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昼休みと、5時限目と6時限目の間の休憩時間でも時間が足りなくて、ひかりは6時限目の授業中机の下でこっそりと横糸を張っていた。窓際の後方の席だという「地の利」はあるのだろうけどこっそりそんな作業ができるなんてまったく驚きだ。これぞ「ザ・内職」。
放課後、自分のラケットに加え、ガットを張り直した3本のラケットを抱えて私とひかりは体育館へ向かった。ひかりはそれぞれの依頼者にラケットを渡して報酬を受け取っている。「サラダ定食」1食分。こうしておけばもし「サラダ定食」が値上がりしても安心だってひかりは言う。なかなか抜け目がない。まあショップに依頼することを考えると破格のお値段なのだから「サラダ定食」がちょっとくらい値上がりしたからって文句を言うやつなんていないだろう。
4面のコートを使って柔軟、フットワーク、基礎打ち。1年生はここまでが毎日のメニューだが私やひかりのような経験者は2、3年生に混じって試合形式のダブルスを行う。ひかりがガットを張ったラケットを使っているみずは先輩も調子がよさそうだ。
部活は6時限目が終わってからだから完全下校の7時までの時間なんてあっと言う間に過ぎてしまう。朝練もするし、土曜日だと午後からまるまる部活できるけどそれでも練習時間が足りない。もっと練習したいがバドミントンは野外ではできない。どうしても体育館という施設が必要だ。
私もひかりも地域のバドミントンサークルにも参加しているから学校が休みで部活できない日曜日などはそちらに参加する。ひかりは今日も先輩からガット張りの依頼を受け自分のラケット以外に先輩のラケットも抱えて帰路についた。
日曜日。地域のバドミントンサークルで午前中汗を流した後は私たちのデートタイム。
「ごめん! ガット張りの仕事が溜まってんねん」
ひかりが言う。
「ええ~……」
不満の声を上げながらその実、私は次のひかりの言葉を待っている。
「私の部屋でいっしょにやる?」
「しょうがないなあ」
そう言いつつ内心うきうきしている私。
ひかりの部屋で静かな音楽を聴きながら黙々とガットを張る時間って結構好きだったりするのだ。ひかりが縦糸を張り私が横糸を張る。2本張りだからこそできる分業だ。
ガットのテンションの強さは縦糸の強さでほぼ決まる。縦糸の張り加減によって横糸をどれくらいの強さで張ればいいかはひかりが都度教えてくれるから私はひかりに従って張ればいい。そのくらいなら私にもできるのだ。
ひかりは報酬の50%を私に支払ってくれる。私はそれを素直に受け取っている。別にそんなものはいらない。ひかりと2人でいられるだけで幸せなんだよって言いたいけど恥ずかしくて言えない。
ひかりはバドミントン以外はインドア派で(バドミントンもインドア・スポーツだけど)本をいっぱい読んでいる。音楽はクラシック好きだからJ-POPが大好きな私はひかりが部屋で流す曲はほとんど知らないものばかりだ。
静かに流れるバックミュージックを聴くとはなしに聴きながら、ひかりが縦糸だけ張ったラケットを受け取って横糸を張って行く。2人とも何も喋らない。私はときどきちらっとひかりの表情を盗み見る。彼女は微かに笑みを浮かべたような表情できびきびと縦糸を張る作業に集中している。そんなひかりの姿を見るのが私は大好きだ。
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