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 私は教室に入って自席にカバンを置くとそのままひかりの席まで歩いて行って声を掛けた。

「ひかり、おはよう」

「おーす」

 ひかりは顔を上げることもこちらを見ることもなく、ひたすら手を動かしながら返事をする。

 ひかりはショートヘアで背は私より5cmくらいは高い。私は165cmくらいだから、たぶん今だと170cmは越えているんじゃないかな。

 ボーイッシュな彼女は中学の時からモテた。女の子に。本人曰く小学校のときからバレンタインのチョコやラブレターは頻繁にもらったらしい。女の子から。


 彼女は膝をかがめて椅子の上に足を乗せ、足先でグリップを挟んでラケットが動かないようにし、手は休みなくガットを編んでいるのだが膝を開いているから正面からだとスカートの中が見えてしまうんじゃないかと心配になる。

「ひかり、パンツ見えちゃうよ」

「どうせ見せパンやから別に見えてもええ」

 机があるからわざと覗き込まない限りは大丈夫だと思うけど、これはちょっと女の子にはあるまじき恰好だと思う。


「それ誰の?」

「みずは先輩の。『ガチガチ』に張ってってリクエストなんだよね」

 机の脇にケースに入ったラケットが2本並んでいる。

「その脇のラケットはもう張ったん?」

「うんにゃ。今日の放課後までにやる」

「できるの?」

「やらないとこの子ら、部活できひんで困るやん」

 1年生の初心者の子のラケットらしい。経験者だと普通は2本以上ラケットを持ってるからそんなに急がなくても大丈夫なんだけど。


「できた! 一丁上がり!」

 彼女は張りあがったラケットのフェースを手の平でバンバン叩いて張り具合を確認してからそれをケースに納め、別のケースからラケットを取り出す。ケースの中には新品のガットも入れられている。依頼者が購入して入れたものだ。


 ガットの編み方には縦糸と横糸をそれぞれ別々に張る「2本張り」と1本で縦も横も編んでしまう「1本張り」がある。ひかりは2本張りで編んでいる。

 縦糸に使うガットの長さはおおよそラケットの長さの7本分くらいが目安である。縦糸の長さ分を測ってガットを切る。ひかりは慣れた手つきで縦糸を中央から左右へと編んでいく。


 ガット張りに必要な道具は、ガットを巻き付けてテンションを掛ける巻き棒。これには不要になったラケットから切断したグリップ部分を使っている。それに千枚通しが2本、はさみ。それだけ。

 ショップで使う「張り機」だとテンションを数字で設定できる仕掛けになっているが、ひかりは手張りだからそんな正確なテンション設定は当然できない。だからだいたいの感覚で張っている。ひかりの張るガットのテンションは「ガチガチ」「ガチ」「普通」「緩め」の4種類。あくまで「だいたい」だけど。


 ガットのテンションが高いほどシャトルの飛距離、スピードは出やすくなる。その半面、シャトルを打った際の反動に耐えられるパワーが必要だったり、スィートスポットが狭くなる分ちゃんと当てないと飛ばないなどデメリットも多い。だから初心者は「普通」または「緩め」から始めるのがいいと言われる。

 バドミントンの上級者ならともかく高校の部活レベルならそんなに細かいところまでこだわる必要はないだろう。まあひかりの場合、いくら上手になってもずっと自分のラケットのガットは自分で張り続けるだろうな。


 私はそんな彼女の作業をただ黙って眺めているのが好きだ。窓から差し込む朝の光に包まれたひかりは気持ちよさそうに鼻歌を口ずさみながらも絶えず手を動かし続けている。ゆっくりした単調なメロディーが繰り返される。

「それなんて曲?」

「パッフェルベルのカノン」

「ふーん」

 知らん。たぶんクラッシックの曲なんだろう。



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