第25話 こういう相手こそ、私の得意分野だよ

夕方の街を歩きながら、僕はポケットの中のペンダントを握りしめた。微かな震えとともに、あの独特な熱が伝わってくる。ペンダントが僕に何かを知らせているのは明らかだった。


「また怪物かよ…。この調子じゃ気が抜けねえな。」


独り言を呟きながら、僕はペンダントが示す方向へと足を向けた。細い路地を抜け、人気の少ないエリアに近づくにつれて、その震えがさらに強くなる。


「こっちだな…」


ペンダントの反応を頼りに歩みを進めると、突然視界の端で人影が動いた。黒い怪物かと思い身構えるが、次の瞬間、それが別の誰かだと気づく。


「また会ったね。」


その声を聞いて、僕はギクリと肩を跳ね上げた。そこに立っていたのは、以前怪物との戦いで出会った少女――ソフィアだ。


「…なんでここに?」


「それはこっちのセリフだよ。君、あれ以来怪物と戦ってるよね?」


ソフィアはじっと僕を見つめながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。その目は、何かを見透かそうとしているかのように鋭い。


「別に…怪物が出たから、僕がやれる範囲で対処してるだけだ。」


適当に答えるが、彼女はそれで納得する気はないらしい。


「君のこと、ずっと気になってたの。だって、普通の魔法少女じゃないでしょ?力の使い方が、どう見ても特殊だもの。」


「そりゃ…僕は、まあ、特別っていうか…」


言葉を濁しながら、彼女から視線を外す。しかしソフィアはさらに一歩詰め寄り、真っ直ぐ僕の目を見て言った。


「そろそろ君の正体を教えてもらおうかな。」


その言葉に、僕は一瞬息を呑んだ。彼女の目は本気だった。逃げられないのはわかっているが、ここで「実は僕、男なんだ」と言うわけにもいかない。


「正体って…別に僕は普通だよ。ただ、ペンダントがこういう力をくれたから戦ってるだけだ。」


「本当に、それだけ?」


ソフィアの声は静かだが、その中に確かな疑念が込められているのがわかった。彼女が僕に何を求めているのかはわからないが、このままでは本当にバレる。


「僕のことより、今は怪物を倒す方が先だろ?あんたもここに来たってことは、ペンダントが反応してるんだろ?」


話題を強引にそらすと、ソフィアは少しだけ考え込むような表情を見せた。どうやら、怪物の気配は確かに感じ取っているらしい。


「…まあ、そうだね。でも、この話は終わらせないから。」


「わかったよ。それなら戦いが終わった後でな。」


なんとかその場をしのぎつつ、僕はペンダントがさらに強く震える方向を指差した。


「そっちだ。急ぐぞ。」


「分かった。でも覚えておいて、君に興味を持ってるのは私だけじゃないかもしれないよ。」


その言葉の意味を噛み締める間もなく、僕たちは再び怪物の気配を追いかけ始めた。背中越しに感じるソフィアの視線が、今も僕に向けられているようで、何とも落ち着かない気分だった。



「この先だ。」


ペンダントの震えが一層強くなり、僕たちはさらに奥の路地へと足を進める。夕暮れの薄暗い光の中、怪物の気配が肌にまとわりつくように感じられた。


「気をつけて、近いよ。」


ソフィアが少し前に出ながら、冷静に周囲を見渡す。彼女の頼もしげな後ろ姿を見て、僕は小さく息を吐いた。正体を隠し続ける緊張感が重くのしかかるが、戦いが始まる以上、そんな余裕はない。


ついに現れた怪物は、これまでに見たどの怪物よりも巨大だった。全身が石のような硬い外殻に覆われ、両腕には鋭い刃のような突起が生えている。その赤い目が僕たちを捉えると同時に、低い唸り声を上げながら動き出した。


「硬そうだな…」


僕が呟くと、ソフィアがふっと笑みを浮かべる。


「大丈夫。こういう相手こそ、私の得意分野だよ。」


彼女がペンダントに手をかざすと、淡い光が彼女の体を包み込み、そのまま僕にも流れてきた。全身に軽さが広がるような感覚がし、力が湧いてくる。


「バフってやつか?」


「正解。これで君の攻撃も少しは効きやすくなるはずよ。」


軽くウインクしながら言うソフィアに、僕は少しだけ苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、その効果が切れる前にぶん殴るとするか。」


僕は拳を握りしめ、怪物の懐に一気に踏み込む。全身が軽く、動きがこれまで以上に速くなっているのを感じた。怪物の振り下ろしてきた巨大な腕を、手袋の甲で受け止めると、衝撃が体に響く。


「効いてる…これなら!」


腕を跳ね返し、その隙をついて拳を叩き込む。だが、怪物はその硬い外殻で衝撃を吸収し、大きなダメージを受けた様子はない。


「くそっ…やっぱり硬ぇな。」


すると、後ろからソフィアの声が飛んできた。


「その鎧みたいな外殻、デバフで少し柔らかくしてあげる!」


彼女が杖を振るうと、怪物の体が薄い光に包まれた。次の瞬間、その表面が微かにひび割れるのが見えた。


「効いてるぞ!」


「私を信じて、叩き続けて!」


その言葉を背に、僕は再び怪物の懐に飛び込み、拳を振り下ろす。今度は確かな手応えがあった。ひび割れた外殻が少しずつ崩れていく。


怪物が怒りに満ちた咆哮を上げ、両腕を大きく振り回し始める。僕はギリギリでその攻撃をかわし、反撃の隙を伺う。


「少し待って!さらに効果を重ねる!」


ソフィアが再び魔法を唱えると、僕の体がさらに軽く感じられ、動きが一段と速くなった。彼女の魔法は確かに僕の力を引き出してくれている。


「助かる。今度はやれる気がする。」


「そう言ってくれると、私もやり甲斐があるよ。」


彼女の頼もしげな笑顔に、僕はほんの少しだけ心が和らいだ。正体を知られないよう距離を置いていたつもりだが、こうして共闘していると、彼女が信頼できる仲間だと実感する。


「もう一押しだ!」


拳を握りしめ、怪物の動きを見極めながら一気に間合いを詰める。ソフィアのバフとデバフがあれば、この怪物を倒すのも時間の問題だろう。


だが、それは次の攻撃で決まるかもしれない――僕は心の中でそう思いながら、再び怪物に向かって踏み込んだ。


怪物の腕が振り下ろされる瞬間、僕は体を沈めてかわした。そのまま一気に間合いを詰めると、拳を握りしめ、全身の力を集中させる。ソフィアの魔法で力が増幅されたこの一撃なら、確実に決められる。


「終わりだ…!」


拳が怪物の胸部に深々と突き刺さった瞬間、光が爆発したように広がり、周囲を揺るがす衝撃波が発生した。怪物は断末魔のような叫びを上げながら霧散し、跡形もなく消え去った。

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