さらに戦う娘たち 4:愛(人)活(動)!

「前も思ったけど、あいかわらず寂しい部屋だね」

 コートとジャケットを脱いだ姿の唯月いつきが、直志なおしの私室を歩いて回りながらそう漏らした。

 赤穂あことの駆け引きの結果は朝までの同衾どうきんを譲るかわりに、先手を貰う結果となっている。

 なおもう一人の当事者の意思はまったく考慮されていない。

「いらん世話やわ、っちゅーか二度目やろ。なにを珍しそうに見物しとんねん」

「この前はほら、あれでおれも緊張してたし」

「『泣くまでヒィヒィ言わされるドキドキ初夜コース』土下座懇願のときか」

「言い方。あとそのコース、頼んだ覚えがないからね」

「ほぉん。で、今日は何のコースをご所望なんや」

「おまかせにしたらいけないことだけは、わかるかな」

 そっ気のない唯月の返事に布団にあぐらをかいた直志は頬杖をついて楽しげに喉を鳴らした。

「はぐらかすなや、どないすんのって聞いとんねん」

「……普通にしてくれればいいだろ」

「普通なぁ。おしかけセフレのムラムラ解消コースか?」

「心外なんだけどそれ。というか直志さ、呼んだらすぐ来いとか言っといて一度も呼んでくれないよね」

「そんなん言うたか?」

「死んでほしい……」

「おう、前科あんのがガチ声で言うなや。お前も忙しいやろ? これでも気ぃつかっとんねん」

「嘘くさいなあ……まぁいいよ、おれの希望に応えてくれるんだっけ?」

 不服そうな表情を浮かべながら、唯月はベルトに手をかけズボンを脱いだ。

 Yシャツだけの姿になって直志の前で膝立ちになると、両肩に手を置く。

「――なら愛人無責任孕ませコースがいいかな」

「そっちが心外じゃないんはどういうこっちゃねん」

「いいから、ほら脱がせてよ……ん」

 直志がシャツの下に潜らせた両手を腰に添えると、唯月は身を震わせて小さく声を漏らした。

 そのままゆっくりと手を上に滑らせていき、ブラジャーのホックを外すため背の方へと回ったところで、動きがぴたりと止まった。

「ん?」

「ふふ……」

 予想とは違う感触に困惑した直志が、唯月に目をやるとわずかに頬を上気させた彼女はいたずらが成功した子供のように笑う。

 シャツのまくれた下腹部に視線を移すと、光沢のある金色が目に入った。

「…………」

 無言で下からボタンに手をかけ、全てを外し終えるとシャツの前を大きく開く。

 白い肌の上に唯月が身につけていたのは下着ではなく、シャンパンゴールドのビキニだった。

「ええ……」

 それも彼女の豊かな曲線を描く体を覆うにはいかにも頼りない、品がないほどに面積が小さく派手な色合いのマイクロビキニである。

 灰と蒼の目を細めて唯月は笑う。

「おどろいた?」

「おう。お前すまし顔でこないスケベな水着を着とったんか……」

「前におれに着せたいって言ってただろ」

「ああ……ほな今度プールにでも連れてきゃええか?」

「それはいいかな。こんな姿、人には見せたくないし」

「今ボクの人権はく奪したか? なんちゅうことすんねん」

「バカ」

 言って唯月は少し身を屈ませて唇を重ねた。

「文脈を考えなよ、わかるだろ? それでどう、興奮する? ――きゃッ」

 腰をぐいと引き寄せられて、唯月は可愛らしい悲鳴をあげる。

 直志の腕におさまった水着姿の彼女は、身を強張らせながらも期待を隠しきれない表情をしていた。

 なぶるような笑みを口の端に浮かべた直志は、女の頬に手をあて親指で唇をゆっくりとなぞる。

「ん――」

 ごくり、と白い喉が鳴った。

「興奮しとんのはお前に見えるけどな。ホンマ、スケベな女やなぁ」

「でも直志は……そっちの方が、好きなんだろ」

 添えられた手に重さを預けるように首を傾げ、男の腕を愛おし気に撫でながら唯月は問い返す、

「さぁな、相手の趣味に合わせるだけかもしらんで?」

「それなら、それでもいいよ。これがおれの望みでも、いい。だから、おれを直志の好きにして……?」

 男の欲望を刺激する蕩けた声と表情でそう言って唯月は体の力を抜く。

 なるほど、自分が何をしに来たのかをよく理解している。

「悪ない誘い方やな、可愛かいらしところもあるやんけ」

「なら次は、直志の格好いいところも見せてよ」

「いやってほど体にわからせたる。まぁボクはだいたいいつも格好ええけどな?」

「――そうだね」


 §


「――ほな泊まるんやったらここ使うてくれてええし、客間も用意しとる。適当に頼んでええで」

 性交のあと、けだるげに布団に転がる唯月に向けて声をかけて直志は身支度を整える。

「わかった、ありがと」

「やからって部屋は荒らすなよ」

「そもそも荒らせるほどの物がないよね」

「あったらやるんかい」

「さあ? ――なんかさ、セックスが終わったあとに部屋に残していかれるのっていよいよ愛人みたいだね」

 小さく笑った唯月は質問には答えず、代わりにそんなことを口にした。

 もっとも表情は言葉の内容とは違い楽し気にも見える。

「さんざ自称しといていまさらなんやねん」

「そうだけど、そうじゃないんだよ、わからないかなぁ」

 ごろりと仰向けになりながら唯月は笑う。

 ヘタに機嫌を損ねることもないと、直志は肩をすくめて反論を避けた。

「ほな、次は朝までコースで呼んだるわ、それでええか唯月ちゃん」

「……本当にタラシなんだね、直志は」

「そこは素直に喜んどけや」

「わかった、次を楽しみに待ってるよ。ものわかりのいい愛人みたいにね」

「人聞き悪ぅ」

「事実だろ。そうでいて欲しいくせに、ズルいやつ」

「聞いた話、男の価値は抱いた女の数で決まるらしいで?」

「いつの時代だよ……それと直志、忘れ物」

「おん?」

「出ていく前に、することがあるだろ?」

「――ああな」

 目を閉じて唇を指でつつく愛人の望みに応えて直志は部屋を出た。

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