第4話 逞しい転生妻

「よし、誰もいないわね」



 私がお飾り妻としてグラジオス家に嫁いで2年の月日が流れた。


 まだ日が昇っていない早朝、手早く朝ごはんと身支度を済ませた私は、黒いローブを身に纏って扉の隙間から誰もいないことを確認すると、音を立てずに部屋の扉を閉じて足早に廊下を歩いた。


 家令からお飾り妻と言われたその日、前世の記憶を思い出した私は、この世界が前世で夢中になっていた乙女ゲーの世界であり、そのゲームでハイドラがヒロインで、私が悪役令嬢だったことを思い出した。


 ――そりゃあ、『ハイドラ・アーリストフ』って名前を聞いて既視感を覚えるわけよね。だって、小説では健気なヒロインだったんだし。でも……



「こうして悪役令嬢本人になってみると、ハイドラを虐めていた気持ちが痛いほど分かるわ」



 ゲームの中での私は、両親に愛されていなかった故に、夫であるルーク様に愛情を求めるように執着していた。

 そんな私の事情なんか知らないルーク様は、やたら執着してくる私に嫌悪して距離を置いていた。

 そんな中、淑女教育の一環で使用人として働いていたハイドラと出会い、優しくて健気なハイドラにルーク様は次第に惹かれていく。

 それを知った私は、ルークを取られたくない一心で、ハイドラを見つけては手酷く虐めていた。



「けどそもそも、まともに会っていないのにいきなりお飾り妻なんて酷すぎるわ。それに、ヒロインに対するルーク様……というより、使用人達のえこひいきも酷すぎる。そりゃあ、ヒロインに当たり散らしたくなるわよ」



 ――ゲームでは『ヒロインを虐める悪役令嬢を使用人全員で守っていた』ってモノローグが入っていたけど、実際は使用人達がこぞって私を虐げて、ルーク様が私のことを一切見ないから、私がヒロインを虐めていたんじゃない。



「あぁ、もう! 何だかムカついてきたわ!」



 裏口を使って屋敷の外に出た私は、ルーク様が寝ているだろう部屋を睨みつけた。



「それに、ルークもルークよ! 根っからの仕事人間だからって、私にもヒロインにも興味を示さないって、どういうことよ!」



 ゲームではあまりにもクールすぎて『最難関攻略対象』と呼ばれていたルーク様。

 けれど実際は、王宮や次期当主としての仕事に注力しすぎて、私はもとより、ヒロインとの時間もろくに作らない最低男だった。


 ――あ~あ、こんな奴を『カッコイイ!!』ってときめいていた前世の自分を思い切り殴ってやりたい。

 一体、どこが良いんだ? 妻をろくに省みないただのクズ男じゃない。



「ってヤバッ! そろそろ使用人達が起きてくるから、さっさと屋敷を出て街に行かないと!」



 空が徐々に明るくなり、使用人達が動き出すと焦った私は、壊れて誰も使っていない裏門から通って屋敷を出ると、そのまま街へとくり出した。


 ――まぁ、どうせ使用人達は私のことなんか忘れているから、そこまで焦らなくても良いんだけどね。


 初めて外から帰ってきた時は、使用人達に咎められないかドキドキした。

 けれど、皆が寝静まった頃に帰ってきたせいか、誰かに咎められるどころか、誰にも見つからなかった。


 というのも、私は調査を兼ねて1週間程度部屋に閉じこもっていた。

 その結果、屋根裏部屋に使用人達が来ることが一切無かったのだ。


 よほど、ヒロインのことが大切なようで。


 ――でもまぁ、その分自由に動けるから良いんだけど!


 すると、街で一番大きい商会の前に、金髪碧眼の男性が私のことを待っていてくれた。



「あっ、おはようマリー! 今日も早いね!」

「おはようございます、商会長。今日も一日、よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね!」



 太陽のように眩しい笑顔の彼に促されるまま、私は商会の中へと入った。


 前世の記憶を思い出した私が真っ先にやったこと。それは、資金繰りだった。


 ゲームを何周もしていた私は、悪役令嬢がどういう末路を辿るか分かっていた。

 だから、その時に備えての資金は稼ぐために、私は平民のふりをして朝から晩まで商会の従業員として働いた。


 例え、使用人達から『遊び回っている』と陰で蔑まれていたとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る