第3話 お飾り妻

「単刀直入に言わせていただきますが、マリー様はこの屋敷の女主人ではございません」

「はい?」



 家令の言葉に間の抜けた返事をした私は、すぐに馬鹿にしたような笑みを浮かべると首を横に振った。



「いやいや、私、正式にルーク様の妻になったのよ。それが女主人じゃないってどういうことよ」



 ――そもそも『正式な女主人』って何よ?


 その時、家令の侮蔑を含んだ目が怒気を含んだ目に変わった。



「確かに、あなたはルーク様の妻です。ですが、それはの妻です」

「待って、それってつまり……」

「はい。あなたはルーク様の『お飾り妻』ということです」



 家令の馬鹿にしたような笑みを見た瞬間、私は噂の真相が分かってしまった。


 今までルーク様に来た縁談は全て、この使用人達によって破談されたのだ。


 『そんなこと、使用人が出来るはずがない』と思いたい。


 けど、よく考えれば、今までルーク様とまともに話せなかったのは全て使用人達のせいだった。


 ――それも全て彼らの言う『正式な女主人のため』だと考えれば、大変不本意だけど腑に落ちる。


 でもこれは、彼らの中での話であって、ルーク様やグラジオス夫妻はご存じないはず。


 そうじゃなきゃ、この結婚は最初から無かった。


 ――縁談を申し込んだ令嬢達には、使用人達が直接説明していたのでしょう。けれど、私にそれがなかったのは、使用人達が動き出す前に当主同士で私とルーク様の婚約を進めたから。


 そして私は、本当の女主人が誰なのかも分かってしまった。



「ちなみに、あなた達のいう『本当の女主人』って、もしかして『ハイドラ』っていうメイドの事かしら?」



 その瞬間、家令の後ろにいた恰幅の良いメイドが私の前に現れると、女主人であるはずの私の頬を思いっきり叩いた。



「あんた、何をして……!」

「口を慎め、この泥棒猫が! 『ハイドラ様』と呼びなさい!」

「っ!」



 ――鬼の形相で私の前に立っているメイドは、多分のこの家のメイド長だと思う。


 部屋の外にいる使用人達から怒気を含んだ視線を向けられる中、私は痛む頬を抑えてメイド長を睨みつける。

 すると、深いため息をついた家令が、メイド長を引き下がらせて私を睨みつけた。



「そうです。この家の真の女主人は、私の親戚にあたるハイドラ・アーリストフ様でございます」

「アーリストフ……って、もしかしてアーリストフ公爵家のこと?」

「そうですよ」



 ろくに社交界に出ていなかった私は、なぜか『ハイドラ・アーリストフ』という名前には聞き覚えがあった。



「ならば、どうしてアーリストフ家の令嬢が使用人をしているのよ?」



 ――アーリストフ家とグラジオス家なら簡単に縁談が組めたでしょうに。


 すると、顔を顰めたメイド長が今度は私の首元を掴んだ。



「そうしようとしたら、あんたがしゃしゃり出たんじゃない! そのせいで、ハイドラ様は体調を崩されて……」



 ――えっ? その方、結婚式で元気にルーク様のお世話をしていましたけど?


 大袈裟に悲しい顔をするメイド長に、そんなことは言えるはずもなく黙っていると、メイド長に掴まれていた首元が突然解放された。

 そして、メイド長が再び後ろに下がると家令が私の前で跪いた。



「ともかく、あなたはこれからお飾り妻としてこの部屋で過ごしてください。もちろん、身の回りのことは全てご自身でやってください。なにせ、私たちとても忙しいので」

「待って、それこそ使用人の仕事……」

「ですが、必ず人目が少ない時にしてください。ハイドラに泥棒猫あなたの姿は見せたくないですから」

「っ!」

「それと最後に……ルーク様とあなたが顔を合わせることは二度とありません。旦那様は真実の愛で結ばれたハイドラ様と一緒になるので」



 言いたいことだけ言った家令は、暗い部屋に私を置いたまま、メイド長と共にさっさ部屋を出て行った。



「なによ、『真実の愛』って」



 埃だらけの床に倒れ込んだ私は、小声で悪態をつくと天井を見上げた。



「でも結局、どこに行っても私は愛されないのね」



 ――例え政略結婚でも、ルーク様との間に愛を育めばいいと思っていた。けれど、それすらも叶わないのね。


 誰にも愛されない私が目を閉じると頬に涙が伝った。

 その時、前世の記憶が蘇った。

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