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 インターハイの都道府県予選が始まった。ここで勝ち抜けば8月の全国大会へ進むことができる。全国大会に出場できるのは団体戦で優勝した1チームと個人戦ダブルス上位2ペアとシングルス上位2ペア、それだけ。私たちは全中も経験しているから今更だけど、やっぱめっちゃ狭き門だなあって思う。1カ月近く掛け勝ち抜きのトーナメント方式で代表を決定することになる。


 トーナメント表を見て分かったことだが団体戦で6試合、個人戦ではダブルス、シングルスともに5試合戦って勝ち抜けば全国大会に出場できる。私とひかりのペアは個人戦ダブルスで3回戦を突破し4回戦へと駒をすすめた。ひかりはシングルスにもエントリーしていてそちらも勝ち進んでいる。


 団体戦は学校対抗戦でもあるため都度メンバーを変えることが許されている。個人戦とのタイムテーブルとか個々人の体調や仕上がり具合を見て都度メンバーを組んでいくことになる。団体戦初戦では私たちのペアも出場して1勝を挙げ、勝利に貢献した。


 今、目の前のコートでは我が校の3年生ペアが個人戦ダブルスの3回戦に挑んでいる。みずは・はずきペア。我が校最強のペアである。都道府県予選に先立って行われた部内の選抜試合で私たちはこのみずは・はずきペアに1対2で負けてしまった。この2人は確かに強い。今も1ゲーム目を接戦ながら常にポイントを先行している。点差こそ接近しているものの要するに先に21点とればいい。そんな試合運びだ。余裕がある。攻撃型のみずは先輩とレシーブが得意なはずき先輩。


 ただ気になるのはさっきみずは先輩のガットが切れてしまい彼女は予備の2本目のラケットに交換したことだ。そこから何だかミスが増えた気がする。本人もミスショットに首を傾げるシーンが多くなった。まさかの事態は1ゲームのゲームポイントを握った時に起こった。この1本を取れば1ゲーム目を先取することができる。


 攻めまくる我が校ペアに対して、堪らず相手ペアのレシーブが乱れて中途半端になった。そこをみずは先輩が見逃さずにスマッシュを放つ。決まり! って誰もが思った。でもそのショットでみずは先輩のラケットのガットが切れ、放ったショットはネットにかかった。結局そのポイントは落としてデュースになった。みずは先輩ははずき先輩の予備ラケットを借りて試合を続行したが、ミスが続いて結局そのゲームを落としてしまった。

 

 みずは先輩は攻撃型のプレイヤーで強烈なスマッシュが持ち味だ。対してはずき先輩はレシーブが得意でどんな攻撃でも多彩なレシーブで受け切ってしまう。この2人のプレイスタイルの違いはラケットにも表れていて、攻撃型のプレーヤーのラケットはヘッドが重い「ヘッドヘビー」と言うタイプのラケットと相性がよく、レシーブ型のプレイヤーは素早い取り回しができる「ヘッドライト」または「イーブン」なラケットを好むのが普通だ。だから攻撃型のみずは先輩には、はずき先輩のラケットは扱いずらかったのだろう。

 

 2ゲーム目が始まるそのちょっとの間にみずは先輩がひかりに声を掛けた。

「ひかり、ラケット貸して!」

 そう、ひかりとみずは先輩は同じタイプのプレイヤーだ。使用しているラケットも細かいことを言えば違いはあれどヘッドヘビーと言う点は同じだ。ただグリップの握りとかどうしても違うところはある。うまくフィットすればいいんだけど。

 そのときなぜか体育館の壁際にいたひかりは慌てて自分のケースに納めた2本のラケットから1本引き抜いてみずは先輩に渡した。


「先輩、すいません」

「は? 何が?」

「絶対勝ってください」

「任せとけって! 私を誰やと思ってんの?」

 みずは先輩はそう言うと笑いながらラケットのフェースでひかりの頭をポンと叩いた。


 第2ゲームも接戦だった。でも相手に先行されることが多くなって苦しい展開。このゲームを落としたら負け。インターハイへの出場の道は絶たれる。しかも3年生にとっては最後のインターハイだ。

 そう言えばひかり、試合も見ないであんなとこで何してたんだろう。そう思ってひかりを見ると彼女は体育館の壁際の床に座ってガットを編んでいる。相変わらず道具は持ち歩いているんだ。


「ひかり?それって……」

 ひかりが編んでいるのはみずは先輩の最初に切れた方のラケットだった。切れた直後から作業を始めていたらしくもう縦糸は張り終えて今は横糸を編み始めたところらしい。


「こんなに早く切れるなんて私がガットを張るとき傷つけてしまったのかもしれへん。私のせいや」

 ひかりは真剣な顔で横糸を編みながらそう呟いた。そう言えばちょっと前にみずは先輩のラケットのガットを編んだのはひかりだった。

 ガットを編むとき巻き棒を使ってガットに掛けたテンションが戻ってしまわないようにグロメット(ガットを通す穴)に千枚通しを突っ込んで仮り留めする。そのとき誤って千枚通しの先でガットを傷つけてしまうことが稀にある。そのことをひかりは言っているのだろう。確かにあの日、ひかりは3本のラケットのガット張りを頼まれていてずいぶん急いでいた。


「まさか、ひかりのせいじゃないって」

 そう言う私の言葉が届いたのかどうかは分からない。ひかりは今まで見たことないような真剣な表情でてきぱきと、でも慎重に編み進めている。私はそんなひかりと、ゲームの行方にも注意を払いつつ黙々とガットを編むひかりの側に立ち尽くしていた。


 ひかりがガットを編み終えたのは17対19の相手側2点リードで迎えた第2ゲームも終盤に差し掛かったタイミングだった。ひかりはいつものようにフェース面をバンバンと手の平に当てて張り具合を確認した。そこからゲームの流れは変わった。


 みずは・はずきペアが2ゲーム目を逆転で勝利すると3ゲーム目は一方的な試合になった。はずき先輩が繋ぎに繋いだシャトルにみずは先輩のスマッシュが炸裂する。結果みずは・はずきペアが3回戦を制して4回戦へと駒をすすめたのだった。試合が終わった後、ひかりは自分が試合したときよりも疲れた顔をしていた。そんなひかりをみずは先輩は力強く抱きしめた。




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