邂逅編 5:塔の上のシンデレラ
「わぁ――」
思わず、と言った風にすずりが感嘆の声を漏らす。
部屋の大きな窓ガラスには、大阪梅田の夜景がいっぱいに広がっていた。
「お気に召してもらえたみたいやね」
「うん。ほらナオ
ハイハイ、とガラスに顔を張り付かさんばかりのすずりに招かれて、直志も窓際へ足を進める。
高所恐怖症のものならば腰が引けてしまうこと必至の絶景だった。
そしてこの光景の中で今しも葛道・紫雲両家の退魔師が、人々の眠りを守るために動いているのだろう。
もっとも直志の興味はそうそうにそれらの光景よりも、年相応に瞳を輝かせるすずりの横顔へと移っていた。
「――なんだ?」
ガラスに映った彼女がそれに気づいて振り向く。
声には照れ交じりの棘があった。
「いや、素直に喜んでくれて
「悪かったな、子供で」
「あらら、ヒネてもうて。褒めとんのやから素直に受け取ったらええやろ」
「誰のせいだと、ぁ――」
頬を膨らませる彼女の顎に手を当て、顔を上向かせて短いキスをした。
離れ際に唇を舐めてやると、すずりの顔がぱっと朱に染まる。
「……っ、手慣れすぎやろ。この女ったらし」
「ちゃあんと雰囲気作ったんに。なにが気に入らんのん?」
「なんだか負けた気がするんだ」
「すずりちゃんは一体何と戦っとるんやろなぁ……」
「だって年上彼氏のエスコートで高級レストランでディナーして、そのままホテルでお泊まりデートとか友達に聞かせても絶対信じられないレベルだろう!」
「それのなんが悪いんかわからんわ。そもそもキミのお友達もええとこのお嬢さんやろ? 年上男とホテルなんて珍しいことでもないんちゃう」
「ナオ兄のお嬢様像はどうなってるんだ……?」
「それとボク、別にすずりちゃんの彼氏
「友達に話す時にちょい盛るくらいええやんか、ドケチ!」
「のちのち自分の首締めるパターンや思うけど、そないしとるから作り話や思われるんちゃう?」
「それでも、盛りたいデートがあるんだ……!」
「はぁ、女の子も大変やなあ」
「だが確かに作り話だと思われるのも面白くないな」
「ほな証拠にホテルの領収書でも持ってく? さすがに作り話のために用意できるもんやないやろ」
「そこまで生々しいのはちょっと……そうだな、二人で夜景を後ろに自撮りくらいで十分だろう」
「そっちの方が生々しゅうない? あ、あとボク撮影NGやねん。ゴメンなぁ」
「なんでだ!? いつから芸能人になった!?」
「んにゃ呪詛対策。今のご時世どっから漏れるかわかったもんやないやろ」
「くぅっ……! あ、待った。でもナオ兄はたまにキタやらミナミで謎の和服長身イケメン見かけたってSNSにあがってるから今更だろう?」
「待って、なにそれ初耳なんにゃけど」
「え、知らないのか? 多分、移動中か見回りの時だと思うが……」
二人してベッドに腰かけ、すずりがスマホでSNSの話題をまとめるアプリを起動する。
そこには顔を正面からはっきりと捉えたものこそないが、確かに葛道直志とわかる人物の画像が並んでいた。
なんなら尺は短いが動画さえ存在している。
「うっわホンマや、深刻な肖像権の侵害やんけこんなん。呪ったろ」
「判断が早すぎる……! 殺すなよ!?」
「退魔師が一般人に手ぇかけてどないすんの。ちょっとお腹イタイイタイにするくらいやって」
「それはそれで問題があるが……」
「一週間くらい」
「それは長すぎだろう!?」
「どうせ因果バレへんし」
ネットのモラルはどうなっているのかと嘆きつつ自らも倫理観皆無の報復を練る。
ついでに陰陽寮のサイバー対策室へもろもろの対応を依頼しておく。
「んで、すずりちゃんはコレ知ってて黙ってたん? ひどない?」
「い、いや、別にそう言うわけじゃない。そこまで顔の見える画像じゃないし、そちらの家の誰かは気づいてると思ってたし……」
「それもそうやね、誰も知らんってのは考えにくいわ。こらちょっと監査&粛清が必要か、ええ引き締めになるわ。おおきにな、すずりちゃん」
「ああぁあぁぁぁぁぁ……! すまない、家人の方……!」
「別にすずりちゃんが謝ることやなくない?」
「いや、だって多分これを見つけているとしたら比較的若い人だろう?」
「せやね」
「で、報告をしない理由は多分ナオ兄の画像を見たかったからじゃないか?」
「そうなるんかなぁ」
家人が放置する理由は確かにそもそもが考えにくかった。
直志に隔意があるものならば偶然見つける、ということが考えにくい。
逆に近しいものならば、当然報告があってしかるべきだろう。
「じゃあそれがどんな動機で、どういう人かと言えば、多分若い女性が推し活みたいに見てたんだと思うんだが……」
であれば直志からは遠く、けれど好意的でネットに明るい――三級などの若年層、それも異性である可能性はなるほど確かに高かった。
「ははぁん」
すずりの分析はうなずけるものだ。
というより多分、彼女本人がそう考えているというのが正解か。
「――あぁ、でもそうなるとこれ
それよりは家中に改めて自身の方針を伝えて、報告を促すのが妥当なところか。
さすがに直志自身にエゴサにいそしむような暇はない。
「――――」
考え込んでいるとすずりが肩に体を預けて、袖をぐい、と引く。
見上げる目は、彼女以外のことに気を割きすぎだと雄弁に訴えていた。
その手からスマホを借りて、アプリを立ち上げインカメラに切り替えた。
「ほいすずりちゃん、わろてわろて」
「……むぅ」
直志本人にはどうにも
ぱしゃりとシャッター音のあと、胡散臭い笑みを浮かべたキツネ顔の青年とやや硬い笑みをした少女がスマホに表示された。
「――犯罪臭がひどいな」
「すずりちゃんがそれ言うん?」
直志自身も薄々感じていたことをはっきりと口にされて、さすがに笑みが苦いものになる。
「これ友達に送るためなんやってわかっとる? 自慢するどころかいよいよ『騙されてる、別れたほうがいい』の連呼になると思うんにゃけどええん?」
「ぐっ……」
「撮りなおそか?」
「……うん」
すずりも笑顔で写った二枚目は、犯罪臭こそ減ったものの騙されている感じはむしろ増していた。
§
「――すずりちゃんすずりちゃん、体はきれーに磨いてきた?」
「もちろんだが……なんでそんなことを聞くんだ?」
風呂上がりのバスローブ姿で髪を乾かしていたすずりは、唐突な問いに怪訝な表情を浮かべる。
「いや、はじめる前にキミの足の指からお尻の谷間までぜぇんぶ舐めるかキスしたろおもて?」
「じ、冗談だよな?」
「信じんでもええけど、嫌がってもやめへんよ?」
「~~~~ッ、な、なんでそんな発想ができるんだナオ兄は! 変態っ!」
「心外。いや、すずりちゃんが最近レディコミはまってるらしいから、なんや今までとは違う方向で辱めたろうかなって」
「なんで!? なんでばれてるんだ!? ダメだろう! ――い、いや、そうか、嘘だな!? また前みたいにカマをかけてるんだろう!?」
「紫雲さんとこのお手伝いさんが教えてくれてん」
「ああああああああああああああああ!!! ちょっとありそうなやつ!! 良かれと思ってとか教えそうな人が確かにいる……!」
「ちなみに、情報提供者についてはもちろん黙秘させてもらうで」
「うぅぅぅ、まさか、まさかこんな辱めを受けるなんて……」
「まぁどうしてもすずりちゃんがイヤや言うんやったらボクもやめたるけど。なんや思い出、欲しいんやなかった?」
「ナオ兄、あの、私本当にここまで色々された上で捨てられたら、さすがに泣くだけじゃすみそうにないんだが……?」
「刺される覚悟はしとくわ」
「違う、刺させない振る舞いをしてくれ……!」
重々しく言った直志にすずりが悲愴な声をあげる。
「ほなすずりちゃん、そこ座ってな」
「うぅぅぅぅ……本気でやるのか……?」
顔を真っ赤にしながらすずりがベッドに腰かけると、直志はその前にひざまずいて右足を手に取った。
「ひ……っ」
恭しいと言えるほどの丁重さで直志は、右足の人差し指に口をつける。
そのくすぐったい感触にすずりは背筋を大きく震わせた。
構わず男の唇は甲に動き、側面、そして足裏に舌を添わせてかかとへと動き、外のくるぶしにキスをしたあと、アキレス腱に軽く歯を立て、内側のくるぶしに強く吸い付いた。
「ナオ、兄……っ、へ、変だ、こんなの……! ひぃっ」
ふくらはぎに頬ずりして足首にキスを落とした直志が、そのまま脛を舐めあげる。
「――すずりちゃん脚長いなぁ、身長なんぼやっけ」
「ひゃ、百六十九……」
「あ、そんなもんなん? てっきり七十は超えとるかとおもったわ」
膝がしらに口づけながらそう言って、直志は脚を抱え上げた。
「ちょっ、きゃっ……!!」
体をひっくり返されそうな体勢で、下着が見えるほどの開脚を強いられたすずりが悲鳴を上げる。
「お、ピンク。今日は可愛ええの履いとるね」
「~~、ア、アホッ!」
それに構わず、直志は膝裏に顔を潜り込ませてひかがみを吸い上げた。
びくりと娘の体が大きく跳ねる。
「へ、変態っ! 変態! アホ! ナオ兄のスケベっ!」
「ぐえ」
ぐいと脚を下ろす動きに逆らわず、直志はわざとらしく悲鳴を上げる。
しかしすずりが押さえつけるために下ろした脚は、結果として男の顔を自らの股の間に導くことになった。
「ぁ……っ」
「あぁ、こっちにはよして欲しかったん? ほな――」
「な、ナオ兄、待って……」
意地悪く笑った直志の頭に、すずりの指が触れる。
男を押しとどめようとする動きは、震える声よりもなおか弱かった。
「下着、せっかく可愛いの選んだから――汚すのん、いやや」
「――ん、わぁった。ならその前に拝ませてもらおか」
健気な娘の訴えに、直志は彼にしては優しい声で了解を伝えた。
そのまま身を起こして、バスローブの帯に手をかけながらすずりをベッドに押し倒す。
「あ――」
仰向けになったすずりは、のしかかる直志の視線から口元を隠すように手の甲を当てて顔を横へと反らした。
前にかかったバスローブが左右に開かれ、ブラとショーツだけの姿が男の目にさらされる。
上下揃いのピンクの下着は、少し透け感のあるレースがあしらわれたもので、引き締まりながら女性らしさを残したすずりの体を、健康的な色気とともに可愛らしく飾っていた。
顔は横に向けたまま、すずりの目が横目で直志の反応をうかがう。
「うん。可愛ええんちゃう?」
「ホンマ?」
「ホンマホンマ。これ、わざわざ
「うん、今日のために、用意してん。興奮、する?」
「そらそうよ」
「えっちしたなった……?」
「もうなっとったけど、いっそうなったわ。心づくしに感謝やね」
「なんやそれ、もう」
アホ、と口元を隠したまますずりが笑う。
「ぁ――」
その腕を優しく引きはがして、頬にあてた手で正面を向かせて、直志は娘の顔を覗きこんだ。
「ええ?」
「ん、ええよ。でもその前に――」
キスと続けるより早く唇を重ねてきた男に身を任せ、すずりは体の力を抜いた。
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