろう⁉」

「……確認した。試合に向けて全力を尽くす……」

　自らの端末を確認したシラヌイは、着替えてトレーニングを始めるのだった。

「さあ、本日の前座試合！　話題の巨人、『ギガンティア』と、大いに注目を集めている東洋からの刺客、『ニンジャガール』の対決だ！」

　リングに上がったシラヌイは相手と対峙する。相手は２メートル以上ある女性である。黄色いレオタードがはちきれそうである。シラヌイはリングの外のマリアを睨む。

「……おい」

「ぜ、前座の試合はわりとなんでもありなんだって……」

「体格差があり過ぎるだろう……」

「ルチャリブレには重量制はない！　適当に盛り上げて、切り上げてくれ！」

「無茶苦茶なオーダーだな……おっと」

　試合開始のゴングが鳴る。ギガンティアがシラヌイに襲いかかる。

「捻り潰してあげるよ、ニンジャちゃん！」

「ぐおっ⁉　い、意外と振りが鋭い……」

　ギガンティアのラリアットがシラヌイの体に当たる。思った以上のスピードだったため、シラヌイはガードをするのが精一杯であった。ギガンティアが足を振り上げる。

「たたみかけるよ！」

「ぐはっ⁉」

　ギガンティアの蹴りを腹部に食らったシラヌイはマットにうずくまる。

「もらった！」

　ギガンティアが上に覆いかぶさろうとする。

「ちっ！」

「なっ⁉　カ、カエル⁉」

　シラヌイが術を使うと、巨大なガマガエルが現れ、舌を伸ばして、ギガンティアの巨体を巻きとって、空中に投げる。

「よしっ！」

　シラヌイが空中に飛んで両膝でギガンティアの首を挟み、きりもみ回転をして、マットに叩きつける。ギガンティアが倒れ込んで動かなくなる。レフェリーが告げる。

「ニ、ニンジャガールの勝利！」

　レフェリーがシラヌイの右手を取って、高々と突き上げる。試合会場が歓声に包まれる。それから数時間後……。忍び装束に身を包んだシラヌイがマフィアを追い込んでいた。

「ちっ！　狂暴な犬で噛み殺してやるぜ！　行け！　あっ⁉」

「……無駄だ」

「な、なにっ⁉　デ、デカいカエルだと⁉　う、うわあっ⁉」

　狂犬がガマガエルに呑み込まれ、呆然としていたマフィアもシラヌイの苦無に貫かれる。頸動脈を正確に突かれたマフィアは血を噴き出して倒れる。

「ガマガエルの術はあくまでも脅かす用だと思っていたが……戦闘にも使えるな……」

　崩れ落ちるマフィアを見下ろしながらシラヌイが呟く。シラヌイは闇夜に消える……。