006 ロクセットとセリーン

「あんたすげーな! Dランクくらいあるのか!?」


「馬鹿ね。Dランクならこんなところにいないでしょ」


「でもそのくらい強いだろ!」


「たしかに……!」


 二人は俺の戦いに見とれていた。


(結局、俺が一人で殲滅することになったな)


 追加でやってきた援軍のヴァンパイアも倒し、戦闘が終わった。

 一息つくと、俺は振り返って二人に言う。


「Dなんてとんでもない。俺はFだよ」


「「F!?」」


「もっと言うと、冒険者になったばかりの新米さ」


「嘘だろ!?」


「本当さ」


 懐から冒険者カードを取り出し、男に向かって投げる。


「マジだ……! レベル1のFランク!」


「信じられないわ。あれだけの強さがあって、どうして……」


「評価してもらえて何よりだ。ところで、魔石は貰っていいよな? 俺が倒したんだから」


「ああ、もちろんだ!」


「どうも」


 地面に転がる魔石を拾い集めていく。


「冒険者カードに記載されているが名乗っておこう。俺はディウスだ」


 俺は左腕で魔石を抱えつつ、右手で二人と握手を交わした。


 ◇


 俺の助けた二人組は、ロクセットとセリーンという名だと分かった。

 どちらもレベルは9で、年齢は俺の三つ上となる23歳だ。

 俺はこの二人と一緒にダンジョンを出ることにした。


「ディウス、一人でどれだけ魔石を集めているんだよ。重すぎだろ!」


 ロクセットが大きな声で吠える。

 彼は自分のリュックだけでなく、俺のリュックも持っていた。

 助けてもらったお礼に持つと言ってくれたのだ。

 もっとも、そう言ったのはセリーンである。


「助かるよ、ロック」


 ロックとはロクセットの愛称だ。

 本人がそう呼んでくれと言うので、そう呼ぶことにした。


「ディウスは何でレベルが1なの? それだけの強さがあれば、もっと前から冒険者になったほうが稼げたんじゃない?」


「今までは故郷の村で鍛えていたんだ。王都で過ごすためのお金も必要だったし」


 俺は適当に答えた。

 さすがに「時を遡って転生しました」とは言えない。


「じゃあ、冒険者学校に通っていないの?」


「おう」


「わお! すごく強いから、てっきり冒険者学校の卒業生なのかと思ったわ」


 冒険者学校とは、王都にある冒険者の養成所のことだ。

 入学するのに厳しい試験を通過する必要があり、その後も過酷だという。

 卒業生は優秀な冒険者になると言われているが、俺からすれば時間の無駄だ。

 前世では、俺より強い冒険者学校の卒業生などいなかった。


「学校にいかなくても、やる気があれば強くなれるものさ」


「なるほど、それでロックが使えないわけだ」


「おい!」


 ロクセットが吠えて、俺とセリーンは笑った。


 ◇


 王都に着くと、まずは冒険者ギルドに向かった。

 受付嬢に依頼書と魔石を納品して、報酬のお金を受け取る。


「魔石の数は30個でしたので、報酬は9万ゴールドになります! まさかこの短時間で30体も倒すとは! お見事です、ディウスさん!」


「今後もこの調子で頑張るよ」


 今回のクエストで、俺のレベルは7に上がった。

 レベルの基準はギルドが決めるのだが、この上昇は異例の措置だ。

 ランクが低いほど上がりやすいものの、それでも大体は1~2しか上がらない。


「おいおい、一気に6レベルも上がるのはヤバすぎだろ!」


「私たちの差が一気に縮まったね。明日には抜かれていそうだわ」


 ロクセットとセリーンもレベルが上がっていた。

 ただし、二人は1レベルアップの10で留まっている。


「さて、俺はこれで……」


 用が済んだので解散しようとする。

 しかし、ロクセットが「ちょっと待った!」と肩を掴んできた。


「助けてもらったのにお礼をせずに解散なんて許さないぜ!」


「お礼なら荷物持ちをしてもらったから十分だよ」


「いいや! 俺の気が済まねぇ! ご馳走させてくれよ!」


「メシか……悪くない提案だ。一人で食ってもつまらないしな」


「だろ!? セリーンもいいよな?」


「もちろん。たくましい新米さんにたっぷりお礼しないとね」


 セリーンは妖艶な笑みを浮かべ、舌なめずりをする。

 三つ上とは思えぬ色気に魅了されて、俺は思わずニヤついた。


「そうと決まれば酒場に行こう! 俺のオススメを教えてやるよ!」


「酒場って、もう酒を飲むつもりか? まだ16時だぞ」


「何言ってんだよ! クエストのあとは酒だろ!」


「ふふ、ディウスは真面目なのね」


「そういうものか」


 前世では、酒を飲むのは寝る前だけだった。

 それまではひたすら肉体や武芸を鍛えていたからだ。

 今にして思うと、俺もジークも何かに取り憑かれていたな。


 ◇


 ロクセットのオススメする酒場は、前世で利用したことのある店だった。

 冒険者ギルドから離れているため、周囲に冒険者の姿が殆どない。

 それ以外は他の酒場と大して変わらない店だ。

 しいて言うなら魚料理が豊富で美味しいということくらいか。


「おいディウス、何で肉ばっかり食ったんだよ! あの店は魚が旨いのに!」


「今日は肉の気分だったんだ」


「かぁー、本当お前はマイペースだなぁ!」


 酒場で四時間近く過ごした後、俺たちは宿屋に向かった。

 ロクセットとセリーンはどちらも顔が火照っている。

 かくいう俺も酔いが回っていた。

 ただ、三人とも酒に強いようで意識は鮮明だった。


「ここだ! ここが俺たちの宿屋だ!」


 酒場から出て数分で、ロクセットたちの宿屋に到着。

 彼らに誘われて、俺も今宵はこの宿で過ごすことにした。

 ベッドが空いているから一緒に使おう、とのことだ。


「たしかにベッドが余っている。それも二つ」


 ロクセットたちの部屋には四つのベッドがあった。

 その内の二つには使用感がある。

 安い部屋なのでベッドの間隔が狭かった。


「ほらディウス、リュックを置いたら外に行くぞ!」


 ロクセットは自身のベッドにリュックを投げ捨てた。

 槍はそっと壁に立てかける。


「また外に行くのか?」


「当たり前だろ! 夜はこれからだぜ! するとやることは決まってるだろ?」


「鍛錬か?」


「セックスだろ! 娼館に行ってヤりまくるんだよ!」


「なるほど」


 およそどこにでもいる典型的な冒険者の行動パターンだ。

 模範的とすら言える。


「もしかしてディウス、童貞なのか?」


「いや、幸いにも卒業したてだ」


「彼女?」と、セリーンが話に加わる。


「元彼女だ」


 レイナとの関係は村を発った時点で終わった。


「なら今はフリーなんだ」


「そんなことはどうでもいいんだよ! 童貞じゃないなら娼館にビビることもないだろ? ほら行くぞ!」


 ロクセットが腕を引っ張ってくるが、俺はその場から動かなかった。


「俺は遠慮しておこう」


「マジかよ! ディウスって何から何まで変わってるな! ま、無理強いはしないさ! 俺は一人でも行くぜ!」


 ロクセットは「じゃあな!」と出ていった。


「ふぅ」


 俺はリュックを床に置き、綺麗なベッドに腰を下ろした。


「どうして娼館に行かなかったの?」


 セリーンが尋ねてくる。

 彼女は俺の隣にある未使用のベッドに座った。

 こちらに体を向けて脚を組む。


「今日はそんな気分にならなかったんだ」


「彼女と別れたばかりだから?」


「そういうわけではない。どちらかというと経済的な都合かな」


「というと?」


「今はお金を貯めている最中だから。Fランクのスフィアが欲しくてね」


 村長のおかげで神聖武器自体は持っている。

 ただ、活用するにはFランクのスフィアが必要だ。


 Fランクのスフィアは適当な店で販売されている。

 しかし、価格は安くても数十万、基本は100万前後だ。

 9万ぽっちしか持っていない俺には、娼館で散財する余裕がなかった。


「性欲自体はあるんだよね?」


「まぁな」


「それなら――」


 セリーンは右脚を伸ばし、つま先で俺の太ももを撫でてきた。


「――その性欲、助けてもらったお礼に無料で発散させてあげるわ」

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