過酷なエロゲ世界でキツネ顔の関西弁な性悪男はどないすりゃええですか?
小宮地千々
第一章 関西騒擾夜
これがボクの生きる道 1:あふれだす存在する記憶
「嘘、やろ……?」
西の名門退魔師
同じ日本、同じ西暦、元号こそ礼和と令和の違いはあるが、たどってきた歴史もほぼ同じ――しかし退魔師もあやかしもいない、超常の力はただ伝承とフィクションの中でのみ存在する、そんな平和な世界で生きた記憶が。
幼いころから厳しい鍛錬に日々打ち込み、十歳を前に妖魔とそして生き物とを殺めることになった直志からすれば、それはある意味で羨ましく、しかしそれ以上にうとましいものだった。
そんな記憶が増えたところで、国家護持と民草の守り人として身を捧げてきた今までとこれからに変わりがあるわけではない。
直志が退魔師として生きる決意を鈍らせるほどのなにがあるわけでもなかった。
本来であればわずらわしい余分な荷物、それだけに過ぎない。
ただ、一点。
「――これ、凌辱エロゲの世界やない?」
礼和という元号、現代まで存在する陰陽寮、あやかし、退魔師――それらの要素から連想されるネットミームで有名なゲームタイトル。
「こんなんボク、かませにされるか途中退場するのが相場やんけ……!」
そしてその懸念が正しければ
§
葛道直志、二十三歳。独身。
大阪の名門葛道家の
その血筋から期待された通りの力を持って生まれ、望まれた通りにそれを開花させたエリート中のエリート。
近い世代で他家に最高傑作や突然変異と呼ばれる傑物が出たために、若手に限っても日本で最強とは呼ばれないが、地元関西においてはその名を冠される。
それが葛道直志という男だった。
ただし人間性まで含めた評価になると、途端に芳しくない。
環境と力に恵まれたためか弱者への共感を欠き、また退魔師としてのストイックさが他者の失敗を怠慢、惰弱さからのものと断じることさえあった。
率直さを好む生来の性質は良家の教育と最悪の相乗効果を生んで、その慇懃無礼な振る舞いを才気と若さが産んだ傲慢と見るものは多い。
そしてそれらが全て邪推かといえばそうではなかった。
葛道直志は退魔師として強さを求める気持ちと義務を遂行する意思こそ真摯だったが、それと傲慢でイヤミなクズ男であることは矛盾なく両立可能なのだ。
整ってはいるが冷たく皮肉気な印象を与えるキツネ顔や、枯草色の髪に色白の肌、細身の長身といった外見も、更に悪い印象を補強している。
つまり直志は「ちょっと胡散臭い雰囲気で性格のクズいイヤミな実力者」というフィクションの世界ならば序盤でヘイトを集めるやられ役か、味方サイドでもイキらせた挙句に
それにくわえて今ひとつの可能性がにわかに浮かび上がってきている。
この世界がとにかく「お約束」に忠実な、とある現代伝奇風凌辱エロゲーのそれと同じなのではないかという可能性だ。
ヒントは
すなわち権力を求め互いの有力者を潰しあう地獄みたいな内ゲバに明け暮れる陰陽寮と各家の上層部、その影響もあってろくな支援もなく脳筋ゴリ押しムーブを繰り返して危機に陥る主人公たち末端の退魔師を
特に退魔師の殉職率と、あやかしによる強姦被害はもうそういうジャンルでしかありえないくらいに高い。
ゲームの内ゲバは組織が成り立っているのが不思議なレベルと聞くので、現状は全然マシだが予断は許されない。
さらにあやかしに関することを除いても、今生で「創作上のお約束」にはよくよく遭遇した覚えがあった。
十字路で出会い頭にぶつかる若い男女を見かけたのは一度ではないし、父母と離れ一人暮らしをする中高生も珍しくない。
アイドル扱いされる女生徒はどこの学校にも一人はいたし、部屋まで起こしに来る世話焼きな幼馴染をもつ知人さえも実在する。
若手ナンバーワンの退魔師が義妹と従妹に迫られている醜聞も、そういえばさして驚かれることもなく受け入れられたものだ。
それらは平和な日本の常識ではちょっと聞くことがなかった。
仮に実は起こっていたとしても、そうそう他人に知られるものではないはずだ。
そして「お約束」が存在するのなら、今までイキってきた葛道直志が痛い目を見る蓋然性は非常に高いと思われる。
そもそもを言えば、名前の字面からしてよろしくない。
姓はどうしようもないし、名にしても父母の真っ当な考えでつけられたのだろうが、今となってはなにかの暗示に思えてならなかった。
お前そういうポジションだから! という運命の熱烈なアピールでは? 明らかに
なんとかせねばならなかった。
具体的にはそう、生き方を少しでも変えるのだ。
明日から、いや、今すぐにでも――
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