さらに戦う娘たち 3:VS葛道直志
『――正直、ダサいと思っとんねん。年寄り連中が銃火器にやいやい言いよんの。道具なんやから便利に使うたらええやん?』
ふといつだかに
『武器は武器でかわりあらへんのに刀や弓は良うて銃はアカンて。そのこだわりがあやかし退治でなんの役に立つねん、アホくさ』
本人は徒手空拳で戦う直志から武器の良し悪しを問うた中で出てきた言葉。
あれは彼の偽らざる心情であるとともに、従妹への多少の擁護も含まれていたのだろう。
思い出した時にはしかしすでに勝敗は決した後だった。
(撃たれたのか、私は)
四肢は焼けるような凍えるような曖昧な痛みに支配され、力がちゃんとこもるのは無事な左腕だけだった。
ちらりと
「誰か、手当て頼むわ――あぁ、すずりちゃん無理に立たんでええよ、横になっとき。赤穂ちゃん、弾は?」
「非致死性のゴム弾頭です。すずりさんも構えていましたし、貫通はしてません。こめた霊気で凍傷はあるかもしれませんが」
「聞いとった? ほな処置頼んだで」
「承知いたしました、代行」
運ばれてきた担架に支えられつつ横たわる。
敗者を置き去りに、周囲はてきぱきと行動を始めていた。
「ナオ
何を言おうとしたのか自分でも
「初見殺しにハメられる経験も早い方がええ。よその家やあやかし相手じゃまぁまず起きひん事態やし」
「うん」
「ただ、喧嘩売る相手はちゃんと見極めんとな。早死にするで」
「覚えておく……」
「すずり様、動かします。ご注意ください」
「ああ、お願いする」
担架を持ち上げようとする家人に頷き、体の力を抜いた。
鍛錬場の端へと運ばれながら顔だけで振り返ると、直志も赤穂ももはやこちらに注意を払ってはいなかった。
少しずつでも強くなったと、自分ではそう思っていた。
けれどそれは十分ではない。
まったく、十分ではなかった。
「く……」
いまだしびれの残る右手を強く握ってすずりは悔しさをかみ殺した。
§
「っし、ほな誰か赤穂ちゃんに加勢したって」
「いえ、結構です。一対一でお願いします、
「ほぉん……意味わかっとんの?」
直志と赤穂の間での格付けは済んでいない。
第一にそうする理由がなかったことはある。
同時に最後の切り札として残されていた側面もあった。
「はい、もちろん。パパにも大叔父さまにも了承いただいています」
万一、直志が葛道家に害成す存在となったとき、その抑えとなるべく期待されるのが師である大叔父
「従兄さんのご負担を減らすために、今後もわたしたち
だが
「政治かあ、面倒くさ」
「でしたらわたしに膝を折られますか? 対外的には多少難しくなりますが、それでも調整はできます」
「――言うてくれるやん」
「従兄さんをただ肯定するだけがわたしの役目ではありませんから」
「わぁったわぁった。ただ、どうせやんなら、もうちょい赤穂ちゃんが育ってからでもって思うただけ――いや、胸の話やのうてね?」
小首をかしげながら実りすぎるほど実った胸を真顔で持ち上げる赤穂に、この子どこまで本気なんや、と黒の指ぬきグローブをはめながら直志はぼやく。
強化繊維製のそれは対刃・難燃・防弾の効果がある。
あやかし相手であれば不要の、直志も普段は使わないものだ。
「そう言いながら、用意はされてるんですね」
「不服そうやね。万端用意があってさすがです、やないの?」
「わたしが従兄さんと事を構えると思われていたなら心外です」
「それこそ用意も重ねて今まさに事を構えながら言うセリフやないなあ」
とんとん、とつま先で地面を蹴って直志は鍛錬場の中央へと歩み出た。
自然体でそこへ立つと、気負いなく従妹を見つめる。
「ほないつでもおいで、赤穂ちゃん――ボクはやったで。キミはどないや?」
八年前、準備を重ねた上で直志は見事同世代の最強を倒してみせた。
聞きとがめた当事者、
「行きます」
すでに銃を構えていた赤穂は、ためらいなく引き金を引いた。
銃声は三。
構えから恐らく狙いは的の大きな胴。
直志はその一つをかわして二つを両の手で弾き、地面へそらせた。
赤穂は驚いた様子も無く、続けざまに四度の発砲音を響かせる。
それも前に突き出した右腕が円を描く動きで、すべてをつかみとった。
しかし娘はそれもわかっていたとばかりに動いている。
「――――!」
「張り合いないなあ。驚かせたろ思ったんに」
発砲とともに踏み込んできた従妹の顔を狙ってカウンターの前蹴りを放つ。
ボ、と聞くものの背筋を寒くさせるような空を蹴る音があがった。
「くッ……!」
すずり相手とは違い、赤穂は攻め手を全て投げ捨て地面を転がって逃れた。
そこにふっと影が落ちる。
「――!!」
一息の跳躍で間合いを潰した直志の全体重を乗せた両足スタンプを、赤穂は再びすんでのところで逃れた。
受け身を取って起き上がると娘は膝立ちで銃を連射する。
(――三、四、五っと)
直志はダンスのステップでも踏むような動きでかわしながらカウントした。
隠匿性のために銃身を短く詰めた赤穂の愛銃の諸元は頭に入っている、最大装填は十三発、残弾は一。
しかし赤穂はもう弾切れだと主張するように腰の警棒を抜き放った。
(健気やなあ)
打てる手はすべて打つ、そういう決意が見える演技だ。
今、
もっと時間があればもっと長く、自らを磨ける相手でいてくれただろうに――
「――――」
息を吐き、霊気を練る。
霊力が全身を巡り、その余剰分が雷となって体から放たれた。
雷の舌が地面を舐める度に、なにかが焦げる匂いがあたりに漂う。
「行くで」
そう声を発したときには、直志は間合いの内へと踏み込んでいる。
「――――――ッ!!」
疾風迅雷の一撃が狙うのは腹部。
数々の相手を
だからこそ人形めいた童顔を怖れに引きつらせながらも、ぎりぎりのところでかわすことができた。
「ほぉん?」
「――取りました」
否、それだけでなく両手の武器を投げすてて、掴みやすい直志の袖を取っている。
二人の身長差は約二十センチ、小柄なものが懐に潜り込むのはたやすい。
「ふッ!」
鋭く息を吐いた赤穂は右の足を直志の脇腹に引っかけると、そこを支えに左の脚を首を狩るように跳ね上げた。
飛びつき腕十字。
しかも関節を極めての
「――迅速果断やね」
賞賛を口にした直志が、その技を打ち破るために使ったのはごくぼく純粋な早さと力だった。
「ちょい
重い音を立てて、自由落下よりも早く赤穂の背が地面で跳ねる。
「!? ―――かはっ!」
赤穂が腕を引きこむよりも先に、膝をつき腕を振るうことで直志は袖をつかむ彼女を地面に叩きつけたのだ。
痛みと衝撃で拘束が緩んだところを逆に赤穂の襟元を掴んで持ち上げると、胸の高さで手を放した。
「赤穂ちゃん、腹筋」
「――――ッ!!!?」
軽い調子で告げたあと、摂理に従って落下をはじめた赤穂の腹に叩きつけるような勢いで右の足が振り下ろされる。
「がっ!!」
先ほどよりも鈍く重い音を立て、先ほどよりも低く赤穂の身が地面で跳ねた。
痛みに反りかえった従妹の腹を直志はそのまま更に踏みつけ、にじる。
「ッぎ!? ぁがぁぁああ――!!」
痛みに赤穂は娘らしからぬ獣めいた悲鳴をあげた。
さらにとどめの拳が振り下ろされようとしたところで、赤穂が弱弱しい仕草で両腕をあげる。
「――ご、降参、です、従兄さん」
「あいよ。お疲れさん」
血を吐くような声で言った従妹の顔の寸前でぴたりと拳を止めた直志は、気安く応じると背筋を伸ばして衣服を正しはじめる。
「まだまだやなあ」
壮絶な決着を見届けたものの多くが「人の心はないのか」と目で語っていた。
§
「――赤穂さんもやられちゃったか。でも二人は愛人四天王の中でもまだ二級、おれはそうはいかないよ」
「ダルい絡み方やめーや。だいたいオマエ、ついこないだ負けたばっかやんけ」
刀に手をやりながら近寄ってきた唯月に半目を向けると、彼女はにこにこと上機嫌だった。
「それはそれだろ。やっぱりいいよ、真剣勝負は。おれともどうだい?」
チキリ、とその手元で音が鳴る。
「鯉口切んな切んな。
本来、唯月ほどの実力者は鍛錬には願ってもない相手だ。
しかしすでに格付けは終えたあと、敗北が無いとなれば直志としてはイマイチ身が入らない。
このあとにまだ一仕事残ってるとなればなおさらだった。
「ん-……ならまたの機会を待とうか。残念だけど」
投げやりな気持ちで伝えた選択に、しばし考え込む様子をみせたあと唯月は刀を収めた。
「この色ボケは……」
それもまたかつては想像できなかった反応である。
嬉しいかと言えば正直微妙なところだった。
「従兄さん……」
「ん、どないした? 加減間違えたかいな、病院いくけ」
「いえ、大丈夫です。でもお腹は心配なので、ちゃんと子供が産めるか確かめさせてください」
「大丈夫そうやね、心配して損したわ」
「従兄さんはイケズです……
「ハイハイ」
腹部を押さえながら冗談を言う余裕はあるらしい従妹の言葉を聞き流す。
「絶対ですよ」
「わぁったて、信用ないなぁ」
実際、家中での順位を決定づけるためにそれは必要なことだった。
理解はできるが、だからこそイマイチ気乗りがしない。
「――待った、赤穂さん。おれが先約だよ。今日はそのために来たんだから、あとにしてもらえる?」
「ちょおボク予約受け付けた覚えないで。ほんで刀はしまえ、マジで」
「わたしも従兄さんにしていただく初めてのしつけなんです。ゆっくりと時間をかけて欲しいのは唯月さんにもおわかりいただけると思いますが」
「女性向けエロみたいな物言いやめへん?」
「そう言われてもね、おれだって暇じゃないところ時間を作ってきてるんだし」
「さっきと言うとること
「それは従兄さんだって同じことです。それにわたしは半年以上も離されていたんですよ?」
「まぁ原因、ほぼほぼ赤穂ちゃんの自業自得なんにゃけどな」
「直志、少し黙ってなよ」「従兄さん、茶々を入れるのはやめてください」
そう二人にさえぎられて直志は鼻白んだ。
「なんやこの理不尽な返し、悪夢か?」
「いや、当たり前すぎるくらいに当然だと思うが……」
いつのまにやら側に来ていたすずりが半目で言う。
表情にはまだ苦いものが混じっていたが、足取りはすでにしっかりとしていた。
「ボクんために争わんどいてーくらい言うたら良かった?」
「それも煽ってるだろう」
ぴしゃりと切って捨てると小さく咳払いする。
「ところでナオ兄? 二人のあとでいいから私も――」
「いやいや、冗談ポイやで。一晩に三人も相手するとかさすがに勘弁してや、人気の種牡馬やないんやから」
「私だけのけものとかこんなことが許されていいのか……? もうネトラレだろうこんなの……!」
「寝てから――寝とったわ。でもまぁある程度こういうときもあんのは予想してたはずやろ? セーフセーフ」
「アウトに決まってるだろうが……! もう少しこう、私に申し訳なさとか感じたらどうなんだ!?」
「つまりそんなボクの態度についに百年の恋も……?」
「冷めへんし絶対諦めへんっ!」
「ホンマ心の強い子ぉやなあ」
「だいたいなんや! ナオ兄はことあるごとにそれ引っ張り出して! ウチのこと迷惑やったらハッキリ言うたらええやんか!」
「いや、なんやこの先まぁだ相手増えそうな気ィするし、すずりちゃんがボクに自分だけ相手せえ思っとるんにゃったら傷浅いうちに解放したろ思て?」
「とーっくの昔に致命傷やダァホ! ええか? これからナオ兄が何人女増やそうがウチを嫁にだけは絶対してもらうからな!」
「男前やなあ」
力強い宣言に少々気圧されながら直志は苦笑する。
「正直なにがそこまですずりちゃんにそうさせるんか理解に苦しむわ」
「初恋かなえたい乙女の純情や! なんや文句あるんか!?」
「ないない、なーんもありません」
「うぅぅぅ……!」
噛みつかんばかりに顔を近づけるすずりに両手をあげて降参を示す。
「ま、それはそれとしてすずりちゃんとするんはまた今度な」
「ぐぅぅ……私が、私が一番最初に抱かれたのに……!!」
「いやこの三人やったら赤穂ちゃんの初体験が
「…………」
ダメ押しの言葉に、ちーんと効果音が出そうな勢いですずりはぴたりと動きを止めた。
「よーしよし」
少々乱暴な手つきで頭を撫でると、少女は恨めし気な半目になる。
「落として上げる、DV男の手口……」
「ほなやめとこか」
「イヤや。ウチがもうええ言うまで撫でといて」
「ハイハイっと――お、話終わったん?」
気づけば従妹と幼馴染は言い争うのをやめて、湿度の高い視線をこちらへと向けていた。
「すずりさん、抜け駆けは少しずるくないかな? ただでさえ一緒にいる時間も長いのにさ」
「従兄さん。茶々は入れないでくださいとは言いましたが、それはその間に別の人とイチャイチャしてくださいという意味ではないんです」
「だいぶ面倒くさいなこの人たち……」
「すずりちゃんがそれ言うんはもうギャグやない?」
「どういう意味だ!?」
「そういう意味やで」
これ、まとめてぶちのめしたら静かになるんかな――
頭をよぎった考えを三人相手は分が悪いと、直志はため息とともに振り払った。
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