ニンジャガール、分身

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「……というわけでマフィア連中の拠点の一つを潰した……」

 シラヌイがインカムで通信する。

「それは確認しました……」

「後始末が大変だったかと思うが……」

「丁寧に燃やしてくれたおかげで、それほどでもありませんでしたよ」

「それはなにより……」

 通信先の女性の言葉にシラヌイは笑みを浮かべる。

「それよりも問題は……」

「うん?」

「どういうことですか?」

「なにがだ?」

「なにがだって、ニンジャガールですよ、ニンジャガール!」

「ああ……」

「ああ……じゃなくて、いったい何をやっているのですか⁉ 身を潜めながらマフィア壊滅を狙うはずだったのに!」

「……プロレスジムを選択したそちらの落ち度もあるのでは?」

 シラヌイは冷静に反論する。

「ぐっ……」

「どういうことかはむしろこちらのセリフなのだが?」

「むう……」

「説明してもらおうか?」

「潜伏先の住所を1ブロック間違えていました……」

「はっ、そんなことだろうと思った……」

 シラヌイが鼻で笑う。

「だ、だからといってですね、プロレスラーになるなんて……」

「違う」

「え?」

「プロレスラーではなく、ルチャドール……女だからルチャドーレだな」

 シラヌイが訂正する。

「そ、それはどうでも良いでしょう」

「いいや、大事なことだ」

「あのね……」

「定期の報告は以上だ……とりあえず潜入を続ける」

「ちょ、ちょっと……」

 シラヌイが一方的に通信を切る。

「すまない、遅くなった……」

 シラヌイが地下のジムに降りてくる。マリアが振り返る。

「ああ、ニンジャ、ちょうど良かった」

「ちょうど良い?」

「試合が明日に決まったんだ。前回から日が空いていないが……構わないよね?」

「それは構わないのだが……」

「が?」

 マリアが首を傾げる。

「前回のファイトマネーをまだ受け取っていないな……」

 シラヌイがマリアを睨む。

「うっ……」

「きちんと支払ってもらわないと困るな……」

「物は相談なんだけどさ……」

「なんだ?」

「支払いをもうちょっと待ってもらえないかい?」

「ダメだ」

「ダ、ダメかい……」

「ああ、遅くとも明日の昼までに支払われなければ……」

「支払われなければ?」

「試合をボイコットする」

 シラヌイの言葉に、マリアは露骨に慌てる。

「そ、それは困る! アンタの先日の試合は早速話題なんだ、リング上でなにもないところで火を燃やすニンジャガール! まさに東洋の神秘ってね!」

 マリアが新聞を見せる。火を放つシラヌイの様子が写っている。

「相手の……マロムヘールだったか? 奴の吹く霧が燃えたんだろう」

「そ、そんなことありえないだろう⁉」

「なにもないところに火を放つ方がありえない」

 シラヌイはわざとらしく両手を広げる。

「むう……」

「そんなことよりもギャラはどうする?」

「は、払うさ! 今から振り込む! ちょっと待ってな!」

「そうか」

 マリアは上の階のオフィスに上がり、パソコンを操作し、戻ってくる。

「……ほら、文句ないだろう?」

「……確認した。試合に向けて全力を尽くす……」

 自らの端末を確認したシラヌイは、着替えてトレーニングを始める。

「さあ、本日の前座試合! 期待のコンビ、『ヘメロイッハ』と、早くも注目を集めている東洋からの刺客、『ニンジャガール』の対決だ!」

 リングに上がったシラヌイは相手と対峙する。なんと相手は双子である。小柄な体格に赤いレオタードと青いレオタードを着ている。シラヌイはリングの外のマリアを睨む。

「……おい」

「ぜ、前座の試合はわりとなんでもありなんだよ……」

「かといって、二対一とは……」

「勝たなくても良いさ! 適当に盛り上げてくれれば!」

「勝手なことを言うな……おっと」

 試合開始のゴングが鳴る。ヘメロイッハがシラヌイに襲いかかる。

「アタシら姉妹のコンビ技の餌食になってもらうよ! 妹!」

「はいよ! 姉ちゃん!」

「ぐっ⁉」

 青いレオタードの妹がシラヌイの体を羽交い締めにし、そこに赤いレオタードの姉が膝蹴りを食らわせる。シラヌイは体をくの字に曲げる。

「続けていくよ! 姉ちゃん!」

「ああ! 妹!」

 今度は姉がシラヌイを羽交い締めにして、妹がエルボーを食らわせる。顔面に食らったシラヌイがふらつく。双子はそっくりな顔を揃ってニヤつかせる。

「決めるぞ、妹!」

「うん、姉ちゃん!」

 双子がそれぞれ両側のロープに向かって勢いよく走り出す。ロープの反動をつけて、リング中央でふらつくシラヌイに攻撃を加えようとする。

「ちっ……!」

「あっ⁉」

 リングで二人に分身したシラヌイがヘメロイッハをそれぞれ迎撃し、返り討ちにする。思わぬ形で反撃を受けたヘメロイッハが倒れ込んで動かなくなる。レフェリーが告げる。

「ニ、ニンジャガールの勝利!」

 レフェリーがシラヌイの右手を取って、高々と突き上げる。試合会場が歓声に包まれる。それから数時間後……。忍び装束に身を包んだシラヌイがマフィアを追いかけていた。

「二手に別れて逃げろ!」

「……無駄なことだ」

「なにっ⁉ ふ、二人いやがったのか⁉」

 分身したシラヌイが二台の車に分かれて逃げたマフィアをそれぞれ横転させる。

「分身の術はあくまでも攪乱用だと思っていたが……攻め手にも使えるな……」

 派手に爆発する車を見ながら分身の術を解いたシラヌイが呟く。

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