これがボクの生きる道 2:はい、クズ確定。ぶっ殺されます

 結論から言えばもう無理だった。すでに手遅れだった。

 チェスや将棋でいうところの詰みに陥っていた。

 二十三年の年月は、人一人の評価を定めるには十二分な時間である。

 いまさら直志なおしが多少常識的な善人と振舞ったころで、他の人間はみな「裏で何かを企んでいるのでは?」としか見やしない。

 風評はもう固まりきっていた。

 今までじっくり積みあげてきた自業自得の結果である。

 やらないよりはマシと今後も地道な努力は続ける気だが、あまり大きな期待は持たない方が賢明だろう。

「はぁぁ~……」 

 そんな諦めとともにため息を吐きだす。

 葛道かずらみち直志の過去を振り返れば振り返るほど、周囲の扱いも当然なクズい振る舞いをしていたことが明らかになったからだ。

 例えば――

『弱い退魔師とか生きとる意味ないやん。なんでまだ息吸っとんの』(左)

『雑魚の名前なんていちいち覚えとらんわ。誰やねん』(遊)

『結果も出さんと努力だけ誇るってダサない? すごいなキミら。ボクやったら恥ずかしくてようできんわ』(中)

『死ね』(三)

『血筋だけはええんやし、もう次代に期待して子作りだけ専念しとこか』(一)

『こんだけ努力を無駄にできんのはある意味すごいわ』(右)

『便利な言い訳やね、才能って。持ってない言うわりに語るやん』(補)

『なんか勘違いしてへん? キミらにないんは退魔師としての気概やわ』(二)

『雑魚が気安う雪くん鉄くんを語んなや。ぶち殺すで』(投)

 以上、葛道直志の過去のクズ発言で打線組んでみた。

 これでよくまだ刺されてないな?

 そう思って更に記憶にもぐれば、もうすでに二回ほど刺されかけていた。もちろんどちらも返り討ちにしている。つよい。

 いや、一応どれも自分なりの事情と理由があって強い言葉を使っているのだが、悲しいかな他人から見ればそういうのはわからないものだ。

 というよりここまで表向きクズが極まってると、もうお約束関係なしに因果応報は必然ではと危ぶまれるレベルだった。

「考えれば考えるほど万事休しとるわ。なんやねん、これ」

 命の危機に比べれば些末事さまつごとだが、口からでる言葉全てがエセ関西弁で出力されることも憂鬱ゆううつだった。

 いや方言はそういうものだが何故エセなのか、そして相当に意識していないと勝手に悪意のあるニュアンスが追加されるのもやめてほしい。

 口は禍の元とはいうが、息をするように煽ったりイヤミを言うとかもうこれ呪いかなんかだろ。

「総じて九回裏スリーアウトってところやろか……」

 次の試合ではワンチャンが待っているかもしれない。

 来世の希望に切り替えていけ。

 そしてこの世界が仮にゲームなら、せめて悪役として葬られる事態だけはさけようと思っても、肝心のすり寄るべき主人公の名が思い出せなかった。

 確か主人公が敗北して犯される流れのはずだから、おそらく退魔師の女性なのだろうが、実力者なのか駆け出しかさえもわからない。

 ならばいっそ関わらないでいる方がマシでは? とも思うが、そもそもお約束はそういったことに一切関わりなく発生している。

 つまり現状は、世界の真実がなんであるにせよ指針の立てようもないのだった。

「……とりあえず、修行だけは続けとこか」

 不幸中の幸いとして、直志の退魔師としての力は折り紙付きだった。

 デカすぎる自負とつり合いが取れているかは微妙だが、業界でも上から数えた方が早い実力者であり、それも才能だけではなく努力と工夫の結果だ。

 どれだけ強かろうと過去に踏みにじったフラグをたてた相手に無様な負け方はするかもしれないが、それでも弱いよりはずっといいだろう。

 そう信じたい。

 なにせもうほかにすがるものもないのだ。

 己の強さだけを信じる悲しいモンスターとして生きていく覚悟を決めていると、部屋の前に人の気配を感じた。

 葛道邸はその伝統にふさわしい純和風の大きな屋敷だ。

 直志の部屋も西暦二〇〇〇年生まれの若者には少々不便で不似合いな、十二畳の落ちついた和室である。

「――失礼します、当主代行」

 内から外への雑多な音は術で遮断しているが、外からの音と意識した会話は素通しするようになっている。便利なものだ。

「はいはい、なんかいな?」

 ふすま向こうの家人の声にこたえながら、だらけていた姿勢を正す。

 このあたりが無意識でやれるあたり、毛色の良さはあるのだ。クズだが。

紫雲しうん家のご令嬢の件で、八家はっけの方々にお集まりいただきたいと連絡がありました」

 八家――関西八家は京都を除いた関西の一府四県の有力退魔師の集まりで、保守的な傾向の色濃い業界において強い影響力を有している。

 直志の認識としては多少の利害が絡む衝突はあれど、そこまでの暗闘はないはずだが、ゲームだったら内ゲバの主導的存在だろう。

 ははぁん、ここに属しているだけで詰み要素が一つ増えんね?

「はぁ、またかいな……わぁった、準備するわ。すぐうかがいます言うといて」

「は、かしこまりました」

 またしても気分を沈ませる気付きを得てしまったが、それでも当主代行としての仕事はこなさねばならない。

 まぁ考えるだけで気が滅入ってくる自分の未来を案じているよりも建設的だ。

 身支度を整えながら、葛道家と並び大阪を守る紫雲家の長女のことを思い出す。

「しっかし、すずりちゃんも懲りんなあ」

 親戚であり、幼いころから交流がある彼女は、直志が名前を記憶しているくらいには才能のある退魔師だった。


 §


「葛道当主代行、入られます」

 集会所の襖が開くと、部屋中の視線が一斉にあつまった。

 どうやら直志が最後の一人だったらしい。

 がらんとした大きな和室では向かって右手に二人の男女、左手に中年から初老までの男が六人と空いた座布団一つが非対称の列を作って向かいあっている。

 あまり建設的な話をしようという雰囲気ではなかった。

 右手に座った二人は苦々しい表情をした紫雲家の当主である中年男性、そのかたわらに彼の娘であり今日の召集の理由である紫雲すずりが控えている。

 彼女は学生の正装である制服姿で、一見しおらしく正座しているが、他家の当主たちを向こうにしてのそれはむしろ太々しい印象だった。

「どうも皆さん、お揃いで」 

 あれは全然こたえてへんな、と思いながら直志は空きの座布団にあぐらをかいた。

「おそなってすんません。ほんで、今日はすずりちゃんのことで召集や聞きましたけど。そろそろ婿でも決めよかって話です?」

「そんなはずがないだろう」

「あぁ、そちらやのうて紫雲さんに聞いとるんですわ。すんませんね」

 隣の男が厭味ったらしく言うのに、売られた喧嘩を買いたたくタイプの直志は侮蔑を隠そうともせず答えていた。

「な――――」

「双方、そこまで」

 部屋の左奥、一番上座に陣取った兵庫の塔院とういん家当主が重々しい声でそれを遮る。

 直志の記憶では、家格と振る舞いと年齢だけでその座を占めている男だ。

 退魔師としては精々が二流。当然、名前までは憶えていない。

「は、申し訳ない」

 恐縮している隣をよそに直志は返事さえしなかった。内心で舌を出している。

 塔院家当主はそれには触れない。目端の利かぬものならば、あるいは度量のあらわれととるかもしれない。

 そういう振り・・だけは巧みな男だった。

「紫雲殿、よろしいか」 

「はっ、皆様方には度々ウチの不出来な娘のことでご足労をおかけして、まことに申し訳なく――」

(はン、よぉ言うわ)

 学生の身ですでに父と同じ二級退魔師の娘を捕まえて不出来とは。

 話半分に聞きながら、すずりを見る。

 直接顔を合わせるのは半年ぶりくらいになるだろうか、その間にぐっと大人びた印象の彼女は正統派の美人顔で、今時の娘にしては化粧っ気が薄い。

 背は高く、男にしては小柄な部類の父親とそう変わらなかった。

 長い黒髪を高い位置でリボンで結びポニーテールにして、背筋を伸ばして正座している姿が実に絵になっている。

 可愛い綺麗よりも凛々しいという表現がしっくりくる娘だった。

 ちなみに直志の好みからすると少々若すぎる。

 そうやって観察していると、ふと視線があった。

 おそらく軽薄に見えるだろう笑みを浮かべ、ひらひらと手を振れば静かに目礼がかえってくる。

 まず間違いなく、直志をのぞけば一番落ち着いているのは彼女だろう。

 そんなところもここにいる連中は面白くないのだろうが。

 そうして他の当主たちが彼女をやり玉に挙げていったところには、命令不服従、独断専行はまぁわかるとして、はては年長者への敬意を欠いた振る舞い――日常ではいざ知らず臨機応変が求められる退魔師の現場でなにを血迷ったことを、と呆れてしまう内容だった。馬鹿々々しい。

「――ハッ」

 気づけば内心が実際に笑いとして漏れていた。

 部屋に一瞬の静寂が訪れる、幾人かはぎょっとした表情で直志を見ている。

 最たるところはすずりの父だ。

 こうなっては仕方ない、と直志は口を開いた。

「怒らんといてくださいね。八家のご当主がそろいもそろってアホみたいやないですか。たかがはねっかえり・・・・・・一人の処遇でああやこうやと大げさに」

「なにっ!」

「無礼な……!」

「まぁまぁ落ち着かれよ、皆様方。もちろんそう言うからには、葛道殿には考えがあるのだろう」

 乗ってきたのは、やはり塔院家の当主だった。

 話をまとめた体にされるのは業腹だが、まぁいつものことでもある。

「別に難しいことやのうて二級退魔師がなんで二級なんか、手っ取り早くボクが体にわからせたりますわ。そしたらちっとは聞きわけもようなるでしょ」

「――なるほど」

 退魔師の私闘は表向きには禁じられている。

 しかし結局のところ力を頼るものには、力で説くのが手っ取り早い。

 才能ある若い退魔師が手痛い失敗をする前に、訓練の名目で年長者が鼻をへし折っておくのは恒例行事めいていた。

 もっともそれを男女でとなれば、少々別の意味も加わる。

「それですずりちゃんがボクを越える目がなくなるんは授業料ってことで」

 なぜなら一対一の本気の決闘で異性の術者に敗れたものが、以降にその力関係をくつがえせた例がほとんどないからだ。

 それこそ敗者が当代一と呼ばれるほどに長じても、並の術者どまりのかつての勝者にだけは勝てなかったことさえある。

「まぁ、元々うっすい可能性やし、大した問題やないでしょ」

「いや、しかしそんな乱暴な――」

 そのある種の呪いとも思える現象の理由はわかっていない。

 俗説では相手との関係を自らがのつがいとして、本能に刻まれるためだと言われている。

 事実、対決後に性交をともなった例では逆転は皆無だ。

 そのために因縁のある家や男女が結びつく際に、遺恨を残さぬための婚前決闘さえ行われている。

「わかりました。私は、それで構いません」

 それをわかっているのかいないのか、制服姿の少女は涼しい顔で承諾した。

「必要だというなら、その後のしつけ・・・も受け入れましょう」

「すずり! 何を勝手なことを、お前がそれを決められる立場だと思っているのか――!」

 それは男親として当然の心配とともに、当主として紫雲家に出た有力退魔師が未熟なままに他家との序列を決められることを避けたい打算もあっただろう。

 だが、だからこそ仕置きとしての意味がある。

 すずり当人の意図はあやしいところだが、あるいはそんな父への反発だろうか。

「ええ覚悟やね。ほな一応、他になんや案はあります?」

 取り乱すすずりの父を無視して、直志が上座へ視線を向ける。

「ど、どなたか……なにか……」

 顔中に汗をかいた紫雲家当主の救いを求めるような視線を、上座の男をふくめて六人の当主たちは黙殺した。

 直志への同意はないが、異論の声もまた皆無。

 葛道が言い出したことだ、これでどう転ぼうとも責任をとるのもまた彼――そんな姿勢を示す意味もあっただろう。

「決まりのようだな」

 元々が娘を抑えられなかったことで設けられた場だ。

 例によって塔院家の当主が流れをまとめてしまえば、もはや反対することはできなかった。

「わかった。娘の処遇は葛道の当主代行殿にお任せする……」

 がっくりと肩を落として、紫雲家当主は頭をさげた。

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