ガットを編む
@nakamayu7
*1 プロローグ
高校に入学して間もなく1か月が経過しようとする4月の終わり頃。初夏と言うにはまだまだ早いが春というには少し温かすぎる、空気はからっとして湿度も低く、初夏に向けて日差しが眩しさを増してくる、そんな季節。
朝さなえが教室に入ると同じクラスのひかりが窓際の自分の席に座ってバドミントンラケットのフェースにガットを張っている。
ガットは「張る」って言うけど縦糸に横糸を順繰りにくぐらせ引っ張りながらラケットのフェイスを織りあげていくその作業は「編む」と言う方が正しいような気がする。
バドミントンのガットなんてそんなにしょっちゅう切れるものじゃないのに、どうしてこうも頻繁に彼女はガットを「編んで」いるのかというと、それにはちゃんとした理由がある。
彼女は同じバドミントン部の友人や先輩の分までガット張りを請け負っているのだ。タダではない。報酬は学食の人気メニューである「サラダ定食」1食分。ちなみに「サラダ定食」とはキャベツや人参の千切りとレタスのサラダにクリームコロッケとポテトサラダ、スパゲティが1プレートに乗った1品でそれにお味噌汁、ご飯が付く。それで550円と大変リーゾナブルなお値段である。野菜がたっぷりなこととボリューミーさを兼ね備えた学食の人気メニューなのだ。
ガット張りをショップに頼んだら1000円以上は取られるから彼女の報酬は格安と言える。自分のラケットのガットくらい自分で張るって人もいる。でもひかりは中学生のときから張り慣れているし、テンションも個々の希望通りに張り分けるから彼女に依頼する子は多い。特に1年生の初心者は自分に合ったテンションが自分でもまだ分からないから、ひかりが彼女たちの適正に合わせて張り分ける。そのため大変重宝されている。そんな風だからひかりのガット張りのアルバイトは結構繁盛しているようで、彼女が自分のおこずかいを払って「サラダ定食」を食べることはまずない。
私とひかりがバドミントンでペアを組んだのは中学1年のときだから、もうかれこれ3年以上、今年の春から4年目ということになる。公立のこの高校に来たのは家から近かったからと偏差値的に妥当だったからでそれ以上の理由はない。ただ、ひかりとは絶対同じ高校に行きたかったし高校でもいっしょにバドミントンをしたかった。それが叶えられるなら正直どこでもよかったのだ。
ちなみにひかりは左利きで私は右利き。逆利き同士の組み合わせの方が攻守に「穴」が出来にくくて理想的って言われることがあるが、まあお互いの相性次第ではないかと思う。そして私とひかりの相性はばっちりなのだ。
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