邂逅編 3:まなざしよりも鋭い刃

「――そう言えば、今日は結局ここの存在を教えるのと私の鍛錬が目的だったのか?」

「んにゃ、すずりちゃん連れてきたんはついで・・・やね」

 あやかしを片付けて、返す刀で宣言通りに切りかかってきたすずりをいなしつつ直志なおしは首を横に振る。

 その眼前数センチを銀の刃がかすめていった。

「つまり私をだました意味はやはりなかったんだな……!?」

「まーたそれかいな、今楽しそうにしとるからええやん」

「してな――ぐっ!?」

 ぱん、ぱんと出そうとした足を払い、腕を払ってたいを崩すと転がせる。

 通路に仰向けになったすずりが恨めしげな眼をするのに笑みを返しながら、直志は手を伸ばして立ち上がらせた。

紫雲しうんさんに人出してくれって前々から頼まれてん。深部まで潜って欲しいんにゃと」

「深部?」

「未踏破の領域やね。ここ、ある程度の制御はできとるらしいけど、拡大が続いてん。ほんで沸きつぶし・・・・・ついでにマッピングもしよるわけや。ま、もしもの時考えて入れるんは二級以上やけど」

 規模に差はあれど同様の異空間はそれなりに見受けられるものだ。

 各地を結ぶ霊道の存在が最たるもので、多くは古来よりの神域、禁足地などに指定されている。

 関西で言えば京都は伏見稲荷千本鳥居のまさにただなかに、異界への横道・・が存在した。

「元々はここも毎回来る度に構造かわってたらしいわ、入り口のだだっ広いところあったやろ?」

「あの、端が暗くなっているところか。妙な気配だったな」

「そそ、あない感じの中に突然ぽつーんと通路が口開けててな。さすがにそのままやアカンっちゅうことでまずは入口固定してん。ほんで同じ要領でできる道できる道を固めてきたっちゅうわけや」

「何をどうしたのかはわからないが苦労したことだけはうかがえるな、しかし紫雲うちにそこまでの術者はいなかったと思うが……」

「そこはお父さんの上手いところやね。運用のデータやら実験場所やらを提供する代わりに、東に京都、陰陽寮本庁と方々ほうぼうから人と予算の両方引っ張ってきたんやと」

「ナオ兄の口から『お義父さん』だなんて……いい響きだな」

「ちいとは自覚が出てきたんかと思えばこの子はホンマ……ちょいお気楽すぎるやろ、一級目指してもろてんのそもそもキミの家のためなんやで?」

 まぁ実際には遠回りな直志の保身も兼ねてはいるが。

 しかしさっきは自覚が出てきたような発言があったかと思えばこれである。

(教えはどうなっとんねん、教えは――教師ボクか)

「まぁ弟が家を継ぐのは大分前から決まっているし、それなら私はただよく切れる一振りであればいいだろう」

「考え方尖りすぎやろ。すずりちゃんの嫁ぎ先には当然紫雲さんとのパイプ役期待されんのに実家の内情よう知らんとか白い目で見られるで?」

 もう少し父や弟を支えてやろうという姿勢があってもいいのではなかろうか。

 叔父に助けられ、従弟に脚を引っ張られている身としては、少々紫雲家に同情的に考えてしまう。

「ナオ兄は私よりここに詳しいようだし、葛道家以外に嫁ぐ予定はないから考える必要のないことだな」

「ええ……」

 そんな思いで口にした言葉を、すずりは文字通りに一言で切って捨てた。

 しかしここで食い下がるとまたぞろ責任追求がはじまるのは目に見えている。

「――ええと、ほんでまぁ、今日はまだ未踏破んとこまで行って安定させて来いっちゅう話やね。ボクなら簡単やけど、すずりちゃんに経験積んでもらお思て」

「話をそらしたな」

「してへんしてへん、っちゅうわけでこれが通路を安定さすための結界符な」

 言って直志は懐から神の束を取り出すとひらひらとかざす。

「しィッ!」

 そのを見計らってすずりの一刀が首を狙って唸った。

 さっと左の掌でそれを受け止めて、直志は眉をひそめる。

「――いやいや、仮にも惚れた男に対してためらいと脈絡なさすぎひん?」

「仮にも、じゃない。十年来、私は本気も本気だ」

「なお悪いわ、やってることがヤンデレやん」

「失礼だな、純愛だッ!」

「サイコパスの間違いやろ……」

 再開されたすずりの斬撃を時に受け、時にかわしつつ、直志は背走でダンジョンの奥へと進んでいく。

「それにッ、まだナオ兄に届かないのはわかっているつもりだ!」

「信頼おっも。うっかり派手に切られてみせたらどない顔するんやろ」

「悪趣味を越えた悪趣味だと思うが……そうだな、そのときはみっともなく取り乱して子供のようにギャン泣きするぞ」

「そないな脅迫の仕方ある? あんまボクとやんのも良うないんやけどなあ」

「ここまできて、今更予定キャンセルとか言われたら本当に泣くぞ!?」

「泣いてばっかやん。いや、今日の夜の話やのうて組手のほうな?」

「あ? あぁ……なんだ、紛らわしい。ナオ兄の言い方が悪いな」

「いや、そこは話の流れ的にわかるやろ。むしろなんで誤解すんねん、頭ん中ドピンクか?」

「ナオ兄が――ッ」

 だんという踏み込みとともにいつぞやの三段突きがくる。

「悪いっ!」

 しかしあの時よりも速く、鋭く、ためらいがない。

 教え子の確かな鍛錬の成果を我が身で体感するという皮肉に、直志の口元に皮肉な笑みが浮かぶ。

「濡れ衣もええとこやなぁ」

 初段、二段と身をひねってかわし、三段目は巻き落とすように刀身へ絡ませた左手で軌道を反らして外させた。

「く……っ!」

「雑」

 そうして刀が引き戻されるより早く踏み込みすずりの背の方へと追い抜くと、すれ違いざまに平手で強く尻を打った。

「いッ~~~~ッ!?」

 パァンと甲高い音の後、すずりの体が棒でも飲んだようにピンと伸びる。

「せっかく技を鍛えても見せ方がアカンわ。勢いで押し切ろうとするんは話だけにせんとな?」

 慌ててすずりが振り向こうとするよりはやく再び間合いをつめ、直志はガチ恋距離まで顔を寄せた。 

「んでま、こんな風に生涯アンダードッグのしつけ完了すずりちゃんは頑張ってもボクに勝てへんわけやん?」

 例によって意地悪く見える笑みを作って言うとすずりの背がのけぞった。

「い、言い方がひどすぎる……っ!」

 顔が近い、と口の中で呟きながらすずりは距離を離そうと飛びずさる。

「事実やろ」

 それをぴたりと吸い付くような距離を保って直志は追った。

 ダンジョン内を結構な速度で背走する娘と追う男、向きを入れ替えて再びの奇妙な並走がはじまる。

「ま、キミくらい気ィ強けりゃ平気かもしらんけど、勝てへんのが続くと人間どうしてもメンタルやられるやんか。なんで、ボクとばっかやんのはアカン言うてん」

「っ、意外だな、ナオ兄がそういうことに理解があるなんて……!」

「あ、あと三歩進んだら三十度右折な。なんかすずりちゃんの中でボク、完璧で無敵の偶像になってへん? そこまで規格外やないで」

 背走しながら攻撃の機会を作るのは難しい上に、どうしても単調になりすぎる。

 自然今度は直志が攻め、すずりが受ける形になった。

「いや、ちゃんと女たらしのクズ男だとも思ってるが」

「ほないつだかお友達も言うてたみたいに、さっさと目ェ覚ましてもろて」

「お断りだ……ぐっ!」

 刀で受けようとするのを全く気にせず、直志の拳が、蹴りがすずりの体に突き刺さる。

 それらは体に触れる直前で勢いを失い、それでも小さな痛みで本来はこれで決着しているということを伝えている。

 メンタルのケアを口にしながら、心を折りにいくような連打だった。

へんこ・・・やなぁ。ま、ボクはあくまで『関西一』や。今でも上はおるし、モノになるまではしんどい思いもしとるから、理解はあるつもりやで」

「その割には評判最悪じゃないか」

「雑魚は文句しか言えへんから雑魚なんよ。どのみちなんや言われたり組手で折れる程度なんはその後も期待できんわ。受け売りやけどな」

「ナオ兄の師匠は確か――」

義虎よしとら大叔父おじやね。じいさんの一番下の弟。いや習いはじめを思い出すと脂汗出るわ。あばら折られたんも一度や二度やないで」

「優しそうな方だと、記憶しているんだが」

 すずりが困惑したような表情を浮かべる。

「あぁ、あの爺さん自分ところが男ばっかやから女の子には甘いねん。赤穂あこちゃんなんか猫かわいがりがすぎて避けられとったからな。ザマァ見いや」

 直志が言って舌をだすのに、すずりは表情を微笑ましいものを見るようなものへと変えた。

「まぁ、ナオ兄が義虎さんを大好きなのはよくわかった」

 それを聞いてぴたりと直志の脚が止まった。

「っ、とと――ナオ兄?」

 慌ててすずりも背走をやめる。

 怪訝そうな彼女に、直志は渋い顔で告げた。

「心外。なにを言い出すんよ、すずりちゃん。やめてほしいわぁ」

「いや、でもそういう相手のときだけいつも口数が露骨に増えてるぞ」

「……マジで?」

「本当だ。特に當間とうま来島くるしまのご当主の話は顕著けんちょだが……あぁ、あとは山桜桃ゆすらさんもたまに聞いてないことまで話しているな」

「ええ……なんかしゃくやし、当分そこらへんの話題は自重しとこうかいな」

「いや、今さらそんなことをしても手遅れだと思うが」

「ああでもそしたら話納めに黒須くろすさんとこのたまちゃんが発見・・されたときの雪くんたちとの話してもええ?」

「私はそれをどんな気持ちで聞けばいいんだ……?」

 そうすずりはジト目で訴えるも、結局一時小休止になった。

 予想通り、直志の話は長かった。


 §


「あぁ、そうだナオ兄、今晩は泊まりとして明日の予定はどうなんだ? ちゃんと仕切りなおしで梅田デートしてくれても私は一向に構わないんだが?」

「あー、ごめんなぁ。明日はボク午後からちょい用事あんねん。つきあえんの朝食までやわ」

「……また女か」

「声ひっくぅ」

「違うとでも?」

「んにゃ、あっとるけどもやね」

「フン、前に言っていたもう一人の方か? いやいいんだ、きっとそっちが先約で私はまたついで・・・だろうからな」

「いややなぁ、すずりちゃん。ひがみっぽいんはらしゅうないで? ほら可愛かいらしいお顔が台無しやん」

「そういうのはいらない。どうせ私に可愛げはない」

「すっかりヘソ曲げてもうて……でもなんやすずりちゃんってボクの用事全部が全部女がらみや思うてへん?」

「違うのか?」

「いや、明日はそうなんにゃけど、ちゃう時もあんねんで」

「説得力がないな……」

「ひどない?」

「少しは自分を振り返ってみたらどうだ? じゃあ今決まってる予定で、女性がらみじゃないのはなにがあるんだ」

「ええっとな……」

 スマホの予定表を眺めることしばし、画面から顔をあげた直志は微笑んだ。

「引き分けってことにしとこか」

「この、浮気者――!」

「いやいや、本命不在なんやから浮気は成立しいへんって」

「だから私と三年後に結婚する話は!?」

「それ起算日が君の一級昇格からでまだ未定の予定やし……あぁ、待って待って。よう見たらちゃんとあったわ。ボランティアでゴミすくい・・・・・

「ボランティア? またずいぶんナオ兄には似合わない用事だな……しかもゴミ拾いじゃなくてゴミすくいなのか」

「せやで」

「貯水池の清掃とか?」

「んにゃ、高槻たかつきのあんじょうさんだかバンジョーさんだかんとこで出稽古やねん。そのままやったら儚く命を散らすだけのクソ雑魚のゴミどもに厳しい現実教えたって、のちのちの命をすくったる・・・・・わけやね」

「そんな民度のボランティアがあってたまるか……!」

「ほな稽古はつけたらんほうがええ?」

「いやそれはしたほうが絶対にいいんだろうが、高槻のなんとかじょう……あぁ、南条なんじょうのことか?」

「それ」

「いや、『それ』じゃなくて当主代行としてせめて向かう先の名前くらい覚えておいた方が良いだろう」

「現地にゃ表札あるやろし、そんなん誰かが覚えといてくれたらええやん。大事なんは鍛えたれるボクの実力あってこそやし」

「ナオ兄が人を使う立場なのは事実だが……そうか、南条のところにいくのか」

「お、なんや知り合いでもおるかんじ?」

「ああ、次女が二級退魔師で学園の同学年だ」

「へえ、有望株やん。ほな念入りにわらかせといたろ」

「ナオ兄……」

「身の程は早めに知っとった方がええんよ、キミも覚えがあるやろ?」

「ぐぅ」

「せやけどすずりちゃんのお友達ツレなんやったら挨拶くらいはしとこか。次女ちゃんのお名前は?」

「いや、友人というほどには親しくない。会えば挨拶くらいはするが……美人かどうかとか聞かなくていいのか?」

「え、そんなん稽古に関係ないやん。もしかしてボクが美人さんいたぶるのが好きとか思われとる? イヤやなぁ、そない趣味――」

 あらへんで、と言いかけて直志はここ最近のすずりと鬼との連戦を思い出す。そしてその際の昂揚こうようも。

「いや、案外それも楽しいかもしらんね」

「ナオ兄!?」

「ボクどっちか言うたら年上の美女が好きなんや思うてたけど、若くてもはねっかえりをしつけるんはそれはそれでおもむきある気がしてきたわ。おおきにな、すずりちゃん」

「私は今なにかとんでもない過ちを犯してしまった気がするんだが……」

「そない心配せんでも、弱いものいじめはしいへんで?」

「すでに傲慢さが隠せてないというか、ナオ兄だと基本弱い者いじめにしかならない気がするというか、あと他の女がしつけられるのもそれはそれでなんだか気に入らないというか……」

「すずりちゃんの乙女心複雑骨折してんなあ、だいじょぶそ?」

「もう駄目だぞ。確実にナオ兄のせいだが……む」

 半目で直志を追及していたすずりが、ふっと元来た通路の方へと目を向ける。

 気配が凪ぎ、警戒態勢になった切り替えの早さに直志は内心で笑みを浮かべる。

「人が、ついて来ていたようだが」

「ん、ちょい前からやね。誰や知らんけど、ボクらに用があるんにゃろ。まぁそうそうおかしなのんは入りこめんとこやし、ご対面といこか」

 やがてコツコツと靴音が通路に響きはじめる。

 曲がり角からあらわれた人物の姿に、すうっと直志は視線を険しくした。

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