葛道赤穂の帰還 3:近辺より友来る、ありがたがれや
兵庫、
関西
神戸市内に本拠を構える由緒正しき社家の一族であり、数ある退魔師の中でも術式の
そうしてその神部家における当代最高の術者が、当主の甥である一級退魔師神部
その彼が幼少からの住まいとする古い洋館を、勝手知ったる様子で
そうして主人の私室へたどり着くとノックもそこそこにドアを開いた。
「おう山桜桃、調子はどないや」
「――今まさに
ベッドで上体を起こし読書をしていた寝間着姿の青年が、直志に視線を向けながら高く作った声で言った。
インナーにピンクをさしたプラチナブロンドの長髪が不自然にならない彫りが深く尖りのある西洋的な顔立ち。
くわえて直志を越える百九十センチ超の長身、それもきわめて均整の取れた肉体美を誇る傑作彫刻のごとき体形を誇る美丈夫だ。
威容に反した
そしてまた異性装を好み、
品格に注文が挟まることの多い
「さよけ、元気そうでなによりや」
「ちゃんと聞いてたぁ?」
「聞いとる聞いとる。ほい土産、なんやお高いくだもん詰め合わせ」
「あらぁ、ナオにしちゃ無難なチョイスじゃない」
サイドボードに果物の詰まったカゴを置き、直志は椅子に腰かける。
「ボクは551でええやろ言うたんにゃけど、
「あぁ、あの
「白々しいわぁ、どうせ聞いとんのやろ。ついでに弟の方の行方も教えてくれたらめっちゃ感謝したるで」
「お生憎、コッチの網にもかかってないわよぉ。まぁ、十中八九新潟で抑えてるんでしょうけど」
「せやろな――んで具合、良うないんか?」
「別にぃ、深刻じゃないわよ。周りが大げさなの。アンタも知ってるでしょ」
「そら日頃の行いやろなあ」
「それならナオがピンピンしてるのはおかしいじゃないのぉ」
「なに言うてんねや、ボクほど
「それを自分で言うのがねぇ。お見舞いに来たんだか自慢しに来たんだか」
「なんや、ご不満なら手作りのミックスジュースでも振舞ったろか」
「ソレ、素手で握り潰して作る気でしょお? やめてよきったないわねえ。適当になにか切って食べさせて」
「あいよ。
「お黙んなさい」
「へいへい」
控えていた神部家の使用人から皿とナイフを受け取った直志は、ナシを手に取ると指先でくるくると回して器用に皮をむいていく。
「意外、アンタそんなこともできたのねぇ」
「あやかしの生皮はがすのに比べりゃなんも難しいことあらへんやろ」
「言い方。食欲なくすような話しないでくれるぅ?」
ハイハイと聞き流して、直志は手際よく切り分けたナシを差し出した。
「で、実際どうなんや」
「実際も何も本当にただの風邪よ、風邪。最近表に出てないのは単にアタシが出るほどの仕事がないだけ」
「さよけ。ならええんにゃけどな」
「――ナオ、アンタ少し変わった?」
「おん? そら『男子三日合わざれば』言うやろ。ボクはここ二か月で二体も大妖とやっとんのや。変わらん方がおかしいわ」
「そう、かもしれないわねえ――でもそこは素直にアタシのことが心配だとか寂しかったとか言ってみたらぁ?」
「アホか。まぁお前にまで引っ込まれたら仕事量えぐなるんは心配やけどな」
「もうちょっと上手く人を使いなさいよ、手が足りないことはないんでしょお?」
「その辺はおいおいな、幸い戦力にゃ
「ふぅん? まぁ
「大叔父の話じゃ
皿からナシを一切れ自分の口に放り込んで、直志は満足げに頷いた。
「あとな、ボクも
「なぁにアタシの体が目当てってわけぇ?」
「お前が巨乳美女になったら考えたるわ」
「おバカ」
「おう、アホはええけどバカはやめえや」
「そもそもアタシとしてはアンタの相手なんて疲れること、調子がいい時でも遠慮したいんだけどぉ」
「ええこっちゃ、そんだけ効果的ってことやな」
「徳島なら日帰りでもいけるでしょお、
四国最強の一級退魔師、黒須
だからこその山桜桃の言葉だったが、提案された側の表情は渋かった。
「珠ちゃんなあ、こないだちょい怒らせてもうてん」
「何したのよ、セクハラ? やめなさいよねぇ」
「違うわアホ。ただなぁ、正直心当たりあらへんねん。見当違いの謝罪になった日にゃ余計こじれんのわかりきっとるし」
「どうせデリカシーのない真似したんでしょ、一回くらい刺されといたらぁ?」
「刺されるどころかこないだ
「――ちょっとそれ、言っちゃっていいの? 葛道の代行殿」
声のトーンを落とした山桜桃の言葉を、直志は手を振って否定する。
「かまへんわ。大体んところはつかんどんのやろ? そもそもヨソさんにゃ価値も意味もない話や」
「
「いちいち他人の機嫌うかがわにゃアカンとか弱いんは悲しいこっちゃなあ」
ハァとため息を吐いて山桜桃はかぶりを振った。
「ナオ。どっかで滋賀から貸しを取り立てなさい。それで向こうも少しは気が楽になるでしょ。あんまり追い詰めてもいいことないわよ」
「おう、ほな琵琶湖取り上げて隣の気取った府民ごと泣かしたろ」
「そこまでやれって言ってないわよ、おバカ」
「ただの冗談やんけ、口の悪いやっちゃなあ」
「アタシの口が悪いとしたら多分誰かさんのが移ったせいねぇ――あぁ、そうだ。そう言えばいつだかの貸し。今度返してもらっていいかしらぁ」
「ええけど、なにさせる気ィかは先に言うとけよ。準備ってもんがあるんや」
「さっきアタシをいきなり修行につきあわせようとしといてソレぇ? アンタならいつでも準備ができてることだから平気よぉ」
「ほぉん、ほな誰を泣かしたればええん?」
「泣かしてほしいわけじゃないけど。大妖を討伐したその力、アタシの部下に見せてもらえるかしらぁ」
「そらかまへんけど、お前抜きでか? 意味あんの?」
「その辺の説明は本人にさせるわ――じい、
「――失礼いたします」
少し声を張った山桜桃の呼びかけへの返事は待ち構えていたように即座だった。
実際に扉の側に控えていたのだろうダークスーツを着た白髪の壮年男性と金髪の若い女性が姿を現す。
二人とも主人同様に日本人の典型からは外れる彫りの深い西洋風の顔立ちだった。
「お久しぶりでございます、直志様」
折り目正しい礼をする男に続いて、女性も頭を下げる。
「ああこらどうも。ご無沙汰しとります、
石動
理知的で落ち着いた外見に反していかつい名前を持つ山桜桃の守役は、
「そちらのお嬢さんは? なんや石動さんにどことなーく似てはりますけど――もしかして隠し子で?」
「いえ、妹の末の娘でございます」
「なんや、おもんな」
「坊ちゃまと同じことをおっしゃいますね。杏奈、ご挨拶を」
「お初にお目にかかります、葛道様。イグナチェワ石動杏奈と申します」
「こらまた厳つい名字やなあ、スラヴ系やんな?」
「はい、父がロシア出身です」
一見して堅実、隙は無い。
しかし当然だが歴戦の伯父ほどではないし――その割に強すぎる自負が見え隠れしている。
(なるほど、こりゃ
「実は私そろそろ代替わりを考えておりまして、直志様には杏奈の指揮による衛士隊を見ていただければと――」
「ほぉん? まだまだお元気そうやけど……うまいことやったやんけ山桜桃」
「変なかんぐりやめてくんなぁい? じいの推薦を受けただけよ」
「ホンマかぁ?」
「あのねぇ。それを言うならアンタの方こそ
「すずりちゃん以外はボクが選んだわけやあらへんし。それこそお前が言うたやないか、人を上手に使えて。ならまずは使えるもんを増やさんとな」
「ふぅん?」
「であればぜひ、我らにもその機会をたまわりたく……」
「杏奈」
主人と友人の会話に割って入った姪を伯父がたしなめる。
「は、失礼いたしました」
数十年前ならいざ知らず、現代においては致命的な失態ではない――非礼であることに変わりはないが。
友人の口元に苦い笑みが浮かぶのを見て、直志は肩をすくめる。
「ま、やり合うんは構へんよ。
「ありがたく胸をお借りします。のちほど日取りのご相談をさせていただければ」
「あぁ詳しい話は家にお願いしますわ。従妹がボクの予定組んでくれとるはずやからそっちに」
「かしこまりました」
「よろしくお願いいたします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。