邂逅編 2:われらがまもるべきところ

 投光器が照らす道を抜け、普通車二台がギリギリですれ違えるような幅の通路へと入る。

 おおよそ三メートルほどの高さの天井にはケーブルが這い、等間隔で取り付けられたライトが、土とも石とも違う不思議な質感の壁や床を照らしていた。

「しっかしすずりちゃんホンマにここ知らんやったんやね」

「どういう意味だ?」

 すでにいくつかの分岐を右へ、左へとよどみなく進みながら直志なおしが言うと、まだ表情に険が残るすずりは目を細くした。

「いや、場所うめだでわかるやろけど、ここの発見も管理を任されとんのも紫雲しうんさんとこなんや。やのに長女で、しかも二級のすずりちゃんが――」

 そこでわざとらしく直志は「あっ」と何かに気づいた表情をして言葉を切った。

「――言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ? ナオにい

「いや別に親不孝しとったもんなぁとか思うてへんで?」

「ハッキリ言ってるじゃないか! 私だってまさかこんな大事なことも教えてもらえないほど信用をなくしていたとは反省している……!」

「ボクにしつけられる事なったんは?」

「怪我の功名だったな」

「あんま反省しとるように聞こえんなあ。そもそもなんであないヤンチャしとったん? すずりちゃんのキャラやない気するけど」

「正直、あのころは振り返りたくないんだが」

「そない昔のことやないけど。認めたくないわけや、自分自身の若さゆえの過ちっちゅうやつを」

「まぁ、そんなところだ」

「ほんでなんで? 反抗期? まぁムズカシイお年頃やもんなぁ」

「結局聞くんじゃないか! いじめか!?」

「いや精神修行は大事やで? 一級になろうっちゅうんなら過去のやらかしいじられるくらい平然と流せんと」

「具体的には?」

「主に相手が原因で別れた元カノが復縁アピってきても笑顔でかわして世間話できるようなメンタルが必要やね」

「あぁぁぁぁぁ……! また、またそうやって気になる過去のにおわせ・・・・を……! 誰だ! どこの誰の話だッ!? いつの話だ!?」

「いややなぁすずりちゃん、ただのたとえ話やで?」

「嘘だッ! うぅぅぅ~、私が先に好きだったのに! どこの泥棒猫だ……!」

「でもそれ何の権利も義務も発生しやんやろ」

「ナオ兄は、私が最初に好きになったんじゃないか……! それを、後から取っていくなんてダメだろう……! そんなことが許されていいはずが……!」

「いうてボクちゃあんとキミの告白は断っとるし」

「ぐぅ」

「それも五回も」

「……」

 ち~ん、とか効果音が鳴りそうな様子ですずりがぐったりと壁に寄りかかる。

「お、ぐぅの音も出ぇへんごとなった」

「ナオ兄には人の心とかないのか……?」

「そこに(感じられ)ないなら、ないんやろね。ほんで、なんで? 聞いたら道場破りまがいのことまでしとったんやろ」

 はぁと深いため息をついたあと、目線はそらしたままですずりは口を開いた。

「……ナオ兄に、早く追いつきたかったんだ。有象無象のままでいたんじゃきっと視界にも入れてくれないだろうって」

「なるほどなぁ」

 それは実際に正しい分析だった。

 前世を思い出す前の葛道かずらみち直志にとって、紫雲すずりは「親戚で有望な退魔師の少女」という評価が全てだったからだ。

「無理やり聞き出しておいてなんだその軽い反応は……!」

「いやあ、この件に関してはなに言うても空虚やない? かといってボクが悪いかって言ったらそれもアレやし」

「健気に頑張っとったんやね、くらいは言ってくれてもいいじゃないか」

「目的がどうでも他人に迷惑かけるんはアカンやろ」

「ナオ兄のくせに正論を言う……!」

「ボクがいっつも間違うとるみたいに言うのやめてくれへん? お、すずりちゃん、話の途中やけどお出まし・・・・やで」

「何が……あぁ、なるほど」

 道の先、馴染んだあやかしの気配に気づいたらしいすずりは、それ以上聞き返すことなく飛び出していた。


 §


 地を這うように姿勢は低く、さながら放たれた猟犬の勢いで娘は駆ける。

 その先には通路の隅の闇から小さな人型が二つ、にじみ出るように姿をあらわしはじめていた。

「しィッ!」

 そこへ銀の光が二度閃く。

 悲鳴すら上げる間もなく左右と上下に両断された妖魔の骸が二つ、通路に転がる。

「――なるほど、ここはこのため・・・・か」

 それが再び影に溶け消えるのを油断なく見届けて、肩の力を抜く。

 一度刀を振り、納刀しながらすずりは納得するように一つ頷いた。

「お、なんやもうタネに気づいたん?」

「おそらく、あやかしの発生をここへ誘導しているんだろう? そういえば少し前からキタが静かだという話もあった」

「正っ解っ。どうも『ダンジョン』っちゅうのにそういうイメージがあるんやろね。細工する前からそない傾向にあったんを今はなんや術で補強しとるんやて」

「肝心のところが曖昧じゃないか?」

「そないご大層な術式、ボクの専門やあらへんもん。気になるんやったらキミのお父さんに聞いてや。今日連れてく許可はもろたし、教えてくれる思うで」

「私もそんなに興味は……いや、そうだな。家の仕事なら聞いておくべきか」

「周辺じゃ再開発やらで工事も年中やっとるし、ここを潰せんかったのはそこらへんもあるんやろね」

 工事や建設現場はどうしても事故とは無縁でいられない。

 だからこそ地鎮祭をはじめとして縁起を担ぎ、実際的な注意を促し、それでもなお起きる事故を、祟りだなどと超常的なものを絡めて考え――それが実際にあやかしを呼び込んでしまう。

 そういった小さなあやかしのもと・・となりうるものが、ここ梅田では地下のダンジョンに集められているわけだ。

「なるほどな――しィッ!」

 再び鯉口を切るやいなやすずりは抜き撃ちの胴薙ぎで、新たに湧いて出た妖魔を切って捨てる。

 なめらかな一連の動作には少しの迷いも見られなかった。

「んー、しかしこのためらいの無さ。すずりちゃんは人斬りとして幕末でもやってけそうやね」

「それは褒めてるのかけなしてるのか……」

「褒めてんで? 霊気の練り・・は早よなっとるし、出力も上がっとるやろ。自分ではどない?」

「――そうだな、確かに早く強くなっている気はする。正直、ナオ兄のところではほとんど基礎的な鍛錬しかしてないのに不思議なんだが」

「何事も地道が一番やで。ほんで時々実感・・を得る。練習はあくまで練習、実践したときに初めて身につくんや」

「ふむ」

「逆上がりやら二重飛びやら一度できたら次もできる思うやろ? ほんでそういう成長を実感できりゃ、次の伸びも当たり前んなる。それを繰り返していく――今日は主にそのためにきたわけや」

「なるほど、よく考えられた良いプランだな。一番最初にデートの勘違いを放置して乙女心を弄んでいなければな……!!」

「まーだ根に持っとる。ホテル連れて行くんでチャラになったんちゃうの?」

「それはそれ、これはこれだ!」

「めんどくさ。そもそもすずりちゃんもう乙女ちゃうやん」

「そういう問題でもないんだ……!」

「ほな夜に脚ガクガクいわして泣きだすくらい可愛がったればええ?」

「あの、ナオ兄が本気出すと怖いからやめてくれ。この前なんて本当に腰が無くなったかと……」

「おおげさやなあ、えっちで死ぬ子なんておらんやろ。ほな、すずりちゃんはどういうのをお望みなん」

「いや、正直夜のことは好きにしてもらった方が……不満なんて言っちゃいけないレベルの扱いをしてもらってるのは、友達に聞いてわかったし……」

「ええ、そんな話まで共有されとんの? 学生さんこっわ。こらもう人に話せんくらい辱めるしかないか?」

「やっ、いやだ! 今日はせっかく初デートでいいところのホテルなんだから、いつも以上に優しくお姫様扱いして一生の思い出にしてくれないといやだ!」

「まぁたずいぶん甘えた・・・なこと言うて」

 あと地味にデート認定されているが、ダンジョンでのあやかし退治がそれでいいのだろうかと思わないでもない。

「それくらい言わしてくれてもええやんかアホ! 人の初恋も処女も持っていって責任取ってへんのに!」

「ほーん? ほな思い出したら赤面して憎まれ口たたけへんくらい甘やかしたろ」

「そ、それはそれでちょっと……う、いや、でも……」

「残念、もうオーダー終了やで。ほら、またおかわり・・・・もきたし、ちゃっちゃと切り替えや」

「うぅぅぅ~……ナオ兄、これで責任取る気がないのは本当に酷くないか……? 私の男性観はもうズタボロだぞ……?」

「取らんとは言うてへんて。すずりちゃんが一級なって三年たつまでなーんもなければお嫁ちゃんにしたるし」

「何もないわけないだろこのモテ男! 女たらし! イタリア人!」

「それはイタリアさんへの差別やない?」

「なにがだ、管区指令まで口説いてたくせに! 人を心配させておいて裏で何をやってたんだ!?」

「あっれ、どっから漏れとんのやろ。代行のプライベート流出とか問題やで」

「そう思うんなら自重をしろ!」

「いや、あれはちゃうねん。話の流れっちゅうか、場を和ます冗談っちゅうか、大変な仕事におもむく自分へのご褒美みたいなな?」

「ご褒美が欲しいなら、私に言えばいいじゃないかッ! ナオ兄が望むなら、大抵のことには応える覚悟があるぞ!」

「男前やなあ。でも学生さんにあんま変なことさせんのもあれやし、紫雲さんの目もあるし……」

「管区指令とは変なことをする気なのか!?」

「ンモー、すーぐ言葉狩りしよる。今回は単にご飯一緒しただけやって」

「それはデートというのでは?」

「まぁ、そう言う見方もできるかも知らんね」

「そのままお泊りしてくるんだろう、その泥棒猫と……!」

「すずりちゃんすずりちゃん、ボク相手はともかく、よそさんのことそない悪う言うてまわったらあかんで?」

「ぐ……! それは、そうだが……!」

「そもそもご飯くらいで大げさやねん。学生さんだって買い食いしたりするやろ。コミュニケーションの一環やん。しかもディナーやのうてランチやで?」

「そ、そうだな。うちの学校は厳しいが、たしかにそう言う話は聞く……」

「そもそも顔も知らん間柄やのに初回からがっついたら上手くいくもんもいかへんわ、食事以降はまた次の機会やね」

「おい、やっぱりその言い方は下心があったんじゃないか?」

「未婚の若い男女なんやから健全やん? いや、あちらさんに恋人とかおったらボクも深入りはしいへんで? 寝取られものキライやし」

「ナオ兄に実質婚約者の私がいるだろう!?」

「実質て、まーた変なこと言いだしよったこの子」

「さっきお嫁ちゃんにしてくれる言うたやんかアホ!」

「その前の色んな仮定全部無視やんけ。ほらほら、次が来たで」

「なんでこう話の途中に都合悪く湧いてくるんだこいつらは……! いいか、これを片付けたらナオ兄の番だからな!」

「台詞が完全に悪役のそれなんよ。まぁ思うてたより歯ごたえない連中みたいやし、つきおうたってもええけど」

「言質は取ったからな! 首を洗って待っていろ……!」

「ボク相手でもそれ言えるんはホンマに感心するで」

 勇ましく切り込んでいくすずりを、直志は苦笑いを浮かべながら見送った。

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