第2話 屋根裏部屋の妻
猛スピードで走る馬車に揺られて10分後、私は実家の何倍の広さを持つグラジオス家の屋敷に到着した。
「うっ、気持ち悪い……あの御者、人が乗っているのを分かっているのかしら?」
乗り心地が最悪だったお陰で、腰の痛さと気持ち悪さ同時に襲ってきて、椅子にしがみついていた私が手を抑えながらノロノロと立ち上がった時、馬車の扉が開き、誰かの手が私の腕を掴むと無理矢理外へと連れ出した。
「っ! あなたは……!」
「はい、公爵家の家令です。ともかく、今は時間がありませんので、急いでお部屋に入ってください」
「え?」
家令に手を引かれるがまま足早に屋敷に入った私は、使用人が誰一人として出迎えに来ていないことに違和感を覚えた。
――急いで来たからって、この家の女主人になる私を誰も出迎えないなんてどういうこと?
「あの、使用人達が誰も私の出迎えに来ていないんだけど……?」
そう思いながら声をかけた時、突然、家令の足が止まった。
そして、古びた屋根裏部屋のドアを開けると、そこに私を強引に入れた。
「痛っ! あなた、何をして……!」
ろくに掃除されていない床に、ドレスのまま倒れ込んだ私は、女主人に対してあまりにも粗雑すぎる扱いに抗議しようと顔を上げた。
その時、家令の蔑むような目とかち合った。
「っ!」
――なに、あの冷たい目は?
罪人に向けるような視線に思わず言葉を失うと、冷たい目を向けた家令は、悪びれてもいない顔で謝罪を口にした。
「申し訳ございません。では、気を取り直して……こちらが、マリー様のお部屋となります」
「はぁ!?」
驚いて薄暗い屋根裏部屋を見回すと、そこには1人用の簡素なベッド、すぐにでも壊れそうな机、鏡に大きなヒビが入っているドレッサー、扉が半分も閉じられていないクローゼット、いつから使用されているか分からない古い棚があった。
――ここが私の部屋!? どう見たって、使用人でも使わなさそうな部屋じゃない!
「あなた、私が誰だか分かっているの!? 私は、今日からこの屋敷の女主人! つまり、あなたより偉いの! その私がこんな場所にいるって旦那様に知られたら、どうなるか分かってる!?」
――本当は使用人に対してこんなこと言いたくない。けれど、これはあまりにも酷すぎる!
大声で怒鳴りつけた私は、脅すように家令を睨みつけると、なぜか冷たく笑った家令が今度は深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません。私としたことが、あなたにグラジオス家のことについてお伝えするのを忘れていました」
「は?」
――グラジオス家のこと? 一体、どういうこと?
その瞬間、グラジオス家から縁談が来た時に抱いた疑問が脳裏を過った。
どうして、自分より5歳上の旦那様が今まで独身だったのか?
グラジオス家の嫡男であらせられるルーク様は、銀髪に切れ長のアイスブルーの瞳と誰もが見惚れる容姿端麗さ。
加えて、学生時代は成績優秀文武両道の優等生。
公爵家嫡男として申し分ない彼は、学園卒業後、王城での仕事と次期当主としての仕事に追われていた。
そのせいか、社交界にはあまり出ていなかったみたいだけど、夜会などに一度出れば、大勢の貴族令嬢から言い寄られていた。
もちろん、ルーク様のもとにはたくさんの縁談も来ていたらしいけど、なぜかそれらが全て破談で終わったらしい。
そのせいか、『別の令嬢が横取りした』だの『他に良い縁談が来ていた』だの噂が飛び交っていたみたい。
そのことをお姉様からの手紙で知った私は、ルーク様に噂の真相を聞こうと何度か屋敷を訪れた。
けれど、その度に『ルーク様はお忙しいためお会いすることは出来ません』と使用人達から追い帰されてしまった。
だったら手紙でもと書いて送ったけど、これも『ルーク様には手紙を読む時間がありませんので』とグラシオス家の使用人、わざわざエティスハド家の屋敷に来て、未開封のまま返された。
『ならばと仕方ない』と結婚式の時にこっそり聞こうとしたけど、ルーク様がグラジオス家の使用人達や他の貴族達と話していたせいで、聞くにも聞けなかった。
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